五十四話:懇親会の説明
院長の言葉には期待を思わせる響きがあった。
とは言ってもね……急に立派な出世欲に目覚めはしない。
「そう言われましても、派閥の都合と契約の上でしか動くつもりはありません。私をアウレリオ殿下に対抗する駒以上のものとして期待したいなら、報酬くらいは提示してほしいところです」
「何を望む」
返事が早いな。試されているのか? ……まあいいや、遠慮は要らない。
「クラウディウスの知識です。全てとは言いません。せめて、聖法術に関するものを」
「出世は厭うが、知識は欲しいと言いたいのか?」
「はい。生きるには力が要ります。私の聖法術を強化できるとなれば、それは最優先事項です」
力を伸ばした末に出世するなら、それはそれで受け入れるさ。
最後にものを言うのは暴力だ。最高峰の札に届くかもしれないなら、手を伸ばさない道理はない。
俺の発言に院長はしばらく黙った。机の上を指先で軽く叩き、その音が二度三度と続いてやがて止まる。
「……いいだろう。禁書架にあるクラウディウス関連の書籍、その一部の閲覧を許可する。クラウディウスの聖法術を体系的にまとめたものがある。司書にはそのように伝えておく」
「ありがとうございます」
「代わりに求めるのはその力の誇示だ。習得した力を余すことなく周囲に見せつけよ」
「アウレリオ殿下の牙城を崩すには、結局はそれが一番というわけですか」
「強力な聖法術の使い手こそ聖人の称号に相応しい。そのような考え方が昨今の教会や国家中枢にて蔓延っておるのだ。……嘆かわしくはあるが真実でもある」
「きな臭い世の中ですからね」
アルヴィンから多少は聞いているが、院長までこう言うなら国際情勢は相当に厳しいのだろう。
「うむ……憂慮すべき事柄も多い。それは先々行われる懇親会についても同様であろうな」
「懇親会?」
「詳しくはリネット候補生に聞けばよい。教導院の行事の一つだが、上流階級との交流に備えた事前演習とでも言うべきか」
「……私のような出自の聖人候補には必須の行事、ということですね」
お偉いさんとの対話も聖人や聖導師の仕事だろう。王侯貴族の出でなければ、普通はこなせない。
「出自そのものが諍いの元となるのを、わしは幾度も見てきておる。お前にとっての最大の試練となるやもしれんな」
院長との話し合いにおける一番の成果は禁書架への許可だ。
代わりに力を誇示しろと言われた以上、本気で能力開発しないと立つ瀬がない。さらに懇親会――これについても、よく把握しておく必要がある。
同日の夜。ラザル派の部屋で食事が終わった後、この話をリネットに振った。
「俗に懇親会と呼ばれているけれど、正式には候補生交誼演習よ」
リネットはそう言って、俺たちの部屋からノートを持ち出して机の上に開いた。
そこに書かれている項目は、俺の想像以上に複雑でハードだ。席次、服装、付き人の差配、礼節、貴人との話し方……。
「半期に一回程度行われる、候補生同士の仮社交訓練ね。教導院の中だけならまだ質素だけれど、のちのち上位聖職者、国家側の貴族、寄進者、聖導師、派閥の重鎮が見る場がある。そのための事前訓練ってわけ」
「それは大変そうだ……」
「本番は教導院を卒業する時ね。子供の頃に貴族側として参加したことがあるから知ってるわ。平民出身者はどうしても固くなりがちだけど、最初は大目に見てくれるわよ」
幼い公爵令嬢の視線から見てもそのレベルか。必要性は分かるが、面倒の塊だ。
「ふーん……でも訓練とはいえ簡単にはいかないらしいぞ。院長は懇親会が憂慮すべき事案だって言っていた」
「院長が? ……今のラザル派にとっては、確かにそうね」
リネットが食器を片付けるシエラの後ろ姿に視線を向ける。
使った食器を盆に乗せて厨房に向かっているが、召使いとして板に付いたとはまだ言えない。
子供なんだから当然だが、そんなことは言い訳にはならないだろう。
「練習のための行事であっても、ぼろくそに言われるってか? そして責任は俺たちにある」
「貴族ってのは面倒でね……お上品な口喧嘩を求められる時もある。その練習となれば、何を言われるか想像はつくでしょ?」
「候補生同士でそんなこと言い合う場だってのかよ」
「あまりに品のないことは言えないけどね。本当に褒めているのか、皮肉で貶しているのか、判断できないと駄目でしょ?」
本番のために候補生同士で上品な悪口を言い合う。ひどい行事だが、残っているのは必要だからなんだろうな……。
「聖人や聖導師になれば生涯安泰。だが、あまり羨ましいとは思えない一因がそこにある」
話に割って入るようにアルヴィンが席についた。
アレンとシエラも一緒だ。片付けが終わったようだ。
「教会騎士にも政治はあるのでは?」
「ある。だが、貴族のお偉い方と話すのは骨が折れる。護衛だけなら黙って背後に控えていればいいだけだから気が楽だ」
「真面目なアルヴィンでもそんな感想なんですね」
気持ちは分かる。前世の会社付き合いでも面倒だったのに、貴族ともなれば別格だろう。
「当事者の私達だけでなく、従者や使用人も評価の対象となるわ」
リネットの言葉とともに、視線が自然にアレンとシエラへ向いた。
アレンはまだいい。アルヴィンの下に付く従士見習いという立場だ。
でもシエラは俺たち候補生に付く――ここで最近の問題がより大きくなってぶり返される。
「大丈夫か、シエラ?」
問いを向けると、シエラは一瞬だけ手元を見下ろした。
それから、ゆっくりと頷く。
「うん……少しは慣れたよ。そういう態度をされるって分かっているなら、大丈夫」
真っ直ぐ俺の目を見るシエラ。
空元気……ではないと思いたい。
あのスラムの中を生き抜いて来たんだ。悪意への対処はそこらの連中よりも上なはずだ。
「そうか……慣れた、か」
「うん。だから私よりもルシアの方が心配かも」
「おいおい! 俺の図太さを知ってるだろ。どこに心配があるってんだ?」
何を言われようと俺は我慢できる。ムカつきはするだろうがな。
だが、そう思っているのは俺だけらしい。
「ルシアは喧嘩を売られたら速攻で買うじゃないか。相手が強ければ下手に出るけど、弱いならすぐに攻撃するからね」
まるで弱いものいじめが趣味のような酷い評価をしたのはアレンだった。
だが、否定もできない……スラム暮らしは俺の人格に悪影響を及ぼしているからな。
「……だとしても、分別くらいある。同じ候補生相手にそんなことするもんか」
「僕やシエラの悪口を言われても? ルシアを挑発して醜態を晒させるとか、それくらいは普通にしてくるんじゃないかな。その辺りはどうなのリネットさん?」
「侮辱までするような馬鹿な候補生はいないと思うけど、どうかしらね? 平民上がりだと口が滑ることもあり得るわ。そういうのを事前に取り除くための懇親会なんだし」
難解な言い回しを理解していなければ、当然ボロは出る。
でも待てよ? ……それを言い訳にすれば――。
「平民上がりなら荒い言葉遣いをしても許される余地があるとも言えるのか。そこを逆手にとってきたら?」
「……私たちの嫌がることを話す輩が出ても不思議じゃないわね」
「ま、そうだよな」
こういう時は数の力で有利不利が働く。
マテオ派候補生は多い。鉄砲玉にできる平民上がりだって用意しているだろう。
その点ラザル派は俺たち二人しかいない。お行儀よくしていないとラザル派に迷惑がかかる。トカゲの尻尾切りができない。
「だとしても、あくまでも悲観的に考えた場合ね。アウレリオの性格からして品のないことは配下にはさせないと思うわ」
「使用人を使ってシエラに嫌がらせをしているのにか?」
「候補生まで使ったとなれば、完全に監督責任ね。候補生の平等というのは建前に過ぎない。当然教導院ではアウレリオをそのように見ているはずよ」
「……確かにな。使用人なら言い訳できても、候補生ともなればそうはいかない。……となれば、院長の言うことも杞憂に終わるか」
「是非そうあってほしいものね」
聖人候補が貴賤を問わずに適性だけで集められる弊害か。
そのど真ん中の当事者である俺が言うのも難だが、歪な制度からは軋轢が生まれる。
そんなことにも気を回さないとならないとは……面倒臭いなんてもんじゃないぞ、ったく!




