七十四話:山に残された手掛かり
救出の方策を決めるため、輸送隊に同行していた猟師が会議へ呼ばれた。
竜哭峠で猟をしている男なら地図にない斜面や岩棚も知っている。騎士たちが机を空けると、猟師は広げられた峠図を一度見回した。
「風龍が飛んだ方角はどちらで?」
「誤差はあるだろうが、この方角だ。山の高い方へ抜けたようだな」
騎士がそう言って指を地図の上で滑らせる。
それを見て猟師は眉を寄せた。
「翼へ傷をつけたとも聞いていますが、どのくらい?」
「それは私から。聖法術が翼の端をかすめました。一瞬だけ怯んだことから、深い傷ではないにしても無視できない傷であると思われます」
「……そうか。だとしても血を追うのは無理だな」
最初から簡単に追えるとは思っていない。
でも、やはり空を行く相手の追跡は難しい。飛んで行った方角しか現状では分からないからな……。
「他に探す方法は?」
「高台へ上がるくらいしか思いつきませんな」
騎士の問いに対して、猟師の指が街道から外れた尾根の上で止まった。
「アークドラゴンなんてのはただの飛竜とは違うんでしょう? どこへ行くかは読めない。しかし、人を掴んだまま浅手を負った巨体なら、一度どこかへ降りた可能性はある。まず見渡せる高台へ上がって、着地できそうな岩棚を絞るしかありませんな」
仮定に仮定を重ねた最初からひびの入った推理だけど、山勘で手当たり次第に歩くよりはずっといいか……。
「高台へ行くにはどれだけの時間がかかる?」
「道なき山はきついですぜ。あっしの足についてこられるとしても、野営は必要でしょうな。お嬢ちゃんの足じゃどうにもならん」
猟師の目が俺を向く。
ここで俺が女で、しかもガキだってことが足を引っ張る。
悔しいが、そんなことはすでに承知の上だ。
「そこは私や護衛の者がなんとしてでも運ぶ。シスター・ルシアなしに風龍とは戦えないからな」
「それなら結構。ただし鎧や胸当て、鎖帷子なんかも身に付けてはいけませんぜ。せいぜいが革鎧だ」
「分かっている。重い金属装備では険しい斜面を動けんからな」
「ご理解いただけているようで実に結構。……決まりですかな?」
アルヴィンと猟師がお互いに頷き、それから皆は基地司令を見た。
「……決まりだな。救出隊は明朝に出発だ」
基地司令の裁可が下りた。
救出隊は俺、アルヴィン、護衛の兵が三人と猟師の六人だ。食料と水、縄、合図用の笛、応急処置の道具を分けて持つ。
「夜明けまで休め。特にシスター・ルシア殿は聖法力をできる限り回復せよ」
「分かりました」
今すぐ動いても探せないなら、起きて消耗する方が無駄だ。
用意された部屋へ戻り、横になる。眠りは浅かったが、目を閉じて身体を休めることはできた。
東の空が白み始めると、救出隊はすぐに拠点を出た。六人で道を進んでから、その途上で竜哭峠の西側斜面へ入る。
猟師の話していたことは本当で、山の道なき道だというのに一定の速度を維持している。これは確かに俺の足ではすぐに限界が来るだろう。
なので疲労が溜まったら持ち回りで背負ってもらうことになる。専用のおんぶ紐を作ったから背負う者の負担は最低限だが、まるで赤ちゃん気分になり情けなく思えてくる。
まあ、だとしてもこれが最適なんだから文句を言うつもりはないが。
そうして休憩を挟みながら行軍を続けていると、時刻は夜に差し掛かる。
獣などと遭遇することもなく順調に進んだのは実に運がいい。猟師が言うには空だけでなく地上にも風龍の影響があるかもしれないという話だった。
上空から見えにくい木立の窪地を見つけ、そこで一晩を明かすことになる。
救出隊一行は薪を集めて小さく火を起こし、その周りを囲っている。
「俺はあの嬢ちゃんに救われた。今こうして歩けるのも治癒のおかげだ」
無言で休息する中で最初に口を開いたのは猟師だった。
「風で転がされた時に腕をやった。命に関わる傷じゃないが、弓を引けなくなったら猟師は終わりだ。あの人は風龍に連れて行かれる最後まで治療を止めなかった」
俺が見た荷車のそばの白い光のことだな。その中に猟師もいたらしい。
猟師の話では、襲撃が起きたとき周囲の兵が退避するよう声をかけたが、リネットは負傷者の治療を止めなかったらしい。
前日の死者を気に病んでいたことが影響したのかもしれない。もっと慰めて、話を聞いていれば違ったのか? だが真相は分からないし、リネットなら負傷者を置いて逃げなかったとも思う。
だとしても――。
「それで私達に協力を? 危険を冒してまで?」
「そういうことだな。借りは返さないと気が済まん。それに風龍がこの山に住み着いたら獣が逃げるかもしれん。猟場を使えなくされたらどのみち俺も食えねえ。今ならお嬢ちゃんの力で風龍を追っ払えるかもしれないんだろ?」
「はい。私の力なら風龍を殺せます。……必ず」
あえて強い言葉を使ったのは決意表明だ。レイライフルは効いたし、接近戦に持ち込めればレイブレードもある。
分の悪い賭けでも、勝機はゼロじゃない。
俺の言葉を聞いた猟師は苦笑する。
「おっかないお嬢ちゃんだ。聖人様ってのは皆そうなのか? 治癒のお嬢ちゃんだって意思の力は相当なものだと思う」
「さあ、どうでしょうか? でも……気持ちで負けていたら、最初から負けですよ」
精神主義は嫌いだ――でも、精神論で乗り切らねばならない時が人生にはある。
それを皆も分かっているのか、決意を再確認するかのように、薪が跳ねる音に聞き入りながら焚き火を見つめていた。
「……そうかもな」
最後に猟師が同意して、それで皆は黙り込み休息に入る。
明日になったら高台にたどり着く。そこで何か手がかりが見つかるかどうか……全てはそこにかかっている。
翌日になり山の中の行軍が再開された。
そして昼前には山中を見渡せる高台へたどり着く。
風が強い。立ったままでは身体を持っていかれそうになり、俺は低い岩へ手をついた。
猟師は風龍が消えた方角へ目を向け、一つずつ岩棚を確かめていく。
「あれは狭い。あっちは風が巻いてる。降りても、もう一度飛ぶのに苦労するはずだ」
俺も目を凝らすが、岩の形しか分からない。こうなれば猟師の勘を信じるしかないな。
「――あそこだ! 広さがある。前が開けていて、今の風なら西から受けられる」
灰色の岩壁の途中に、平らな場所が見えた。風龍が翼を広げても余裕がありそうだ。
「道はない。だが、斜面を回れば近くまで寄れる」
候補は決まった。
俺たちは高台を下り、岩棚へ向かう斜面へ入った。
縄を岩へ回し、一人ずつ斜面を渡る。先へ進むほど大きな石が増え、俺では乗り越えにくい場所も出てきた。アルヴィンが下から足場を示し、護衛が上から縄を引く。
岩棚の近くまで来たところで、猟師が足を止める。
「ここを見ろ」
平らな岩の窪みに、乾いて赤黒くなった血が少しだけ残っている。その横には小さな欠片が引っかかっていた。
拾い上げて確認した猟師がこくりと頷き、俺に鱗を渡してくる。
それを太陽にかざしてみると、薄く青みが見えた。
「風龍の鱗でしょうか? 灰青って感じですけど」
「飛竜の鱗はたまに見かけるが、形は似ている。だが、色違いだ。風龍と見ていいと思う。それに――」
猟師は岩棚を見上げて言った。
「降りる時か、飛び立つ時に翼を大きく動かしたんだろう。傷が開いて鱗が落ちたのかもしれん」
この岩棚が当たりなのか分からないが、手掛かりが見つかった。
それに救出隊の面々の目の色がはっきりと変わる。多分、俺もそうだ。
「よし! 岩棚に上り手掛かりを探る。行くぞ」
アルヴィンの合図とともに、俺たちは周囲へ目を配りながら岩棚へ上がった。
縁には大きな爪が岩を擦った跡が残っている。これも新しい傷痕のように見える。
そしてこの台地――風龍の身体が置けるだけの広さもあり、奥側は山肌が風を遮っている。住処にするにはもってこいじゃないか?
「ルシア! これを見ろ!」
アルヴィンが指さす先には布があった。岩に引っかかって破れたように見える。
間違いない。あれは――。
「リネットの導師服……」
風龍はリネットを掴んだまま、ここへ降りた。
その事実が分かれば次に見るべき場所も決まる。俺たちは岩棚の奥へ目を向けた。
あの先に、何かがあるのか?




