六十五話:最後の鍛錬
五本の指先から五発の光弾が飛び、すべての木札のほぼ中央に命中する。
威力も十分だ! すべての木札に穴が空いている。これなら一発ごとに殺傷力があると言えるはず!
「よし。これならどうですか、エリアス、カシアン?」
「いいと思う。出会い頭にこれをされたら一撃で終わりだな。遭遇戦にも使える良い技だ」
「うん。武術としては起こりが見え見えだけど、だからといって光弾が飛んでくるとは思わない。及第点だね」
二人から合格が出て、ほっと息を吐く。
三人で訓練できる最後の日、明朝の出立ぎりぎりになってレイショットが完成した。ただの牽制ではなく、抜き打ちの五発すべてに威力を伴う技だ!
時間にはまだ余裕がある。――となれば、あとは構想にあるあの技を試してみるか!
「次を試します。また何かあれば指摘してください」
「それはいいが、休憩しなくていいのか?」
もう結構な時間、訓練を続けている。エリアスが心配するのも当然だが、問題はない。
「明日には出発です。どうせ馬車に揺られて旅をするなら、ぶっ倒れたままでもいい」
「理屈は分かるが、頑張りすぎだと思うけどね。まあ、見ているからやってみたまえよ」
カシアンの言うことも分かるが、この技は自分だけで完成させる自信がない。
最後まで訓練に付き合ってくれと二人を頼ったんだ。なら、最後まで頼りにしないと損だろ?
「では、場所を移動しましょう。あの岩がいいですね」
訓練場に的として置かれた大岩の前へ移動する。あまりに聖法術の的にされてきたものだから、表面には弾痕の穴がいくつも空いていた。
「これを……今から斬ります!」
レイショットで五本の指から聖光を放った感覚は、こいつへの布石でもある。
次は抜き打ちで弾くのではなく、揃えた指先から聖光を出し続け、刃として維持する。意識を集中させると――。
「光刃が……伸びてきたな」
「ああ。俺の剣にまとわせるものとは違うが、あのまま振り抜けば十分な威力になるだろう」
カシアンとエリアスの声が耳に入る。ここまでは二人の目から見ても成功か。
あとはこれを一気に振り切るだけ!
「はぁっ! ……駄目か」
光の刃は伸びたが、振り下ろす瞬間に維持が崩れ、岩の表面を撫でるだけに終わった。これじゃあ実戦で威力を出すなんて夢のまた夢か。
「気負うなとは言わないが、気負いすぎだな。見てろ」
エリアスが俺の前に出て、岩へ向けて手を無造作に振るうと――溜めに溜めた俺の一撃より深い斬撃が入った。
「ルシアのように光刃を伸ばすことはできないが、素手に聖光をまとわせる方法でいいのなら、これくらいはできる。一切の溜めもなくな」
「それは見ていて分かりましたが、容易に真似はできないですね……」
「斬り合い、殴り合いの最中に意識を集中するなんて無理だ。意識を割かずに発動を維持できなければ、あまり意味はないぞ」
言っていることは分かる。据物斬りをしたいわけじゃないからな。
「なら、地道な練習ですね。レイショットが完成したんです。その応用でやってみます」
いきなりの完成を目指さず、指先から聖光を出し続けたまま、何度でも腕を振る。
そのたびに指摘が飛び、自分の至らなさを嫌でも自覚する。だが、その自覚こそが技に至る道だ。
そうして、太陽が夕日に変わろうとする頃――。
「できた……と思いますが、どうでしょうか?」
今度の光刃は岩の表面を撫でるだけでなく、その奥まで切り裂いていた。
「もう一度やってみろ」
「はい」
エリアスに言われて、今の一撃をもう一度。
揃えた指先を上段に構え、示現流の蜻蛉の構えをイメージする。指先から聖光を出し続け、刃を保ったまま一気に振り下ろす!
今度は、さらに深く光刃が岩を切り裂いた。
「うむ。成功だな。起こりは見え見え、剣の振りは遅いが、実用には事足りる」
「……エリアス。少しくらい褒めてくれてもいいのでは?」
「褒めているが?」
評価が厳しい……でも、完成したのは確かだ。
名前を付けるならレイブレードでいいか。光の刃を出す技だしな。
「しかし、こんな技が必要なのか? レイショットで十分な気もするが」
カシアンの疑問ももっともだが、これは保険みたいなものだ。
「プレートアーマーを着込んだ騎士と相対して、レイショットだけで対応できると思いますか?」
「……厳しいだろうな。聖導師がそこまで追い詰められる局面で戦うのかは疑問だが」
「だから最後の最後になって練習を始めたわけです。おまけみたいなものですね」
「そのおまけに、貴重な最後の時間を使うことになった俺たちに何の利がある?」
エリアスは責めるでもなく、むしろ面白そうに聞いてきた。
「仮とはいえ、力を持つ聖導師として動くようになれば、最低限の独自裁量権は与えられるはずです。その時にお二人へ助力できるなら、他より優先するというのはどうでしょうか?」
「……悪くない。レイガンとレイライフルで援護してくれれば、やりやすいかもしれないからな。では逆に、俺たちがルシアを助けることになったらどうする?」
「うん。それもあり得るね。さらに負債を積み上げることになるぞ、ルシア?」
それはそうだ。貸しを作りっ放しにするのは、友人関係として良くはない。
「なら、その時は何でも言うことを聞くってことでどうでしょうか? 私のような遠距離攻撃主体の聖法術使いが追い詰められるというのは、かなりの事態ですからね」
「あまり女の子が言うべきセリフではないが……命の代価としては相応しくもあるか」
「ははは! その時にルシアが女として成長しているなら、大いに有りだ。将来が楽しみだと僕の目が言っている」
「ええ。だんだん女らしさも出てきたので、ぜひ期待していてください。お二人が相手なら……まあ、いいかな? とも思いますからね」
「俺たちをからかうつもりか、ルシア? 成長するのはいいが、悪女にはなってほしくないな」
「いやいや、エリアス! 悪女は悪女でいいものだよ。その悪さが恋の中だけのものなら、スパイスとしてむしろ燃えるというものさ」
「……お前の女の趣味に口を挟むつもりはないが、あまりいい趣味ではないと言っておく」
「女は愛嬌では? 悪い女を相手にすれば心を痛めますよ」
「結婚するならそうだね。しかし、恋は別というものさ。これは経験しないと分からないがね。例えば――」
雑談が続く。それも、意味のない馬鹿な雑談が。
三人で訓練するのも、これが最後だ。俺たちも無意識にそれを感じているのかもしれない。だからこそ、気の利いたことを言う必要もなく、思うままに話すだけだった。
――そう思っていたところで、不意に話が途切れる。
エリアスが拳を前に出した。その意図はすぐに分かる。俺が拳を合わせると、カシアンも少し遅れて拳を重ねた。
「……死ぬなよ? また、こんなふうに話したいからな」
エリアスの懸念は、俺たち共通のものだろう。
「無論だよ。だが、候補生まで駆り出すような情勢とくれば、油断はできまい」
カシアンが、珍しく真剣な顔でそう言った。
「はい。義務を果たさなければなりませんが、また三人で話せる日が来ることを切に願います」
俺の言葉を最後に、三人の拳が離れる。
それから俺たちは訓練道具を片づけた。明日の朝――この場所へ来る者は誰もいない。
翌朝、俺は教導院の門前でエリアスとカシアンを見送った。
二人の行き先は別だが、出発時刻が近かったらしい。エリアスは荷物を確かめてから短く手を上げ、カシアンは馬車へ乗り込む直前まで何かを喋っていた。
「お二人とも! ご達者で!」
返事が聞こえたかは分からない。二台の馬車は順番に山道を下り、やがて見えなくなった。
他の候補生たちも、派閥や派遣先ごとに出ていく。門前に積まれていた荷物が減り、見送りの声も少なくなる。
最後に残ったのは、俺たちラザル派だ。
「遅くなりました。準備は終わっています」
アルヴィンが御者台から声をかける。その隣にはアレンが座り、手綱の扱いを確認していた。
馬車は、俺たちが教導院へ来た時に使ったものと同じだ。古い幌に、傷だらけの車輪。使い古された車体――ラザル派の貧乏は、やはりこの一年程度では変わらないらしい。
「この馬車も懐かしいね」
中へ荷物を積んでいたシエラが言う。
「見た目はボロいが、長持ちする良い馬車なんだろ? 俺はそういうの好きだぜ」
「腰は痛いけどね。ラザル派に属したことに後悔はないけど、馬車だけは好きになれないわ」
そんな軽口を交わしながら、俺たちは馬車へ乗り込んだ。
中には俺とリネットとシエラ。御者台にはアルヴィンとアレンだ。教導院へ来た時と同じようで、同じではない。
アレンは順調に従士として成長している。シエラも同じで、使用人としての仕事がすっかり板についてきた。
たった一年だが、確かに意味のある一年を教導院で過ごした。でも、それもお終い――馬車が動き出す。
「これから向かう先、竜哭峠と言ったか? 名前からして大変そうだな」
「そうね。ただ、幸いと言っていいのか分からないけど、敵軍と対峙するような場所ではないみたい」
「だからって楽だと決めつけるわけにはいかないが、気は多少楽だな」
「同感ね」
門を抜ける前に、俺は窓から身を乗り出した。
古い石壁と、訓練場へ続く建物の一角が見える。前に来た時には意識していなかったが、中庭の大オークも少しだけ見えていた。
たった一年だ。前世まで含めればとても短い時間――なのに、一年とは思えないほど濃密な時間を過ごした気がする。
楽しいこともあり、腹が立つこともあり、何より面倒なことも多かった。それでも、ここへ来る前の俺よりはできることが増えている。
教導院が見えなくなる前に、俺は車内へ戻った。
次は竜哭峠――卒業気分に浸るには、行き先の名前が物騒すぎるな。




