六十七話:竜哭峠の迎撃役
宿場町を離れると畑は次第に減り、剥き出しの岩が街道の両側へ増えていった。
北部には丘陵地帯の牧草地が広がっているというが、この街道はそれに当てはまらないらしい。
夕方が近づいた頃、目指す山々が見えてくる。
「あの山に竜哭峠とやらがあるのか?」
馬車の窓から見える先には、高さはそれほどでもないが長い裾野を引く山々が鎮座していた。
「私も来るのは初めてね。アルヴィンは何か知ってる?」
「話に聞いた程度だ。九十九折りの道を上って峠を越えるそうだが……確かに、あれでは苦労しそうだな」
馬車の窓からではよく分からない。
そこで御者台に顔を出し、アルヴィンが見ている方向へ目を凝らす。
「げっ! あれが飛竜ってやつかよ!?」
まだ豆粒ほどにしか見えないが、その豆粒には翼がついていた。
山頂の辺りをぐるぐると遊弋しているけど、あんなものに峠道を上っている最中に襲われたらひとたまりもないぞ……。
俺に続いてリネットも御者台へと顔を出す。その横顔を見れば若干引きつっている。
「想像以上だったわ……あの中を行くのね……」
さすがのリネットも不安を隠せないようだ。
そりゃあ、誰だって嫌だろうし、俺だって滅茶苦茶嫌だ。つーか、俺の聖法術でなんとかなるのか、あれ?
「あえて楽観的に言うなら今の戦力でも物資の運搬は続けられている。我らが派遣された意味は事態の打開より、損耗を減らして効率を上げることにあるのだろう」
アルヴィンの言うことはもっともだが、本当に楽観が過ぎるぞ……。
まあ、まずは話を聞いてみないことには始まらない。
さらに進むと麓の町が見えた。石壁と倉庫の並ぶ補給所は小さな町には不釣り合いのように思える。
「ラザル派からの援軍の方々ですね。ご案内いたします」
町の入り口にいた兵士に導かれ、物資が山のように積まれた作業所へ馬車を進める。
人足が木箱を運び、別の一団が駄馬ごとに荷を分けていた。車輪を直す槌の音に馬の嘶きが重なり、藁、油、薬草の匂いまで混ざっていて、剣や槍、弓矢なども置かれている。まさに軍需物資置き場って感じだ。
やがて先ほどの兵士が一人の騎士を連れてきた。どうやら彼がここの責任者らしい。まずはアルヴィンが対応する。
「ラザル派から派遣された方々と伺っています。相違ありませんか?」
「教会騎士のアルヴィン・ヘイルだ。そして、聖人候補であるシスター・リネットとシスター・ルシアの両名をお連れした」
アルヴィンが御者台から降りて馬車の扉を開けると、騎士は片膝をつき、俺たちを出迎える。
「遠路お越しいただき、ありがとうございます。お部屋を用意しておりますので、まずは長旅の疲れをお癒やしください」
「受け入れに感謝いたします。私がリネット、こちらがルシアです。今日からお世話になります」
「承知しました。お二方をご案内いたします。アルヴィン殿は馬車の移動をお願いしたい。兵卒! アルヴィン殿に付き、指示に従え」
荷下ろしは兵士がやってくれるようだ。
まあ、行きも教会の修道士任せだったしな。貧乏所帯のラザル派でも聖人候補は特別待遇ってことだ。
騎士の案内に従って建物へ向かう前に、気になっていたことを尋ねておく。
「あれが飛竜ですか?」
「はい。今はあのように空を飛んでいるだけですが、輸送中には補給列まで下り襲撃してくることがあります」
案内役の騎士は空を見たまま答えた。
脅す調子ではなく淡々としているが、顔には忌々しさが滲んでいる。
「通達では、ルシア殿が聖法術で迎撃を担当し、リネット殿が怪我人を治療するとありました。しかし……失礼ながら、本当にお若いのですね」
騎士が俺を見る目には懐疑があった。
――そりゃそうだ。俺だって同じ目で見るだろうさ。
今の俺はどう見てもガキの修道女だ。そんな奴が切り札として送られてきたら不安になるのは当たり前だ。
「ご不安はもっともです。今日はもう日が暮れますので、明日、改めて私の力をご確認いただければと思います」
「もちろん、その予定です。試験の準備もありますので本日はごゆっくりお休みください」
全ては明日――だな。
俺とリネットは部屋へ通され、アルヴィンには隣の個室が与えられた。荷下ろしを終えたアルヴィンが俺たちの部屋に来たので明日の予定を確認する。
補給隊は明後日に出発するようだ。明朝に聖法術を確認し、隊列は午後の作戦会議で調整するらしい。
アルヴィンが自室へ戻ったあと、俺たちも長旅の疲れを取るためにさっさと休んだ。
翌朝。
荷受け場の外にある石台へ移ると、向かいの斜面に三つの目印が見えた。手前に鐘、その先に細い杭、さらに遠くには旗が立っている。
聖法術の試験ではあるけど、いきなり難易度が高いなおい!
「まずは鐘を狙っていただけますか」
「承知しました」
教導院に入る前なら鐘はともかく杭と旗は厳しかっただろう。まあ、これも実地テストと思えばいい。
指先を向けてレイガンを撃つ。白い光が鐘の中央へ命中し穴を空けた。命中精度、威力ともに十分だな。
続けて杭を狙えば上半分に穴が空く。ここまでは余裕だが問題は最後の旗だ。
数発は外してもいいと割り切りレイライフルを使う。三発外したが、四発目で旗の中央を射抜いた。距離は二百メートルくらいか? 四発で命中なら及第点ってところかな。
「私にできるのはこの程度です。お役に立てそうでしょうか?」
昨日から案内してくれている騎士へそう告げると、満足そうに頷く。
「射程と固定目標への精度は十分です。動く飛竜への命中は実地で確かめる必要がありますが、配置を検討する材料にはなります」
「それは良かったです。私の試験はこれでいいとして、シスター・リネットはいかがでしょうか?」
「今は医務室で患者を治療しておられます。見に行きましょう」
騎士と一緒に医務室へ向かうと、淡い治癒の光が患者の腕を照らしている。その光を生み出しているのは当然リネットだ。
「――これでよし。腕ももう動くはずよ。ただ、疲労まで消えたわけではないから今日は無理をしないこと。次の方、どうぞ」
治療を受けた兵士は腕を回して具合を確かめ、礼を述べて立ち上がる。入れ替わりに足を怪我した兵士が前へ出る。
同じように治癒術を施され、兵士は床を何度か踏みしめて具合を確かめる。
「薬と固定は続けて。治ったつもりで歩き回らないこと」
「はい。ありがとうございます、シスター・リネット」
兵士が去っていくのを見ながら、隣の騎士が感嘆混じりの息を吐く。
「これほどの使い手とは……正直に申し上げて想像しておりませんでした」
リネットの治癒は効くからな。軽症者ならたやすく復帰させられるだろう。
「あら、どうされましたか? こちらの治療はあと少しで終わりますが」
「私の試験が終わったのでシスター・リネットの様子を見に来ました」
「シスター・ルシアは、輸送隊の力になってくださるでしょう。射程と精度は確認できました。そして、シスター・リネットの治癒術もまた同じです。そこで、重傷者への対応について相談したいのですが」
「傷の深さと人数次第です。私一人で何人でも治せるわけではありませんから、薬、担架、現地の治療担当を前提にしてください」
「承知しております。その上で、治療の優先順位を――」
騎士は重傷者の治療について話し始める。完治できなくても治療期間を縮められれば、それだけでも士気に影響するらしい。
「シスター・ルシアは、午後の作戦会議まではお部屋でお休みいただいて構いません。施設内をご覧になる場合は、兵へお声がけください」
騎士はそう言って、リネットと共に別の病棟へ向かった。
こうなれば俺は自由行動だ。施設内でも案内を頼めば動けるらしい。
まあ、何かするつもりもないけどな。俺とリネットの部屋へ戻りお茶を頼んでいると、アルヴィンがやって来る。
「こちらの試験は終わりました。リネットのほうも良好です。アルヴィンはどうですか?」
「ここの兵士たちと軽く手合わせをした。通常の戦闘なら十分だ。ただ、飛竜が降りてきた時に隊列を守る連携と、空の相手を仕留める決め手が足りない」
「飛竜と遭遇しながら輸送を続けてきたんですよね。経験がないわけではないでしょう?」
「経験はあるが、追い払うので精いっぱいということらしい。討伐ではなく護衛であるとはいえ、度重なる任務で消耗している。私も対空戦に慣れているわけではない。ルシアの力に頼る場面は多いだろう」
「アルヴィンに頼られるとなれば、気合を入れねばなりませんね。……あとは午後の作戦会議次第ですか」
「うむ。できれば二人を近くに置き、まとめて守りたい。だが、正確な配置は午後の会議で決まる。輸送隊の指揮は現地に任せることになるが、そこに穴があれば私を使いたいと考えるかもしれないな」
輸送そのものは続いている。それでも対空攻撃手段が足りず、護衛も繰り返される任務で消耗している。そんなところへ、俺たちが追加された。
そして午後の作戦会議で俺たち三人をどこへ置くかが決まる。
――こりゃあ、思った通りに大変なことになりそうだ。




