五十五話:焦燥派の企み
禁書架にあったクラウディウスの聖法術書を読み解いたことで、俺の聖法術は格段に強化された。
――要点は単純だ。一つの聖法術に、一つの身体動作を結びつける。
指や手、腕で形を作り、それを祈りの代わりにする。祈りの言葉ではなく、動作そのものを起点にしていたらしい。
エリアスとカシアンとの訓練ですでにその発想はあったが、確信が得られたとなればさらにその先まで早かった。
レイガンなら拳銃、レイライフルなら小銃。そこへコッキングや、あるはずのない反動を受ける動きを混ぜる。すると光のまとまり方が変わった。
今までのレーザーのような線で撃つ方法は照準が楽で、これからも使う。だが、新しい方式だと聖光を圧縮して弾体とすることができる。
その一撃は威力が段違いだ。着弾と同時に聖光が飛散し、被弾面をえぐり取る。
低威力のレイショットはまだ動作を探している途中だが、同じように圧縮できるなら、本当の意味で抜き打ちにできる確信がある。ここは焦らず詰めるしかない。
エリアスとカシアンが驚嘆してお墨付きをくれたこの技を引っ提げて、俺は聖法術の中間試験に挑んだ。
バルタザール院長からも存分に見せつけてやれと言われている。ならば遠慮はいらない。今の俺に出せる全ての力で、並ぶ的を撃ち抜いていった。木片が飛び、焦げ跡が増えるたびに周囲の空気が少しずつ変わる。
「出力だけではなく、術式運用の整理が進んでいる。能力の向上、極めて優良なり」
試験官の声は淡々としていたが、羽ペンの動きは他の候補生を採点する時より明らかに速かった。興奮を隠せていないのが見て取れる。
同じく優良を取ったのはエリアスとカシアンだ。
エリアスは聖光の帯と居合いを組み合わせ、抜刀と同時に斬撃を飛ばす技を会得した。前世のゲームじみていたので、俺がつい「光波みたいだ」と言うと、本人も悪乗りしてその名を採用している。
カシアンは正拳突きの動作から光弾を撃つ技を開発していた。形だけ見れば退化だが、発動速度に対する威力は候補生の中でも群を抜いている。アウレリオに続く二番手に届くくらいだ。
絶好調な外れ者三人衆に比べ、他の候補生に大きな変化はない。
リネットの治癒は今回も評価されてはいるが、伸びが見えづらい分野ではある。アウレリオも相変わらず全てが高水準で実戦クラスだが、完成され過ぎているせいで成長や改良という点では俺たちの方が目立った。
アウレリオ本人の格が落ちたわけではない。問題は、こちらの伸びが見えすぎたことだ。本人は気にする素振りを見せてはいないが、配下の候補生たちはそうじゃない。
試験後に廊下ですれ違うたび、マテオ派候補生の敵意は以前より強くなっていた。舌打ちも、聞こえるようで聞こえない陰口も、健在どころか悪化している。揺さぶりというより、本気で苛立っているのかもしれない。
シエラも同じような目に遭っているらしい。マテオ派の使用人による嫌がらせ未満の嫌がらせだ。ただ、本人は大丈夫だと言う。スラムで本物の害意を見てきた身には、まだ恐怖を感じるほどではないらしい。
良くも悪くも教導院の空気を搔き乱すというミッションは遂行できた。
依頼の達成は満足してはいる――だが、聖法術の開発には満足していない。まだクラウディウスの技の足元に触れた程度だからな。
面倒なのは本の写しが禁止されていること。禁書架から司書に本を持ってきてもらい、閲覧室で読むしかない。しかも閲覧室は外から鍵をかけられる徹底ぶりである。教会中枢とやらでなくとも、教導院にだって結構やばい本が置いてあるってことなのかもな。
「……今日はこんなところか」
復習を終え、司書に合図して扉の鍵を開けてもらう。
本を返して図書館の出口へ向かう途中、声がかかった。
「ルシア候補生。話がある」
眼鏡をかけた少女――マテオ派候補生のエレナだった。
「……マテオ派が私に何の用ですか?」
エレナは少しだけ唇を噛む。何か迷いを飲み込むような顔だった。
「……いいから付いてきて。司書には個室の使用許可を取っているわ」
「何かの罠? 心当たりがありますからね」
「図書館で罠を仕掛けられるとでも?」
……正論だな。
いくらマテオ派であろうとも、院長より権限が強いなんて有り得ない。
「……いいでしょう。案内してください」
「こっちよ」
通された個室は閲覧室より狭く、机と椅子が向かい合って置かれているだけだった。勉学用の部屋だろうが、秘密の会話にも持って来いだ。
エレナは扉を閉め、向かいに座る。第一声は――。
「先に言っておく。私はマテオ派ではあるけど、殿下に心酔しているわけじゃない。流れ付いた先がここだっただけ」
「ふーん……。そういうこともあるでしょう。で、本題は?」
「……マテオ派は、今二つに割れている。名前を付けるなら静観派と焦燥派ってとこかしら」
「静観と焦燥ですか?」
「ええ。あなたの活躍のおかげでね」
ざっくりと話を聞いてみれば納得するしかなかった。
アウレリオ殿下の優勢は変わらない。だから泰然自若として雑音を遮断し、己を磨くだけでいい。雑音とは俺のことだろうが、健全な考えで実に結構なことだ。
それが静観派だとするなら、焦燥派はまさに焦っている連中であるらしい。
このままではアウレリオ殿下が聖人になれないかもしれない。そうなれば自分たちの未来はどうなる!? ――ということらしい。
「……いや、知ったことかよ」
「……そうね。口汚くなるのも理解できるわ」
思わず素が出てしまったが、エレナは俯きながら肩を落とす。
「言葉遣いはまだ不慣れ、ということにしておいてください。別にあなたを責めているわけじゃない」
「ならいいけど……その不慣れというのが問題を起こすことになる」
「何故?」
「あなた――と、一緒に来ている子達……王都のスラム出身なんでしょ?」
……まあ、知られているよな。俺たちがどこから来たのかを。
だが、エレナの顔に見下す色はない。むしろ申し訳なさそうにしている。
「それを懇親会で暴露して、あなたを挑発する計画が練られているわ。先に手を出させて、処罰させるとかっていう……」
何か仕掛けてくるかもと思ってはいたが、まさかそんなことを計画しているとは……。
穴だらけというか、穴しかないというか、それってさ――。
「下手したらアウレリオ様の面子を潰すだけでは? アウレリオ様はただの候補生ではなく、マテオ派の統率者として見られているはずですよ?」
「……だよね。私もそう思う。でも、そこまで頭が回らないのかな?」
不安に揺れる瞳で俺を見つめるエレナ。
敵対派閥の俺になぜ相談してくるのか、君の方もまるで分からんぞ! ……と言ってやりたいところだが、突き放すにはあまりにも得難い情報を持ってきている。
となれば、一つしかないよな。
「とにかく、詳しく話してみてください。まずはそれからです」




