七十話:峠越えの代償
輸送隊長の号令で休憩が終わり、補給列は稜線の向こうへ動き出す。
道が下りへ変わると隊列が変わる。今度は俺が最後尾に配置されることになり、輸送隊長もここにいる。
高いところから全体を把握しないとならないからこの配置だ。指揮でも対空迎撃でもそれは変わらない。
下りで一番の問題となるのは荷車だ。
重さがあって勝手に前へ進もうとするからな。山の上に引っ張り上げるのも大変だったけど、速度の制御に人足が苦労しているのが見て取れる。
ブレーキでもあればいいんだが、そんな便利なものはない。あるのはせいぜい車輪へ噛ませる木片くらい。こりゃあきついぜ。
まあ、救いがあるとすれば俺が飛竜を撃ち落としたのが結構効いていることだ。
飛竜は今でも空の上で輪を作るような動きをしながら俺たちを観察している。けれどけっしてこちらへ降りてくることはない。
まだ聖法力はそれほど消耗していない。レイライフルなら十発以上は余裕で放てる。とはいえ、戦いがないのに越したことはないってもんさ。
油断せず警戒を続け、休憩を挟みつつ難儀しながら下山する。輸送隊は日が傾く頃になんとか東側の前進拠点へ着いた。
麓の補給所と違いここに町はない。岩肌へ半ば埋まるように兵舎と倉庫が並び、東へ向いた監視窓が細く口を開けている。完全な軍事拠点って感じだな。
人足が物資を倉庫へ運び込み、基地の人員が補給された物資について確認をしている。
そんな現場に俺やリネット、そしてアルヴィンや護衛の兵達は不要。だからすぐに宿舎に通されることになった。
与えられた部屋は粗末で小さく、リネットと相部屋だ。それでもベッドがあるのは有難い。体を放り投げるようにしてベッドの上へ飛び込んだ。
「行儀が悪いわよ」
「体力がないんだよ体力が……俺みたいなガキがあの山道を徒歩だぜ? それに警戒していたから気疲れまでしているんだ。これくらい大目にみてくれ」
「私は荷車に乗っていたからそれを言われたら弱いわね。でも、足が痛むの?」
「……痛いっちゃ痛いな。明日は筋肉痛じゃないか?」
「それは良くないわ。ここは私に任せなさい」
リネットがベッドに横たわる俺の足を手に取り、そこで治癒の聖法術を発動させる。
それにより靴擦れと張った筋の痛みがすっと引いていくのが分かったが、身体の芯に残った疲れまでは消えてくれない。
だとしてもこれは凄い……ここまで効くならもっと早く頼めば良かった。迎撃のことで精いっぱいだったからな……。
「こんなもんかしらね?」
「ああ……助かったよ。明日は少しでも違和感があったら治療を頼むことにする。痛みを気にして狙いを外したなんてことになったら洒落にならん」
「私も反省するべきね。いつも余裕そうなあんたしか見ていないし、今日もそんなふうに見えていたわ。でも、身体は女の子なんだってことをもっと意識しておくべきだった」
間抜けは俺だけではなかったらしい。まあ、こういうこともあるだろう。
お互いに笑いながら、部屋で休みつつ食事の時間になったら食堂へ。
そして翌日の予定を作戦室で確認してから、部屋に戻って身体を拭いてからベッドに入る。
明日も楽だといいんだけど、どうなるだろうか? そんなことを考えつつ、輸送初日は終わっていった。
翌朝。
東側の拠点から西へ戻る補給列は運び込んだ分だけ荷が軽くなっている。
当然と言えば当然だが、これはやはり大きい。空いた荷車には報告書だったり後方に送られる傷病兵が乗せられているけど、行きの物資の量と比べたら誤差みたいなものだ。
「シスター・ルシア。迎撃の判断は委任する。無論、私からも指示は出すが必要と判断したら撃て」
「承知しました」
輸送隊長は昨夜の会議の時に話したことをもう一度告げて来た。
昨日までは指示待ちだったが、今日からは自己判断が可能だ。わずか一日で信頼を得たというのは誇っていいだろう。
まあ、だとしてもより責任重大になったから喜んでいいかは分からんが……それでも言えることは、一年でも教導院で学んでいたのはでかいってことだ。ベースとなる信用が違う。
こんなところでも学歴社会か? と思いはしたが、こんな世界だからこそ学歴はそのまま力であると実感する。
「私も警戒はする。だからあまり気負い過ぎるな」
気を引き締めていたところで、アルヴィンがそう言ってくれてマジで助かる。
俺の護衛というのは昨日から変わらないけど、そのフォローの価値が昨日とはまるで違う。
一人で思いつめるよりも、こうやって声をかけてくれる人がいた方が気が楽ってもんだ。
気を取り直しながらも、輸送隊は進んでいく。
空には二頭の飛竜がいて、輪を作らずに俺たちを後ろから追跡しているようだった。
まだ遠いし、こちらを窺っているだけ。でも、いつあれが急降下してくるかまるで分からない。
「牽制射撃を放ちますか?」
輸送隊長に確認をする。あれを放っておいていいのか? と。
「……いや、このままでいい。気にはなるが、輪になっていないのは攻撃ではなく偵察をしている可能性が高い。少なくとも襲撃される心配は昨日より少ないと見ている」
「分かりました。引き続き警戒を続けます」
今は昨日より危険が少ないと見ているらしい。輸送隊としての経験からの判断だろう。
まあ、いつでも指先を飛竜に向けられるように気は張り続けたままだが……それでも肩に入っていた力が少しは抜ける。
油断せずに飛竜を見ながら行軍すれば、飛竜はしばらく後方をついてきたものの、結局は高度を上げて離れていった。
これで遠くに見える米粒みたいな大きさの飛竜以外に視界から脅威は消えたことになる。
「このままなら今日は昨日よりも楽かもしれませんね」
「そうであればありがたい。警戒は私がするからルシアは空よりも足元に注意するんだ。疲労だって馬鹿にならないだろう」
アルヴィンが警戒を肩代わりしてくれるらしい。そして言われた通りに脚に痛みが走るのを自覚する。
もう少しで峠の退避場所にたどり着くが、今日はリネットに治癒をしてもらったほうが良さそうだ。
昼を過ぎ、それからも順調に下山は続き西側の麓の町までたどり着くことができた。
輸送隊としてはこれほど楽な任務は久々だと皆がほっと一息吐いていた。
「さあ、足を出しなさい」
こちら側の俺たちの部屋で、リネットがそう催促してくる。
「今日は昼休憩で見てもらったから昨日ほど痛くないぞ」
「そう? でも疲れや違和感がないわけじゃないでしょ?」
「……まーな。じゃあ頼むわ」
ベッドに腰かけながら、靴を脱いで足を差し出す。
見たところ問題はなさそうだが、置いた椅子に座ったリネットが俺の足を揉みだすと、普段なら何ともない箇所に痛みを感じる。
「……っ! やっぱきてるな、これ」
「子供の足で峠道はやっぱり厳しいか……無理はできないわね」
「だとしても配置換えは無理だぞ。自分の判断で攻撃していいとは言われているけど、高所にいないと攻撃しづらいからな」
「そうね。代案を出すなら、駄馬の一つをあんたの騎乗用に使わせてもらうくらいかな?」
「飛竜に襲われて駆けだした馬が崖から落下したと会議では聞いたぜ? だから荷運びしかさせてないんじゃないか」
「見通しのいい場所だけ乗って危ない場所や飛竜が近づいた時は早めに下りればいいじゃない。射撃や素早い移動が必要な場所も歩くの。緊急時にはアルヴィンに手を貸してもらえばいいわ」
「……それならありだな。最初から抱き下ろしてもらう当てにはできんが緊急時の補助なら頼めるか。今日の会議で案として出してみよう」
雑談からも何かしら案は生まれるもんだ。
まあ、アルヴィンに抱きかかえられるのは男の心として恥ずかしいが……四の五の言ってられないからな。
こうして数日の時を置いて、また輸送任務が再開される。
俺とリネットが出した案は採用され、俺は見通しのいい区間だけ馬に乗ることになった。飛竜が近づく恐れのある場所や射撃と素早い移動が必要な場所では早めに下りる。それでも足の負担はかなり減った。
しかし駄馬とは言え馬は馬だ。しかも山道の中を行くから揺れが酷い。鞍があるとはいえ股と尻が痛くなる。
慣れない痛みはリネットの治癒を受けつつゴリ押しをして、それが無理なら馬を降りて徒歩になる。その場合もまた治癒の聖法術のお世話になる。
かなりきついが、それでも仕事は仕事だ。我慢して二回目、三回目と任務をこなすと、飛竜の攻撃をまた受けることになった。
同じように迎撃をして問題なく対処はできるが、急降下ではなく緩降下しながら回り込むような動きをする個体まで出始めているのは脅威としか言いようがない。
あの時は恐怖で心臓が鳴りっぱなしだったが、なんとか迎撃できている。それから襲撃は止んでいるから、飛竜共も懲りたと思いたい。
この調子で何事も起きなければいいのだが……どこまで行っても飛竜の姿が目に入るから気を抜くことができないぜ。




