七十二話:届かない光
その日の夜。
基地司令は前進拠点から撤退すると決めた。少数の監視員を残すという案もあったが結局は全面撤退だ。
昨日の襲撃で二人死んだのが大きい。それにこれまで有効だった俺の射撃を回避する知能という事実もあり、あれがアークドラゴンだとする裏付けにもなっている。
敵を倒せず牽制もできない。そうなれば結局なぶり殺しにあうだけだ。
荷車には負傷者を乗せ、持ち帰る物資も最低限。
前進拠点の人員を引き連れて伸びきった隊列での撤退となるだろうが、これ以上被害が増える前の今が、撤退する最後の機会という判断となる。
合理的ではあるけど狙われたらほぼお終いという、くじ運で生死が決まる状況だ。
ひどい話ではあるけど、それでも撤退作戦としてまとまりはした。あとは実行するだけ。
なので与えられた部屋に入ると、リネットは椅子に座りながら窓の外を見ていた。
「ここから撤退するそうだ。あの飛竜はアークドラゴンらしいな」
「アークドラゴン……」
「ああ。だからこの前進拠点を維持できないって判断だ。そして明日はぞろぞろとここの兵士も引き連れての帰還となる。下手したら今日以上にリネットの仕事ができるぞ」
「……つまり、もう休めって言ってる?」
窓に向けていた身体をこちらに向けて、暗い顔で俺に振り向くリネット。
「そんなところだ。救えるはずの命も救えなくなる。それは避けたいだろう?」
「……そうね。あなたの言う通りだわ」
それだけ言うとリネットはベッドの中に入っていき、頭まで布団をかぶる。
まだ何か考え事でもするんだろうが、目を閉じるだけマシだ。
「ランプは消すぞ。おやすみ」
「……」
返事は返ってこないが別にいい。肯定だと思いランプを消せば窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らす。
こんな時だってのに、その青白い光がどこか綺麗に思えたのはどういうことなんだろうか?
自分でもよく分からない感情を抱きながら、俺もまたベッドに入り、眠ることにした。
翌朝。
俺たちは前進拠点を出た。輸送隊は今までと同じように輸送隊長が指揮して、前進拠点の兵は基地司令がそのまま指揮をする。
第一梯団と第二梯団に分かれての撤退だ。下手に混成させるよりもこの方がいいだろう。
そうなると俺はやはり先頭を行くことになる。俺の聖法術はアークドラゴンに通用しなかったが、避けたということはあたればダメージがあると判断されている。
つまり、牽制射を連発して近づけさせるな――という意味で、有力な迎撃戦力として扱われるのは変わりないようだ。
「これより帰還する! 出発だ!」
輸送隊長の声に従い、列が動き始めた。
撤退といってもただ急げばいいわけじゃない。人数が多くなってしまったことで統制がより困難になる。
二便に分けて撤退する案もあったけど、俺やリネットを無駄に危険に晒すことになるという理由で却下された。聖人候補を撤退作戦で失うなんてなったら、そりゃあ責任問題どころじゃないだろうな。
でもまあ、そんなことはお偉いさんが考えればいいことだ。俺は俺にできることをやるだけ。
最初の一時間ほどは特に何も起きない。駄馬に乗りつつ手綱をアルヴィンが引くままに任せるだけ。
しかし、空に影が舞うようになればそうもいかない。
「直上! 風龍が来ました!」
護衛兵の一人が叫ぶ。
その動きは獲物を前にして何を狙うか考えているかのようだった。
こうなればあとは俺の聖法術をどうあてるかだが、その答えは出ていない。
「シスター・ルシア! 自由射撃を許可する! 風龍を自由にさせるな!」
輸送隊長の命令を受けて、アルヴィンから地面に降ろしてもらい構えを取る。
命令そのものは単純だが、言うは易く行うは難しってやつだ。でも、なんとかするしかない。
あたるわけないが、警告のために数発のレイライフルを放つが、当然のように外れる。
これで撤退してくれれば楽なんだけど……当然そんなことにはならない。
風龍は俺の攻撃をまるで気にすることなく、大きく円を描くようにして隊列の上を回っている。
そして、翼を畳んだと思った瞬間に鋭く急降下をしてきた。
「来るぞ! 伏せろ!」
誰かがそう叫ぶが、敵の狙いはどこなのか? ――中央の荷車付近! また駄馬を狙っているのか!?
見越し射撃なんてまずあたらないが、それでもレイライフルを一発放つ。
駄目だ! やはりあたらない! 今回も俺に対して横方向からの機動を取っている。警告射撃は自分の位置を教えるだけに終わったか!
風龍の青みがかった影が荷車の脇を抜ける。
爪が届くより先に兵たちはその場から散ったが、突風が吹き荒れているのか何人かが地面を転がった。
風龍は地面すれすれを飛び、そのまま上空へ戻っていく。何度も攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。
――でも、奴は無敵じゃない。確かな隙をこの目で見た。翼を広げて上昇へ移る瞬間だけわずかに速度が落ちて、進行方向が限定される。
引き起こしの瞬間だ。あそこなら狙うことができる。
空を行く風龍は次にどこを狙うのか? 視線を下げて隊列を見れば、荷車のそばに白い光が見えた。
リネットが倒れた兵のところへ向かったらしい。意識のない兵のそばへ膝をつき治療しているのか。
あそこを狙わせるのはまずい。例え攻撃が当たらずとも、それだけは防がないと!
風龍が再び高度を下げると、今度は最初から白い光が見える荷車の方へと向かっているようだった。
あてようとするな。まず進路を塞げ!
レイライフルを乱射する。こうなったら消耗なんて考えずに撃ち続ける。
あたらなくてもいい! 風龍の進行方向に置くようにして光を放つ。体の中から聖法力がなくなるのを実感するが、知ったことか!
さすがの風龍もこれには堪えたようで、横滑りを使って狙う場所を変えた。中央から少しずれた場所で固まっている兵が狙いか!?
急降下と同時に突風が吹き荒れる。
だが、兵たちも二度目の攻撃に備えてすでに脇道に退避することで突風を防いでいた。
こうなれば――今ここが攻撃のチャンスだ!
風龍が地面を離れて翼を開く。
やはり一度目と同じで、速度がわずかに落ちて動きが真っ直ぐになっている。
――狙うのはそこだ!
白い光が翼の端をかすめた。青い鱗と薄い膜が弾け、風龍の身体が傾いたのが見て取れる。
命中した! ダメージは浅いだろうが、一撃を奴に与えることができたぞ!
「やった!」
思わず声が出る。だが、これで奴が落ちるわけじゃない。
悠々と風龍は高度を取り戻してから傷ついた翼を確かめるように一度大きく羽ばたき、また隊列の上を回り始めた。
やはりかすっただけじゃ駄目だ。でも、コツは掴めた。次はもっと深くあてられる! 同じように引き起こしを狙ってやる!
逸る心を抑えつつ深呼吸を一つ。
思っていた以上に息があがっている。指先に集まる光もさっきより弱い。連射の代金はきっちり取られているようだ。
でも、問題ない。次は必ず直撃させる。
風龍が三度目の旋回を終え、頭を下げた。
――来る! 今度の狙いは荷車から少し離れた場所にいる駄馬のように見える。
駄馬を囮にする方針がここで生きたか? やつが駄馬で満足するならこのまま見逃すのもありと言えばありだ。
「――なんて、そんなことあるわけねぇだろうが!」
本当に駄馬だけで満足するかなんて分かりはしないんだ。落としてしまうのが確実!
今度こそあててやる! そう思い機を伺う。指先へ残った聖法力を集めつつ、風龍の動きを観察する。
風龍が速度を上げて、駄馬を狙っての急降下。
――まだだ。あと少し。
地面まで距離が詰まり、青い頭と爪がはっきり見えた。駄馬を鷲掴みにして引き起こす瞬間――そこだ!
引き起こしの瞬間を狙って放たれたレイライフルは――。
「なっ――!」
光は何もない空を貫く。
風龍は駄馬を掴む直前に横滑りして、俺のレイライフルを回避した。さらに左右へ何度も横滑りしたかと思えば、速度を落とすこともなく空中で向きだけを変えやがった。
なんだあの動きは!? 翼を広げて旋回したわけじゃない。あれも魔法の力だっていうのか!
驚愕に心が支配される中でも、風龍の動きは止まらない。
何を狙っているんだ? いや、あれはまさか! リネットを狙っているのか!?
「リネット!」
俺の声が聞こえたのか、それとも治療が終わったからなのか、それは分からない。
ただ、顔を上げたリネットと目があったような、そんな気がした。
その瞬間――リネットの身体を影が覆いかぶさり見えなくなる。
あり得ない機動をとった風龍は荷車の脇をすり抜け――その爪でリネットの導師服を確かに掴んでいた。
一瞬の出来事。反応するなんてできやしない。
いや、反応したからといってどうなんだ?
俺たちから遠ざかる風龍に対して指を向けるが、リネットが掴まれ拘束されている。こうなれば攻撃をあてるとか、そういう問題じゃない。
風龍に掴まれたリネットの姿が確かに見えている。手足をばたつかせていることから、リネットは生きていることが分かる。もし撃墜したとなればリネットもそろって墜落だ。
――撃てるか? 無理に決まっているだろうが……。
風龍に向ける指がだらりと下がる。もう、狙うことなんてできない。
風龍はそんな俺に気づいていないのか、ただ上昇するだけではなく、左へ滑り、急に沈み、空の中で不規則に舞っていた。
俺の力は確かに奴に通じた。だから警戒されてあんな動きをしているんだ。でも――だからと言ってなんの慰めになるっていうんだ?




