六十六話:二人を預けて
教導院を出て四日目。進む道はすでに平地の街道となり、旅人や荷車も増えていた。
特に目立つのは、干し肉の入った箱だ。南へ向かう馬車や荷車とすれ違うたび、その箱がいくつも積まれている。
「北部から中央に物資が流れているようですね」
「北部は緩やかな丘陵地帯と牧草地を活かした畜産が盛んだ。干し肉の供給源としてはフェルディア王国随一だからな」
御者台に顔を出してアルヴィンに尋ねれば、すぐに答えが返ってくる。
これから戦争に行くなら地理の知識を仕入れておくのも悪くない。まあ……一番の理由は、あまりに暇だから雑談をしているだけだが。
「宿場町まであと少しだよルシア。ほら、見えてきた」
アルヴィンと御者台に座るアレンが指さした先に、竜哭峠へ向かう前に立ち寄る町が見えた。
あそこはラザル派の勢力圏で、詳しい話を聞くことになっている。
「長旅もあと少しか……戦場の一歩手前となれば、最後の息抜きになるな」
俺の言葉に答える者はおらず、そのまま風の中へ消えていった。
宿場町へ着くと、俺たちはラザル派の教会へ向かった。
教会は施療所と中継所を兼ねており、中庭には荷車と馬が並んでいる。
怪我人を運ぶ者、物資を数える者、次の町へ届ける書類を抱えた者が行き交い、俺たちに立ち止まって挨拶をする余裕もなさそうだ。
到着の報告を済ませると代表者のリネットが教会の責任者と話をすることになり、残った俺たちは二階の小部屋へ通された。
しばらくして戻ってきたリネットは席に着き、書類を机の中央へ置く。
「こちらの責任者と確認してきたわ。この宿場から先へ行けるのは戦地支援の任務に就く者だけ。私とルシア、それからアルヴィンね。アレンとシエラはここで待機となるわ」
「僕はルシアの従士見習いです。教導院でも、そのつもりで訓練を受けてきました」
アレンはすぐに言い返し、顔には強い不満が浮かんでいる。
まだ子供とはいえアルヴィンから従士として仕込まれ、戦闘訓練も受けてきた。相応の自負があるのだろう。
「アレンの頑張りは分かっているけど、それでも戦力には数えられないわ。自分がまだ未熟だということは理解しているでしょう?」
「……はい」
リネットにたしなめられ、アレンは俯きながら答えた。
「なら、私とお兄ちゃんはどうなるの?」
今度はシエラが不安そうに尋ねる。
「待機と言ったでしょ。この町で預かってもらうことになるわ。もともと教導院まで一緒に入れたのは特例だった。こういう言い方は嫌いだけど、ルシアを縛る鎖としての……ね」
リネットは不満げなアレンと不安そうなシエラを一瞥してから、俺を見る。
どうやら俺の心情を気にしているようだが、さすがに今回は我が儘を言う気にはなれない。
「……分かってるよ。ラザル派には良くしてもらっている。この期に及んで俺を裏切るとも思っていない。信頼しているからこそ安全なこの町で二人を預かると言っているんだろう?」
「ええ。戦場に子供を連れていくわけにはいかないもの」
「……まーな」
理解はしていても、俺としてはアレンとシエラを目の届く場所へ置いておきたい。二人の顔を見ることが精神安定剤になっている面もあるからな。
でも、そりゃ我が儘ってもんだ。俺の不安を抑えるために二人を戦場へ連れていくのはただの身勝手だろう。
「そういうわけだ。二人にはここへ残ってほしい」
口にするとシエラの表情が曇ったが、反対するつもりはないようだ。アレンも渋い顔をしながら頷いている。
「置いていくからって、役目がなくなるわけじゃないわ」
リネットが改めて二人へ声をかける。
「この教会には物資の仕分けや馬の世話、荷車の記録、掃除や洗濯と、いくらでも仕事があるそうよ」
「これから前線へ赴く私たちを間接的に支える仕事とも言える。前へ出るだけが戦いではない」
アルヴィンがさらに補足する。
竜哭峠が主戦場ではなくても後背地は必要になる。ここはまさにその役目を担う町というわけだ。
「……理解しました。では、ここでの仕事に励むこととします。シエラもそれでいいな?」
「うん……分かった!」
二人の顔に納得の色が戻る。聞き分けのいい子たちだからな、これなら大丈夫だろう。
しかし、そこでアレンがにやりと笑いながら俺を見た。
「子供が戦場に出ては駄目なら、ルシアも子供だと思うけどね。それでも戦場に出るなんてラザル派に頼りにされて誇らしいかな?」
――こいつ、からかってやがるな。
俺が本心では嫌がっていると分かっての言動だ。まっ、今回は付き合ってやるか。
「馬鹿言うな。俺みたいなガキを戦場に送る国や組織なんて碌なもんじゃないぜ。普通はせめて成人を待つだろう」
「ははっ! やっぱりそれが本心みたいだね。僕の思った通りだ」
「そりゃそうだろ。まあ、ベアトリス聖導師は俺をただのガキと思っていないから厳しいわけだがな」
そんな軽口を交わしながらリネットとアルヴィンへ視線を向けると、二人とも罪悪感など欠片もなさそうに頷いていた。
「私たちの中であんたをただの子供と思っている者は誰もいないわ。ねぇ、アルヴィン?」
「はい。ルシアは子供どころか、私の同僚と同じ視点や視野で話へ切り込んできますからね。大人どころか、頼れる仲間と言っても過言ではないでしょう」
というのが俺の評価らしい。
ありがたくて涙が出るね! ……いやまあ、出ないけどな。
「お褒めにいただき、光栄の限りですな……っと、雑談はあとでいいだろう。他には何かあるのか?」
「では、ここからは真面目な話といきましょう。アレンとシエラはこの教会の業務を手伝うこと。私たち派遣組は――」
こうして翌日からの予定について話が進む。
真面目に聞いていても、頭をちらつくのはやはりアレンとシエラのことだった。この世界に来てから長く一緒に過ごしてきた二人と初めて離れることになる。
今生の別れになるわけじゃないが、次に向かうのは対人戦がなくても戦場の一部だ。下手をしたら永遠のお別れ……か。こりゃあ、気張るしかないな。
翌朝、馬車へ荷物を積み直した。私物だけでなく補充の物資までついでに載せられている。
こんなボロ馬車に頼るほど余裕がないわけでもなさそうだが、運べる物はついでに、ということらしい。
作業が終わるとアルヴィンが御者台で手綱を取り、俺とリネットが中へ乗る。これでアレンとシエラとはお別れだ。
「行ってくるよ、二人とも」
「いい子にしているのよ」
俺とリネットが声をかけると、二人はこくりと頷いた。
「分かってる。頑張って仕事はするよ」
「いってらっしゃい、ルシア。リネットおねーちゃん」
短い挨拶を交わし、馬車が動き始める。
教導院を出た時と同じ馬車なのに、御者台にはアルヴィンしかおらず車内も物資で満載だ。様変わりとはこのことだな。
「……何か感慨深そうな顔をしているわね。どうしたの?」
リネットがそんなことを言ってくる。
自分自身を顧みて……考えられるとするならば――。
「思ったよりさっぱりした別れ方だったからな。少し前のシエラなら、今日のようにはいかなかったと思っただけだ」
聞き分けがいいとはいえ、感情はまた別だ。
だが、さっきのシエラに暗い表情はなく、俺たちをしっかり送り出そうという意気込みが見て取れた。
「ふーん……保護者気分じゃない」
「実際に保護者だろ? スラムでは俺が二人を守っていたんだ」
二人に守られていた面もあるが、それでも俺が保護者同然だった事実は変わらないだろう。
「教導院の生活で二人が成長できたのなら、喜ぶべきことよね。――さて、私たちに与えられた任務を復習しましょうか」
「ああ。ここからは意識を切り替えないとな。俺たちの仕事は補給隊の護衛。襲いかかる飛竜を迎撃するのが俺で、リネットは治療だな」
「ええ。あなたの聖法術にはうってつけだし、私の治癒が必要とされるのも分かるわね」
フェンリスカとの情勢がきな臭くなるのと同時に、都合の悪いことに飛竜が活性化し対空戦力も足りていないらしい。
「人と戦う必要がないとはいえ、貧乏くじか……これ?」
「実にラザル派らしいじゃない」
「俺はそこまで割り切れねーよ……」
俺より肝の据わったリネットと話す間にも、馬車は宿場町の門を抜け竜哭峠へ続く街道へ入る。
ここから先へ進むのは、俺とリネット、そしてアルヴィンの三人だけだ。




