六十九話:最初の撃墜
指先へ集めた聖法力を、細く、遠くまで伸びる一本の射線へ絞る。
大きくなる飛竜のシルエットへ指先を向けた。
一射目――放たれた聖光は空を切り、飛竜の脇を抜けていく。まだ距離がある。外れることも織り込み済みだ。
光の軌道を基準に角度を修正しての二射目――これも外れた。
それでも飛竜は急降下をやめない。こちらの光を脅威と判断していないのか、それとも獲物へ届く方が早いと踏んでいるのか。翼を畳んだ影はさらに大きくなり、進路の先には先頭の兵と駄馬がいる。
襲撃までに撃てるのは、あと二発ほどか。だとしても、降下するほど軌道は絞られる。
三射目――これならどうだ!
「命中! 落下に警戒!」
手応えと同時に叫ぶ。レイライフルが飛竜の胴を貫き、急降下の姿勢が崩れる。
狙いは若干逸れたかもしれない。だから致命傷かどうかまでは分からないが、あの翼の動きはもう飛行とは呼べない。どうみても落下だろう。
「――問題ない! 行軍を続けろ! こちらへは落ちてこない!」
輸送隊長の命令が飛ぶ。
落下する飛竜を目で追うと隊列の進路から外れ、岩肌へ突っ込んでいく。
巨体が岩へぶつかる鈍い音が響いたが、そのまま崖の下に真っ逆さまだ。ああなれば絶命は確定だろう。
「見事だ。このまま上空を警戒し、命令があれば撃て」
「承知しました。警戒を続けます」
この迎撃で輸送隊長からの視線が変わった。いや、周囲を固める兵たちの視線もか。
期待はしているが実戦で役に立つかは分からない。……そんな疑いが消え、俺を確かな戦力として数え始めたのだろう。
ここまで期待されて応えないのは男じゃない――と思ったところで、今の俺は女だろうと苦笑する。
まあいい。掌を返されるのは悪い気分じゃないし、兵の顔から余計な不安が減るなら、それだけでも撃った価値はある。
隊列は速度を落としたまま前進を続ける。
飛竜を警戒しながら輸送そのものを止めない速度を探っているようだ。
「ルシア、先ほどの射撃で群れは警戒を強めたらしい。奴らの高度が上がっている」
アルヴィンの声を聞きながら空を舞う飛竜へ目を凝らす。
残った飛竜は降りてこない。それどころか先ほどより高い位置で大きな円を描いている。ただし、いつでも急降下へ移れる姿勢なのは変わらない。
「シスター・ルシア。あの群れに警告の一撃を入れられるか?」
輸送隊長が空を見たまま尋ねてきた。
「届きはします。でも、あの距離で命中させる自信はありません。威嚇にしかなりませんよ」
「それでいい。飛竜が最も警戒を強めている今こそ、こちらへ近づく事が危険であると示したい」
ただの景気づけなら断るところだ。でも、言っていることの筋は通っている。
「承知しました。一発だけ撃ちます」
飛竜が旋回で作る輪の内側へレイライフルを放つ。
白い光が空を裂くと、飛竜たちの輪が乱れた。さらに高度を上げシルエットが一回り小さくなる。
「……しばらくは降りてこないと見てよさそうだ。行軍を続ける」
「私は引き続き警戒します」
「頼む」
輸送隊長との信頼も多少は築けたかな? これで予定の場所まで無事に着ければグッドコミュニケーションってやつだ。
やがて簡素な小屋のある待避場所へ到着し、最初の大休止が命じられた。
「大休止! 身体に不調のある者は申告しろ!」
歩き始めて二時間ほどだろうか。九十九折りの中ほどにすぎないが山道を登り続ければ疲労も溜まる。
輸送隊長の呼びかけに数人が応じ、足や腰の痛みを訴えた。
「シスター・リネット。治療が必要と判断した者には、力を使っていただきたい」
「承知しました。順番に確認します」
ここでは治療役であるリネットの出番だ。
列の中央で守られていたのは姫様扱いされていたからじゃない。必要な時に動くためである。
兵の身体を確かめ、休ませる者と治療する者を選びながら必要な分だけ治癒の聖法術を使っていく。
俺とアルヴィンは少し離れた切り株へ腰を下ろした。
リネットの姿をぼんやり目で追っていると、隣から声がかかる。
「ルシアの聖法術は頼りになる。だが、これでは頼り切りになってしまうな」
褒めているというより、懸念を口にする声音だった。
「輸送隊の護衛の弓兵は全て負傷している。……飛竜に狙われたかららしい」
「だから狩人出身の弓手しかいないってことですか? 飛竜は自分たちの脅威を見分けて、先に潰そうとする知能がある」
「そこまで知能がある生き物とは私も思っていなかったな。……そうなると、すでに脅威と認識されたならば次の標的はルシアだ。何があろうと私が守るつもりだが、心構えだけはしておいてほしい」
俺が標的になるなら迎撃しやすい――なんて単純な話ではない。
弓兵が皆、負傷しているってことは、飛竜が自分たちへの脅威を優先して狙った可能性がある。純粋な頑丈さだけでどうにかしたとは考えにくい。
例えば横へ動きながら複数で来られれば、さすがの俺でも駄目だろう。そうなればお手上げだ。
……そこまで連携する知能がないことを祈るしかないか。
「きつい仕事になりそうですね……」
「うむ。ここまで順調でも油断はできん」
この話そのものは重要だったが、無駄に緊張が強まってしまったのを自覚する。
それはいけない。休むのも仕事のうちだ。だからアルヴィンへ少し寄りかかり目を閉じる。
仮眠にどれほど意味があるかは分からないが、聖法力も体力も残せるだけ残しておきたい。
しばらくして、輸送隊長の掛け声が響いた。
軽く身体を伸ばして位置へ戻る。リネットも中央の荷車へ乗り込み、すれ違う時に目が合うと互いに軽く頷いた。
行軍が再開されても飛竜は高いところを旋回したままだ。
さっきの光を警戒しているのか、次の機会を待っているのかまでは分からない。このまま距離を取っていてくれればありがたいが、どうなるかな?
まあ、動きがあるまでは注視するのみだ。となれば残る一番の敵は山道そのものとなる。
傾斜が増すにつれて輸送隊の歩みは遅くなる。窪みに車輪を取られれば最悪だ。人足を集めて荷車を押し出さなければならず、抜け出すまで隊列全体が止まる。
飛竜がどんな獲物を好むのか分からないけど、立ち往生したままでは冷や汗が止まってくれなかった。
そんな場面を何度か挟み、ようやく峠の頂上にある待避場所へ到着する。
昼食の携行食で腹を満たし、岩肌を背にして空を見上げる。
飛竜は依然として高い位置を回っているが、俺たちが固まって休んでいる間は距離を詰めてこない。
まとまった相手を避け、隊列が伸びたところを狙っているのか?
もしそうなら、実に狡猾で厄介な連中だ。
睨むように空を見ていると、横から声をかけられた。
「ずいぶんとお疲れのようね」
リネットが隣へ座り、同じように背中を岩肌へ預ける。
「治療は終わったのか?」
「怪我人はいないもの。痛みを抑える程度ならすぐに終わるわ」
「それは何よりだな」
「ええ。あなたのおかげよ」
「撃ち落としたのは一頭だけだぞ」
「その一頭を落とすのがどれだけ大変か。あんたへの賞賛が止まらなかったわよ」
治療をしていれば兵たちの話も聞こえてくるか。どうやら俺は本当に迎撃役として認められたらしい。
「……個人の働きで戦況がどうこうって話はあまり好きじゃない。不利である証拠だからな」
「英雄譚を好まないのはあんたらしいわね。私はそれなりに好きよ。でも、戦いそのものより、その結果かしら」
「なんだそりゃ?」
「お姫様が騎士に救われるとか、そういうやつよ」
「……人の趣味に口を出すつもりはないが、夢見がちはよくないぞ」
「思いっきり口を出しているじゃない!」
下り坂へ入ればまた気を張ることになる。
だから休憩時間の今くらいは、リネットとくだらない話をしていたい。




