五十二話:レイショット
カシアンは木の的の前に立った。
祈りの姿勢は取らない。片足を半歩引き、拳を腰に置く構え――言うなれば正拳突きだ。
試験でも見た構えだが、あの時と同じように一瞬だけ体が沈んだように見えた直後、拳が前へ出る。
――どん、と鈍い音がした。
拳は空を切っただけ。なのに的の中心、その内側から破砕されたように木片が飛ぶ。
これを見るのは二度目だが、まるでわけが分からん。衝撃だけがそこに発生している。
「聖光をそのまま放つのではなく、衝撃力として発現させる。この利点は無駄な聖法力の消耗を抑えられる点にある。さらに言うなら発動も早い」
「それを真似ろってことですか?」
「簡単にできるなら秘技とは呼ばれない。ステファノ派候補生の中でも習得しているのは僕くらいのものだ」
だろうな。聖法術は精神性によって方向性が決まるって話が本当なら、俺にはまるで真逆となる。
衝撃に変える発想そのものは俺には使えないだろう。でも、全部が無理でも応用が効くからこそ見せたんだろう。
「しかし、この前段階となる技がある。実戦でも使えるものだ。このようにする」
今度は自然体となったカシアン。
そこから膝を抜くような体重移動をしつつ、拳を前に出す。
すると、眩しさすら感じる光がカシアンの拳から放たれた。
「威力のない目潰しだ。死傷させることなく無力化するためにも使われる。これなら君にも発動できるかもしれない」
「……やってみなければわかりませんが、その動きに祈りを込めているということですか?」
「祈りの前……とでもいうのかな? 祈ると決めたという心の動き――その段階で技として放つというわけさ」
「なるほど。威力のなさを割り切ってしまえば、聖光は発現する。祈りの初動でも祈りには変わりがないから」
「理解が早い。実感として掴めていないとその言葉は出てこないはずだ」
実感はあるさ。レイガンのポインタで似たようなことをやっているからな。
となれば、これも結局のところ地続きの技術だ。やってやれないこともない。
「習得する価値があるな。俺の居合にも応用できそうだ。……だとしてもルシアの望む抜き打ちにはならんだろう。それについてはどうなんだ?」
エリアスから指摘が入るが、カシアンは何か案があるのか頷いて見せる。
「聖光を収束させるのは難しい。だからほとんどの候補生が光弾のように圧縮でもって威力を出しているんだ。ではルシア候補生はどうだ?」
「……いともたやすく収束させている。収束には俺も自信があるが、その自信をルシアには粉砕させられているからな」
エリアスは圧縮と収束を同時に扱い聖光を帯状にする。
それはそれで凄いし、剣技としての応用も俺にはまるで真似できない。だからそこまで謙遜することはないと思うが……。
「だろう? ならばルシア候補生がこの技を使えば、聖光を最初から収束して放つこともできるのではないかと思ってね」
カシアンの提案――想像してみよう。
体の動きを発動の始動、祈りの前段階とする。それで収束させたポインタを放てばいいってことだ。
当然ながら威力は落ちる。射程も落ちる。精度も雑になる。――だが、圧倒的に速くなるのは確実だ。
「……やってみます」
近い木の的の前に立つ。想定されるレンジは至近距離だ――間合いは短いほうがいい。
カシアンのアドバイスに、現代的な観点を加えよう。確か本能射撃という言葉があったはずだ。
その練習方法としての指鉄砲。狙う、というより、向ける。そして撃つ――こんな感じで!
一瞬だけの集中という名の祈り、そして連動する体の動き。
指先に熱が集まるより早く、薄い光が走った。的の表面が薄く削り取られ、木の粉が舞い落ちる。
成功……なのか? 穴は空かずに、表面を少し削っただけ。殺傷力など皆無だが、指を向けた瞬間に光が出たのは確実だ。
「まさかの一発成功、か。末恐ろしい才能だな……」
カシアンが感嘆するような声を出す。
「驚くことでもない。そうでなくば一緒に鍛錬などしないさ」
エリアスが当然であるかのように言うが、そこまで真顔で認められると少し困る。
でも、これは確かに使えるかもしれない。
名付けてレイショットかな? 弾丸の威力を持たない一撃であるなら、それが相応しいだろう。
「ありがとうございます、カシアン候補生。さらなる高みへ登れたような気がします」
「礼はいらない。僕が見たかっただけさ。それに聖人候補としての点数稼ぎにはならない技術だ」
「だとしてもです。もとより聖人を目指すのは派閥の都合であって、私の望みとは違う。これは私が望んでいる技です」
「ほう? では君の望みとは一体?」
カシアンの問いに対する答え。これは最初から決まっている。
「カッコいいでしょ? 抜き打ちは男の浪漫ですよ」
指で銃を模してポーズを取りながら二人に宣言する。レイガンと聖法術に名をつけてからは、西部劇のガンマン気取りだからな。
となれば当然早撃ちを目指したくなる。実態としては近接戦闘用の技能だとしても、カッコいいことに変わりはない。
この世界で生きることだけではなく、楽しみを見出すとしたらそういう部分だ。
異世界転生でも転移でもどちらでもいいが、聖法術を使えるなら強くなることを目指さないとな!
「……少女の君がそんなことを言うとは」
「カシアン。ルシアとはこういう奴だ。見目麗しき少女と思うのは間違いだぞ」
「エリアスは少女趣味なのか? 将来に期待はできるがあと三年は待ちたいな」
「馬鹿を言うな。俺だって今のルシアに手を出したいとは思わん」
「……なんでそっちに話が飛ぶんですか?」
勝手に人を鑑賞対象にするな、と言いたいところだが、二人の調子に棘はない。
ま、でも、あれか。それだけの馬鹿話ができる空気だと、前向きに考えればいいか。
「まあいいです。練習を再開しますが、何かあったら指摘してくださいねカシアン候補生」
「いいだろう。あと候補生と付けなくてもいい。僕も君をルシアと呼ぶ。それでいいね?」
「承知しましたカシアン。ではやりますよ!」
この日の午後は、エリアスとカシアンと三人で鍛錬を積んだ。今この時だけは、男同士でわいわいやるような、そんな雰囲気を感じ取れている。
俺がこの先成長して女の身体になったのなら……多分、二度とこんな空気にはならないだろう。
貧相な少女であるからこその扱い。そうであるなら、せめて今だけは遠慮なく楽しんでおくべきだ。
――こういう時間は、ルシアとして生きるしかなくなってしまった俺にとって、たぶん思った以上に貴重なのだから。




