五話:生き残るために
光は、狙い違わず男どもの目を焼いた。
「ぎゃあああっ!?」
「目が、見えねえ……!」
天幕の中が悲鳴で満ちる。
ガキどもは意味も分からず泣きわめき、怒号と悲鳴の不協和音が響き渡った。
だが、そんなものに構っている暇はない。攻撃を仕掛けた以上、最後までやり切るしかないからだ。
俺の目の前では、先頭の男が顔を押さえたまま膝をついていた。
その足元に、取り落とした剣が転がっている。
――迷うな。こんなスラムで、今さらだ。
俺はとっさにその剣を掴んだ。
――重い。ガキの腕には重すぎる。けど、持てないほどじゃない。
男はまだ呻いている。目は潰れて、こっちも見えていない。なら、やるべきことは一つしかなかった。
その喉元へ、一気に突き立てる。
肉を裂く手応え。
骨に当たる嫌な感触。
男の悲鳴が、途中で壊れた楽器みたいに歪んだ。
生暖かいものが手に飛ぶ。視界の端で、真っ赤な色が散った。
吐き気は来ない。恐怖も、嫌悪も、今は全部危機感に上書きされていた。
――殺した。
そう思った瞬間、胸の奥で何かがざらつく。だが、それもこいつらの自業自得だ。
俺とシエラを売り払うつもりだったんだろう? 俺たちを生かしておく気なんて最初からないってことだ。
だったら、先に踏み越えてきたのはこいつらだ。これは生き残るための反撃だ。
……クソっ。やることは決まってんのに、くだらねえ言い訳が頭をよぎる。そっちに引っ張られるな。今は動け!
余計な考えに意識が引っ張られたほんの一瞬、横でもう一人が半端に立ち上がりかけていた。
目を押さえたまま、こっちへ手を伸ばしている。見えていないのに、まだ掴めると思ってやがるのか?
頭の奥がすっと冷えた。今は自問自答をしている場合じゃない。
俺は半歩踏み込み、今度は横から首筋へ剣をねじ込んだ。
血が噴き、さらに俺の衣服を鮮血が濡らす。男が喉の奥で変な音を鳴らし、そのまま崩れ落ちた。
――これで二人。ひとまず、この場の危機はしのいだ。
だが、それと同時に頭から締め出していたノイズがまた戻って来る。
うるさい――子供たちの泣き声はさらに大きくなっていた。
誰かが胃液をぶちまけ、血と胃酸の臭いが混じって天幕の中にこもる。頭がおかしくなりそうだ。
でも、ここで止まれば終わりだ。
奴らの仲間を殺した以上、抗争に勝たなければこっちが死ぬ!
「アレン、剣を持て! お前なら俺よりもっと使えるはずだ!」
俺が怒鳴ると、アレンは一瞬だけ固まったあと、落ちていたもう一本へ飛びついた。
小さい手で柄を握りしめる。その動きに迷いはある。だが、目を見れば分かった。こいつも覚悟を決めようとしている。
「……持ったよ。でも、それでどうするの? 僕たちは戦うことなんてできないよ?」
いい質問だ。
俺たちみたいなガキが大人と正面からやり合って、まともに勝てるわけがない。
だからこそ、答えははっきりしている。
「この力のコツをさらに掴めてきた! 奴らはまだこの力を知らない。今この瞬間だけは、有利を取れる!」
実際、さっきの閃光は今までで一番きれいに光った。
偶然じゃない。狙って、顔面に叩きつけた。だったら次もやれるはずだ。
練習不足だろうが何だろうが、今はそれを信じるしかない。
俺はアレンを真正面から見据える。
「覚悟を決めろ。こいつらを殺した以上、何もしなければ必ず殺される」
「……」
「だから先に奴らを殺す!」
本当は殺したくない。
危ないことだってしたくない。
静かに飯を食って、雨風をしのげればまだそれでよかった。
日本で生きてた頃の感覚が、まだどこかに残っている。
人を殺すなんて間違ってると知っているし、こんなやり方で生き延びる自分を、全部まとめて肯定できるほど図太くもない。
――でも。だからこそ、ルシアとして泥の中を生きて来た数か月が、今の俺を前へと押し出す。
綺麗じゃなくていい。
正しいと思えなくてもいい。
向こうが先に踏み越えてきたんだと、自分に言い聞かせてでも進むしかない。
視界の端で、シエラが震えていた。
小さな手で自分の服を握りしめ、泣くのも我慢しながら、こっちを見ている。
「ルシア……」
心細い声だった。ただ俺の名を呼ぶだけの声。
俺は駆け寄って、その頭を安心させるように軽く撫でた。
すると、シエラの栗色の髪に朱が混じるのが見える。俺の血に塗れた手が、その髪を汚したんだ……。
それでも、撫でるのをやめる気にはならなかった。
「ルシアねーちゃんが、あいつらをやっつけてくるから安心して待ってろ」
「……」
「いい子にしているんだ。いいな?」
シエラは涙を溜めたまま、こくりと頷く。
――よし。これでいい。
覚悟は決まった。
今は熟慮して動く時じゃない。ただ、このピンチを切り抜けるためだけに行動する。
この光を操れれば、相手がゴロツキの大人だろうと殺せる。それはもう、さっき証明した。
俺は血で滑る剣を握り直し、振り返った。
「行くぞアレン。俺たちを殺そうとする奴らを、今から殺しに行く。お前も声に出せ。今からすることを意識しろ」
そう発破を掛けると、アレンは一度目を閉じ、少しだけ間を置いて答えた。
「分かったよ。奴らを……殺す! これでいいんだろ?」
「ああ、上出来だ。行くぞ!」
俺たちの、生き残りのための戦いが、このスラムの中で始まった。




