六話:ただのガキではいられない
天幕の外は、思っていた以上に地獄だった。
怒鳴り声。悲鳴。鉄がぶつかる音。そして飛び散る血の臭い――。
狭い通りのあちこちで、こっちの組の構成員がレッドブレードの連中と斬り合っている。
まだ全滅してはいない。だが、数の差から見ても不利だ。このままなら押し切られるのも時間の問題だった。
「行くぞアレン」
「……うん」
天幕を飛び出すと、喚き声と血の臭いが、一気に肺へ流れ込んできた。
俺みたいなガキが、あの中に飛び込む? 何もできずに死ぬだけだろうよ。
どれだけ勇気があろうとも、斬り合いをする男たちの中に割り込むなんて、論外ってもんだ。
――けど、だからこそ意表を突ける。俺の力を使うには、ここしかない!
視線を走らせる――いた。うちのガキどもをまとめている上役だ。
剣を使いながらも血まみれで、しかも一人で三人を相手にしている。動きは悪くない。武術の嗜みがあるような、そんな動きだ。
しかし、さすがに分が悪い。このままじゃ削り殺される。
だが、だからこそ俺たちにはチャンスが残っている。
上役を助ければ均衡が変わる。そうすれば、こっちに流れを引き寄せられる。
俺は息を吸い込み、片手を宙に置き、狙いを絞った。
今までみたいに、その場を全部焼くような雑な光じゃない。相手の顔面だけをぶん殴るように、細く、鋭く、前へ押し出す。
――光れ!
次の瞬間、上役が相手をする三人のうち前にいた二人の顔面に、白い閃光が突き刺さった。
「ぐあっ!?」
「な、なんだ――!」
男どもが揃って顔を押さえ、体を丸める。
できた! しかも、さっきよりもずっと強い!
指向性を強めた光だ。これならある程度の距離があっても効果がある!
「やつらをやるぞ!」
怒鳴りながら、一気に駆け出す。
アレンはすでに動いていた。俺もその背中に続く。
上役は光で目を焼かれていない奴を相手に攻勢を強め、押し込んでいる。
そいつを殺してから剣を取り落とした奴らを始末する算段だろうが、俺たちの中で一番使える戦力の手を煩わせる必要はない。
「アレンは右をやれ! 俺が左をやる!」
「分かった!」
悲鳴を上げて蹲る男の胸に体当たりをするように、剣を差し込む。
手応えは嫌というほど重い。だが、確実な致命傷だ。アレンの方はどうだ?
あっちは首筋を切り裂いていた。冷静な剣捌きで俺とはまるで違うが、度胸があるのがアレンの良いところだ。
同時に、上役も敵の一人を蹴り飛ばしていた。
よろめいた男の胸へ、そのまま剣が突き立つ。
よし! これで上役の手があいた!
「俺が無力化する! 順番に仕留めていくぞ!」
ガキが何を偉そうに、って話だ。
だが、それだけ言えば上役の目に何かが灯るのが見えた。
結果が出るなら文句は言わないってことだ。やっぱ上役は、なかなか話の分かる男だぜ!
俺は残る敵へ向き直り、また光を叩きつける。
最初は孤立した一人。次に並んだ二人。そして固まる三人に対して。
眩しさに目を焼かれた男どもが動きを止めるたび、アレンと上役、そして息を吹き返した周囲の構成員が一気に食らいつく。
完全な奇襲だった。正面からの奇襲だ。だからこそ、効果は抜群と言えた。
それを皮切りに戦況が逆転する。
さっきまで押し込まれていたこっちが、今度は相手を押し返している。
敵の怒鳴り声は悲鳴に変わり、こちらの連中の目には獣みたいな光が戻っていた。流れが変わると、人間は露骨に強くなるらしい。
――勝てる。
その実感が湧いた瞬間、手から剣が抜け落ちた。
からん、と軽い音を立てて荒れた地面を転がった。
同時に脚からも力が抜けて、俺はその場に膝から崩れ落ちた。
そんな俺の肩に手が置かれる。――いつの間にか近くに戻って来たアレンだった。
「ルシア」
その声は、いつもと違った。まるでシエラに声を掛けるみたいな、安心させるための声だ。
――今の俺が、ただの女の子にでも見えたってか? 情けない話だな……。
一回だけ深呼吸。……これで、少しは冷静になれた。
無言で自分の手を見る。
血がついている。べっとりと、指の間に入り込むくらい濃い赤だ。
反射的に拭おうとした。けど、途中でやめる。
――違うだろ。今さら綺麗ぶるな。
俺は首を振って、その血を掴むみたいに、ぎゅっと手を握り締めた。
言い訳は無用だ。俺は人を殺した。生きるためとはいえ、危険が身に迫ってきたとはいえ……殺したんだ。
そう腹の底へ落とし込んだ時、すぐ傍に立つ気配に気づいた。
見上げれば、そこには上役がいた。全身に浅い切り傷が走り、頬にも血がついているが、動くのに支障はないようだ。
「お前、その力は……」
そこで一度言葉を切り、上役は周囲を見た。
最初は転がる敵の死体。そして俺が取り落とした血に濡れた剣。最後にまだ立てずにいる俺――。
全部を一瞬で見て、それから重苦しい声で言った。
「……まあいい。話を聞かせてもらう」
頷こうとしたが、その前に一つだけ言わなきゃならないことがあった。
「……話はしてやってもいいが、ただってのは気に入らねえな。見返りがあるなら、俺も口が軽くなるぞ?」
喉が乾いて、声が掠れる。けど、ここは外せない。
自分の命を守るための行動だった。それが大前提――でも、行動をさらなる利益に変えられるのなら、そうするべきだ。
まだ立ち上がるだけの気力は湧いてこないが、そう考えられる程度に思考は回るようだった。
だが、これは賭けでもある。生意気なガキの戯言と切って捨てられるかもしれない。
上役は生意気なことを言う俺を、少しだけ目を細めて見た。
そして、死体となって転がるレッドブレードの構成員を見たあと、数秒口を噤む。
しばしの沈黙――そのあと、口を開いた。
「命を救われた……その借りを返す義理が生まれちまった」
「……」
「この件についてだけは、お前をガキとは思わん。約束しよう。欲しいものがあるなら、俺にできる範囲で与えよう」
それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
アレンも、隣でほんのわずかに肩を落としたのが分かる。
多分、これで何かが変わった――確実に。
それが良いことなのか、悪いことなのか、まだ分からない。
ただ一つ分かるのは、スラムの中にいるただのガキではいられなくなったということだ。




