五十八話:懇親会開始
中位のグループで最初に入って来たのは――カシアンだった。
俺とエリアスを見つけるなり、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
身だしなみは俺の目から見れば完璧で、いつもよりフォーマルな法衣姿だ。
「エリアス候補生はともかくとして、ルシア候補生の姿は見違えたよ。君から淑女の嗜みを感じ取るとは昨日の僕に話しても夢にも思うまい」
「これはお褒めに預かり大変喜ばしく存じます。あなたの方こそ殿方として一段と貫禄を感じます。特に落ち着き払った立ち振る舞いは見事というほかありません」
「それは光栄の至り。衣装を変えるのは心構えを変えることでもある。我らはそれを実践しているに過ぎないのだろうさ」
「ええ、このような催しだからこそ見た目から入ることも重要なのでしょう。ですが慣れぬ振る舞いで品位を失する方が問題であるかもしれませんね」
「うむ。僕も同意しよう」
俺とカシアンの挨拶はこれで終わり。
……駄目だな、やはり付け焼き刃だ。カシアンもそれなりにできるようで、どうやら俺と同程度らしい。
「……なあ、結局どういう意味での発言なのか、俺に教えてくれないか?」
エリアスはこの会話を理解できなかったようだ。
「エリアス。やはり君はこういうのが苦手なようだな。説明すると、僕はルシアにやんちゃ娘が随分と張り切っているなと言ったんだ」
「そして私がカシアンに――それはあなたも同じでは? 向こう見ずな普段のあなたとはまるで違いますね、と評しました」
「僕はすかさず――考えることは同じか。まあ、それができていない奴が近くにいるけど、そいつとは違って俺たちは同格だな」
「私も同意して――エリアスは駄目ですね。でも素朴さゆえに勘違いをすることもないから、むしろこれでいいのかもしれません」
「――ああ、そうだな……とまあ、こんなところだ」
「俺を出汁にしてそんな会話をするなんて……性格が悪いぞ」
そんなこと言われても……性格の悪い会話をするのが懇親会の趣旨だからな。
「許せエリアス。これもまた練習さ。あとは手はず通りでいいかルシア?」
「ええ。あちらはすでに臨戦態勢のようですからね」
話している間にも、名前を呼ばれた候補生が真っ直ぐ俺へ向かってくる。例の馬鹿なマテオ派の候補生だ。
「そうか。君の妹分には気を払っておく。そちらは任せてくれ」
「はい。お願いしますねエリアス」
三人はばらばらに分かれるが心の内は同じだ。
「やあ、ルシア候補生。せっかく懇親会という機会を得たのだ。普段は接点があまりない故に、二人で話してみるのはどうだろうか?」
「派閥の違いがあるからこそ、お互いに歩み寄る機会であると理解しておりますレイフ候補生」
ついに顔を合わせるマテオ派の候補生――レイフ。
エレナによれば下級貴族の三男坊で家督を継げる見込みは薄い。将来の立場だけなら裕福な平民の子弟に近い少年だ。
「それでは尋ねよう。何をもってアウレリオ様と論戦できるほどの教養を得たのかな?」
「アウレリオ様と同格であるかのような口ぶりは買いかぶりすぎです。ただ、教師が優秀でありまして――」
最初は本当に雑談から始めるらしい。エリアスやカシアンと交わしたような牽制すらない。
なら普通に話しながら、その時が来るのを待てばいい。
「――なるほど。それは得難き師であるように思う。その上で親睦をさらに深めるために一つ不躾なお尋ねしても?」
「このような場であるからこそ、不躾であろうとも語り合うべきかと存じます。ご自由にどうぞ」
「では遠慮なく。ルシア候補生は王都のご出身だと伺っている。どちらの区画なのかな?」
――来た! ここからが本番だ。
「南門から少し離れたところです。区画と呼べるほど立派な場所ではありませんが」
「ふむ……色々と当てはまる場所はある。それがどこなのか口にすることは可能であろうか?」
「言葉を濁すことなく言えば、スラムですね」
はっきり声を大にして言ってやる。
レイフは面食らったらしく、すぐには言葉が出てこない。スラム出身など恥も恥――そういう価値観の中で生きて来たんだろうし、それが市井の常識であるらしい。
だが、聖法力が発現したのなら出自に関係なく胸を張っていい。リネットからはそういうお墨付きを貰っている。
「あのような場所から候補生が出るとは、セラフィナ様の御慈悲は身分を選ばない証左であるように思える……が、だとしても驚嘆に値する」
「始祖セラフィナの残した教義を鑑みれば、神の意思とは人の及ばざるところにありましょう。始祖にとってもそれは同じ」
「始祖とは人を導く存在であると定義されている。その受け答えは教義に反するのでは?」
「これは異なことを。始祖を敬うことと、神の御心を代弁する存在として扱うことは別でしょう。聖人は神の代理人ではなく、力を託された人である。これは公に説かれている教義です。地方の説教や祭礼において、始祖へ特別な敬意を払う慣習まで否定するつもりはありませんが」
にこやかに返すと、レイフの口元が少し引きつった。
まだ教導院に来て一年も経っていないとはいえ、あまり勉強熱心ではないらしい。
訓練場では何度か見た顔であることを考えれば、聖法術の訓練に時間を割いているのかもな。
「私が不勉強であると……そのように聞こえるが……」
「この発言に他意はないので、好きなようにお受け取りください」
言ってしまえば挑発返しだ。これは効く。実際、青筋を立てながら怒りを抑え込んでいる。
それにしても、やはりベアトリスは凄い。神学の基礎は全て彼女から教わった。細部は穴だらけでも、軸だけならほぼ完璧に仕込まれている。
で、こいつはこれからどうする? このままだと俺の勝ちだぜ?
「……アウレリオ様に食らいつくだけの実力があると、それは認めよう」
「過剰な評価と再度言わせていただきますが、お褒めに預かり光栄であります」
「君の存在は教会が認めているのならば、当然ではある。だが、そうでない者も教導院にいるとは思わないかな?」
……この口振りは――。
「拾った子供を従士や召使いに仕立て、候補生の一行と称する。ラザル派は随分と慈悲深いと言えるが、悪所の子供を二匹も飼えば、躾にも苦労するだろう」
やはり標的はアレンとシエラかよ。
「真面目ぶってはいるが、内面はどうだかな……聖法力を認められたルシア候補生とは生きる世界が違う」
「……言いたいことは理解できます。しかし、私を見出した聖導師により同じく教導を受けた者であるという事実は変わらない」
「教育の有無だけでその性根が保証されるものではない。ドブネズミに説教をして仮に聖句を覚えたとしよう。だが、本質を理解しているとはとても言えん」
「……つまり、何が言いたいので?」
「鼻に突く腐臭を漂わせる原因を取り除く必要があるとは思わないか? ラザル派にとって良き提案になると確信している」
レイフの発言に怒りを覚えつつ、それでも冷静さを失わずに周囲を確認する。
エリアスがシエラを引き留めている。つまり、ここへシエラを送り込む動きがあったということだ。
俺の目の前でシエラを侮辱しようものならブチギレしても不思議じゃない。浅い計画だとしても、俺の急所だけは正しく突いている。
「……実に心に響く提案です。博識とも言える方便の数々、感嘆に値します」
いつの間にか周囲の会話が途切れ、俺たちへ集まる視線が増えていた。この注目はレイフが望むものだろう。
だが、俺としても望むところだ。絶対にやり返してやる!
「良しと思っての発言である。気分を害することもあろうが、耳に痛いからこそ意味と価値がある」
「その価値ある発言は誰に教わりました? 王都でも限られた場でしか教えを受けることはできないでしょう」
「……どういう意味だ?」
「分かりませんか? 王都の悪所で聞かされるドブ臭い発言によく似ていると言っているんですよ」
「貴様……っ!」
レイフの手が伸び、俺の襟首を掴んだ。
おいおい! 瞬間湯沸かし器かこいつ? 公の場で胸ぐらを掴むのは礼法の範囲外だぜ!
「なるほど。悪所に蔓延る悪徒の有力者に振る舞いを教育されれば、こうなるのも分かります」
「この――!」
空いている手が持ち上がる。どうやらこいつは激情家らしい。
だからこそ、俺を侮辱して手を出させようなんて考えが出てくる。自分がそういう世界で育っているからだ。
なら逆手に取ってやればいい。ここで一発受ければ、こいつの失点はさらに大きくなる。痛いのは嫌だが、十分元が取れる――が、拳が振り下ろされるより先に、いつの間にか並び立っていたカシアンがその手首を掴んだ。
「いいのかい? 君の王様の目に不快感が漂っているぞ?」
レイフの動きが止まり、俺たちの視線が入口へ向かう。
そこには――整った顔に不快感をはっきり浮かべたアウレリオが、憮然と俺たちを見つめていた。




