七十六話:暴風の中の勝機
先手必勝――それしかない!
狙いをつけ、レイガンを放つ。抜き打ちの速さと破壊力のバランスならこれが一番だ。
指先から伸びる白い光が風龍の前脚を覆う鱗の一枚を撃ち抜いた。灰青の欠片が弾け、風龍が苦鳴を上げて身を引く。
――効いた! やはりこいつに俺の力は通じる!
「このまま攻撃を続けます! 援護を!」
俺の声を受けて皆が動く。
事前の作戦通りだ。アルヴィンが俺の前方へ出て直衛につき、三人の護衛は扇状に前に出る。猟師に対して指示はしていないが、俺より少し前に出つつ弓に矢をつがえている。
開けた台地に逃げ場はない。範囲攻撃の類を風龍が持っているのなら一網打尽だけは避けなければならない。
護衛兵がその場に留まり防衛線を作り、その後ろからひたすら俺の聖法術を放つ作戦。
作戦とも言えない作戦だけど、攻撃を通せるのは俺くらいだ。さっきのレイガンの結果を見ても、表面を削るだけだったらなおさらだ。
次発を放つ前の時間稼ぎのために、矢が風龍の目元へ飛ぶ。
猟師の弓矢にどれだけ意味があるかは分からないが、風龍が首を振って矢を避けた。
それだけの隙でも値千金だ! 聖法力の収束が終わり、今度こそ狙いを定め、二射目のレイガンを放つ――だが、それとほぼ同時に風龍の翼が大きく振るわれた。
暴風が台地を薙ぎ払う。
護衛の兵たちが足を浮かせ、地面を転がっていく。猟師も弓を手放し、風に押されて倒れ込んだ。
「ルシア! 伏せろ!」
アルヴィンが俺へ飛びつき、身体を抱え込むようにして覆いかぶさった。
体を低くしているのに、暴風が俺たちの身体を叩く。
いや、叩くってレベルじゃない! 視界が回り平衡感覚が乱れて自分の身体がどうなっているか把握ができない。
分かるのは二人まとめて地面の上を転がっているってことだ。
衝撃が走り、肩と腰を何度も打ちつける。なんとか止まったころに首を傾けて視界を探る。
風龍は――当然ながら健全か。二発目のレイガンはどうなった? まるで効いていない……いや、外したのか?
「くそがっ!」
アルヴィンの腕の中から指先だけを風龍へ向ける。
まだ痛みが残り、息も詰まる。狙いを定める余裕もなければ力の溜めができているわけじゃない。
それでも追撃をされればそれで終わりだ。立て直しのためにも攻撃は放つ必要がある!
指先から白い光が風龍の胸元へ届く。
上手く貫通できれば致命傷を与えられる一撃となるはずだが、光は鱗の表面を少し削っただけだ。貫くことなんてできやしない。
――集中が足りない! これじゃ駄目だ!
「……ルシア、無事か?」
アルヴィンが俺を放して立ち上がり、さっきと同じようにして俺の前に立つ。
「……なんとか」
俺もそれに倣うように立ち上がれば、今の絶望的な状況が把握できる。
護衛兵はあの風の一撃だけで無力化された。立ち上がるものは一人もいない。猟師もかなり遠くまで吹き飛ばされているようだ。
とんでもない威力だと思ったけど、おそらく風魔法の爆心地から離れていたからこそ俺たちは立ち上がることができた。そして今は盾となってくれる人たちはいない。
そこに追撃をかけるように、風龍は大きく翼を広げた。風魔法を発動させるつもりか!?
「ルシア! 左に飛べ!」
アルヴィンの指示を受けて、反射的に体を動かす。
それと同時に感じたのは空気の揺らぎ。今俺がいた場所を突風が通ったのを把握できた。
俺と同じく左へ体を滑らせ、盾になるように風を受け止めたアルヴィンがいなければ、俺は身体を強く打って戦闘不能になっていたはずだ。
押されっぱなしだが、風龍を基点にして吹き荒れる風が一段弱まる。
暴風による連続攻撃はこれで終わりか? いや……おそらく聖法術と同じで溜めが必要だ。ガスパールの指導を思い出せ! 魔法も聖法術と同じく手足を振り回せば出せるものじゃ決してない。それは風龍も同じのはずだ。
この推測が正しいのか、風龍は立ち位置を子龍とリネットを庇う位置へ変えた。俺たちを吹き飛ばしたことで位置関係が変わったからだろう。
視界に一瞬だけ見えたリネットと子龍の姿が完全に消えている。
追い打ちをかけてくる様子はないが、背後に守るべきものがあるからだろう。そして魔力を溜めているはず。俺たちが動けばまた風魔法が飛んでくる。
「ぐっ……!」
腕を上げることはできる。だが、それが限界だ。
全身に痛みが走る。関節が軋み、どれだけの打撲傷となっているのかまるで分からない。
アルヴィンもなんとか二つの足で立ててはいる。俺の盾となりながらも活力が失われていないのは流石といったところだが、それだけだ。
――聖法術は通じる。あてることもできる。でも、完璧な一撃を与えることを風龍は許してくれない。
ははっ……絶望的な状況だな。風龍が守りに入る理由がなければ爪による追撃をされてそれで終わりだ。
おそらくレイガンやレイライフルを、子龍に向けさせたくないから今の状況を作れているだけ。
最初から格が違うと思っていたけど、戦おうという意思そのものがおこがましかったというわけか?
「……ルシア。まだ手はあるか? 私にはある」
俺に背を向けているアルヴィンから声をかけられる。
地面に叩きつけられ、何度も転がったことによって革鎧は擦り切れ、全身に汚れが目立つ。
ただ、その背中から見える戦意はまるで衰えていなかった。
「接近できれば……一撃必殺を狙うことができます」
聖法力を収束させた一撃であるレイブレード。これなら風龍の表面を削るだけでなく、骨まで断てる必殺の一撃となるはずだ。
接近できるかという課題を無視すればこれが最適。ちまちまレイガンを放つよりチャンスがあるはず。
懸念があるとすれば、まだ完璧に使いこなしているとは言えないこと。振り下ろしても光が出なかったらそれこそただの自殺に終わる。
「勝機があるなら上等だろう。ただし……命を捨てる覚悟が必要となるがな」
アルヴィンが上半身だけで振り返り、俺の目を鋭く見つめる。
俺はその視線にどんな顔を返したのだろうか? でも、口元だけは笑みを浮かべているのを自覚できた。
「いまさらでは? それに、準備はもう終わるところです」
久々に使う治癒の聖法術。それを今全身に流しているところだ。
俺の治癒は半端な力でしかない。だから関節部と、過度の打撲、そして痛みだけが取れればそれでいい。痛みを感じるところに順番に聖法力を集めつつ、誤魔化して動ける程度には体から違和感が消える。
――完全に治す必要はない。走って、レイブレードを一度振るえればそれでいい。
何度か足で大地を踏みしめ、身体が動くことを確認する。残った痛みは無視できる程度になった。これで治療を切り上げる。
「作戦は単純。まずは風龍を見ろ」
言われた通りに風龍を見れば、こちらを警戒して動かないのは今までと一緒だ。
「あれほどの暴風を放てる風龍とて、連続して魔法を放つことはできないようだ。これは推測ではあるが、飛行能力のための風魔法は自在に使えるかわりに、純粋な攻撃魔法には溜めが必要なのかもしれない」
言われてみれば確かにそうだ。空を飛んでいた時の不可思議な機動は魔法の発動という概念すらなさそうなのに、俺たちを攻撃するときには必ず翼を開くという予備動作がある。
あれが詠唱の代わりで、魔法を使うためのスイッチになっている。警戒を続けて魔法による追撃をしない理由もそれか?
「自由自在に攻撃魔法を使えないのなら勝機はそこにある。……突撃して迎撃の一撃を撃たせてから、その後の隙を狙うんだ」
「それしかないにしても、分の悪い賭けですね。何をするのか分かりませんが……アルヴィンを信じます」
魔法による迎撃を突破できても、噛みつきや爪による反撃はあるだろう。
だがそれもアルヴィンが防ぐと今は信じるのみだ。
「よし。合図をしたら私の背後について走れ」
やることは決まった。だが、俺たちの戦意を感じ取ったのか風龍が翼を広げていく。
完全なる迎撃態勢。しかし、その反撃の中にこそ勝機がある。
レイブレードを振るうための一瞬――それを、俺たち二人で作り出す!




