六十一話:和解と今後
ほどなくして、先ほどの従者が茶器と焼き菓子を運んできた。
焼き菓子は手のひらに収まるほどの大きさで、表面に細かな砂糖が振られている。王都から届いたというだけあって、教導院で出される菓子よりも明らかに品質がいい。
「遠慮なく食べるといい。私もこの菓子は久々だが……うん、いい味だ」
アウレリオが菓子に口をつけるのを見て、俺とリネットも遠慮なくもらうことにする。
「確かに美味しいですね。それで、どうしてマテオ派は急に和解をしようなどと?」
「ルシア候補生……君があまりにも異質だったからだ。そう言えば心当たりがあるはずだ」
「まあ……それは」
心当たりどころか、この世界の異物だぜ俺は。
あまり好き勝手しすぎたようだ。警戒するに足るきっかけがどこかにあったんだろう。
「ルシアが変わった子であることはラザル派でも認識されているわ。で、何があってマテオ派は心変わりしたわけ?」
リネットも遠慮なく菓子を食べながら、アウレリオに問う。
アウレリオは茶に口をつけてから、俺を見る。
「最初、マテオ派は君を面白い見世物だと考えていた。王都のスラムから聖法力を発現させた少女を見つけ出し、聖人候補として教導院へ送り出す……ラザル派が困窮しているとはいえ、あまりにも性急に過ぎる。碌な教育期間も置かないのだからね」
否定はできない。
俺の内面を知らないとなれば、ラザル派が狂ったか、破れかぶれになったか……そのどちらかのようにしか見えないだろうさ。
「出自を売り物にして注目を集めるつもりだと見ていた者もいる。そうなればリネットへの圧をいくらか減らすことができるだろう。つまり、囮としての役目だな」
「囮ねぇ……それで、あなた達の評価はどうなったわけ?」
リネットの挑発的な質問が飛ぶ――が、アウレリオは気にせず、淡々と言葉を紡ぐ。
「囮にしては口が回ると問答の時には思ったものだ。しかし、それはまだ短期教育の範囲で仕込むことも可能だろう。それ故に、少しの圧をかければ安物の装飾品に施した鍍金のように剥がれ落ち、品位のない中身が出てくると思われていた」
自分の頭で考えず、壊れたスピーカーみたいに仕込まれた言葉を繰り返す存在だと思ったわけだ。
分からんでもない。――大人でもそういう奴はいるしな。
「ところが、圧をかけるほど君の評価は上がった」
アウレリオの鋭い視線が俺を射抜く。
「問答については暗記でどうとでもなる。では、その後の秩序と救済の議題はどうだ? あまりにも苛烈だが、観念論を語る私やリネットに、方法論としてぶつけてきた。前提を教師に確認した上で、取りうる選択として最悪で最良を提示する……あれには私も参ったと言わざるを得ないな。否定するだけなら簡単だが、そうなれば即座に反論が飛んでくるだろう。実際、そのつもりではなかったか?」
「それはまあ……現実的な対応には、絶対にどこか穴があります。そこをのみ込んで決断するのが為政者の役割ですからね」
「……良い答えだ。私もそう思うよ。しかし、あの場では咄嗟に君の反論へ対応できる自信がなかった……その不手際を強く責めたものさ」
俺を睨んではいたけど、あれは自分を責めてもいたってわけか。
「さらに、聖法術の試験でも、特異な術法として試験官に認められていたようだ。君が普通ではないという材料だけが次々と積み上がっていく」
自分の頭で考えるだけでなく、聖法術まで特別となれば警戒もするだろう。
しかし、どうやら一番の疑惑は他にあるらしい。
「だが、とびっきりの違和感というべきものは、それらではない。一番は算学の講義だ」
「ルシアとあなただけがスラスラ解いていたアレ?」
リネットが思い出したように言うが、俺も思い出した。
やりづらい計算方法だなぁ……と思いながら解いていたっけ。
「私は算学に自信がある。王城で学んでいた時の教師からも、同世代では抜きん出た理解であるとの評価を受けている」
それは自慢ではなく、確認済みの事実を並べているようだった。
「それでも、君は私と並ぶ早さで問題を解いた。……スラム出身の少女が、王城で算学を学んだ私と同じところへ立つ。それをおかしいと思わないか?」
「……」
一番の違和感をそこに持ってきたか……。
前世で身につけた知識の中でも、もっとも説明しづらいものなのは確かだな。言い訳がきかない。
「それを訝しんで、マテオ派の中央に報告を上げたってわけね?」
リネットの言葉に、アウレリオは頷いた。
「王都に居を構える情報部門がスラムをさらに洗った。そこで君が所属していた組織にも調査の手が及んだ」
「……随分と念入りですね」
「聖人の席を争うのだ。当然だろう? そこで、君の元上司だと名乗る男からも話を聞いたらしい。情報料を何度もつり上げられ、かなりの額を支払ったそうだがな」
ハリスの野郎……俺を売ったな?
まあ、それは別にいいか。話されて困る情報を奴には渡していないはず。
……しかし、抜け目ないね、俺の元上司様は。
「不気味な子供という評価は共通しているが、その中身にはやはり特異性がある。読み書き計算ができるだけではない。もっと広く、より大きな知識体系を持っているのではないかと疑われていたそうだね?」
「……否定はしませんよ」
「この時点で、マテオ派内では君の評価に待ったがかかった。スラム出身の少女という情報だけで説明できるとは、もう誰も思っていないというわけだ」
アウレリオの目に映るものは強い疑惑だ。俺という存在が何なのか、まるで分かっていない。
それは俺も同じなんだがな……このルシアの身体がどこから来たのか、誰も分からない。
でも、そんなことはどうでもいい。見えてきたのはそこじゃない――。
「それが、和解を優先する理由ですか?」
「正確には、方針を変えた理由だ。出自を侮り、対応を間違えればこちらが害を被るだろう。ならば観察し、必要なら交渉し、公の競争で実績を見るべきだという意見が強くなった」
「マテオ派が下層の出身者へ譲歩した……と受け取る者もいたでしょうね」
リネットの指摘に、アウレリオが苦笑とともに頷いた。
「そう受け取った者が今日の事件を起こしたと言えるね。ルシア候補生の化けの皮を剥がし、方針変更が誤りだと証明しようとした」
「それがレイフ候補生の発言に繋がったのですか?」
「ああ。今回の事件で方針が変わったのではない。方針が変わり始めたから事件が起きたと言える」
順番が逆だったらしい。
俺をスラム出身者として軽く扱い続けたい連中が、マテオ派の判断を元へ戻そうとして失敗した。
「……これが、和解を求める理由だ。全てを話したわけではないが、これで納得いただけたかな?」
訳の分からん奴と争っても不毛に過ぎる――言ってしまえばその程度だ。
俺としては理解できたが、リネットはどうだろう?
視線を向ければ、考え込むように目を閉じ、少ししてから目を開く。
「すでに書面にサインをしたのだから、それでいいわ。でも一つだけ要求がある」
「何かな?」
「このお菓子が余っているのなら手土産として包んでちょうだい。食べさせたい子たちがいるの」
リネットがそう言うと、アウレリオはばつの悪そうな顔で頷いた。
「……詫びと、せめてもの誠意として、手土産には一番値の張る菓子を包ませよう」
「ええ、お願いね」
その菓子をアレンとシエラに食べさせてやれるなら、最後の要求としては悪いもんじゃないかもな。
でもこれで、教導院での派閥間対立は終わるのか? 思ったよりも……あっけない。




