五十話:エリアスとの訓練
「これ以上は難しい、か……」
クラウディウスの記録は探るものを容易に跳ね除ける。
図書館の机には聖人録、古い講義記録、聖法術の概説書などが並んでいる。
でも、駄目だ。索引に指を滑らせ思いつく限りの言葉を拾っては同じ壁にぶつかった。
名前はある。功績もある。起こした奇跡に関する記述もある……だが、そこまでしか分からない。
「……ちっ、無駄じゃないとは、思いたいがな」
小さく呟くと、隣の机で写本を読んでいた候補生がちらりとこちらを見た。
眼鏡をかけたマテオ派の候補生、名前は確かエレナとか言ったか。図書館でかち合うことが多いことから、俺への監視かもしれない。
まあ、単なる本好きかもしれないが。もしくはその両方で、ついでに俺の監視をしているのかもな。
「……」
本を閉じ、写し取った紙を見下ろした。
今この時点で意味がありそうな単語――ヘブンズレイ。
レイガンと似た始まりを持つらしい聖法術。最終形態は天から降り注ぐ光で敵を滅するというとんでも具合ときている。
とてもじゃないがそんなことはできそうにないが、そこに至る前段階として遠距離狙撃用の形態もあるらしい。
――それだったら、今の俺にも習得できるかもしれない。
聖法術試験の時から考えていた。
レイガンは威力はあるが半端とも言える。遠距離攻撃に向いていないし、抜き打ちできるほど早くはない。
抜き打ちは後回しにして、試験の時に使った遠距離射撃をさらに磨いてみるのはどうだろうか?
レイライフル――ヘブンズレイとまではいかなくても、それなりに使える聖法術になるはずだ。
レイガンから速射性を取り除き、光の収束にリソースを割く。あの時に行ったことをさらに精緻化するだけでいい。
そう思った瞬間、机の上の文字が急に邪魔になった。
手詰まりになった以上、本を睨んでいても意味はない。気分転換も兼ねて試し撃ちだ。
思い立ったが吉日と言うしな。写しを畳み、司書へ本を返してから訓練場へ向かう。
午後の訓練場は講義が終わった候補生たちがまばらに使っていた。
祈り、的を見据えて、光弾を放つ――聖法術の基本形。威力はまちまち、範囲もまちまちでぱっとしない。
やはりアウレリオの聖法術は他の候補生と比べて格が違うのが分かる。
あれだけの技が使えるんだから俺に突っかかることなんてせず、もっと余裕を持てばいいと思いはするが……そんなアウレリオ一強体制を引っ掻き回せというのが院長からの要望だ。
もしアウレリオに焦りがあるとするのなら、何かを感じ取って俺に対する敵対心を燃やしているのかもしれない。
まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
俺も練習を始めようと思いつつ、視線がある一点に向かう。無派閥の候補生――エリアスが木剣を構えていた。
試験で見せた聖法術を使うことはせずに、的に向かって切りかかるという動きを何度か繰り返している。
聖人候補が武器を振るう姿は教導院では主流ではない。それは守護騎士の仕事だ。しかし、エリアスの動きは洗練されているように見て取れる。
一言無駄と言って切って捨てるには、あまりにも目を引く動きだった。
俺が足を止めて見ていると、エリアスはこちらに気づいて剣を下げた。
「ルシア候補生……だったな。俺の剣が気になるのか?」
「気になるといいますか……その、綺麗だなって思いまして」
「綺麗?」
「はい。角のない滑らかな動き……みたいな感じで、凄いなって思いまして」
上手く語彙が湧いてこない。
でも、身体操作をかなり高いレベルでこなしていることだけは理解できた。
「……剣を振るなど無駄とは思わないのか?」
「聖人候補という視点では無駄かもしれません。ですが、私の目を強く引き付けている……という事実がありますね」
言葉を言い繕う必要はない。多分、それだけで通じると思う。
俺の勝手な思い込みだが、エリアスは「……そうか」とだけ言って、また鍛錬に戻った。
どれくらい時間が経ったのかは分からない。ただ、ずっとエリアスが木剣を振るのを見続けていた。
「まさか最後まで見られ続けるとはな。もう他の候補生はいなくなったぞ」
「え? ……みたいですね」
気が付けば太陽が夕日に変わる直前といったところだ。
どんだけ見てたんだよ、俺って奴は……。
「何が君のお気に召したかは分からないが、悪い気はしないな。それで、君は何をしに訓練場へ?」
エリアスは苦笑しつつ、そう尋ねてきた。
「聖法術の改良をしようと思いまして。遠距離射撃についてです」
「試験で見たあれか……すでに十分強力だと思うが、まだ足りないのか?」
「足りないというより、さらに先が見えたからですね。だから試してみたいと思いまして」
「そうか。ならばこの訓練場はすでに君の貸し切りだ。日が暮れる前に試したほうがいい」
「確かに、今は私たちだけですね」
使える時間もあと少し。無駄にはできない。
遠くの的にレイガンを構え、光を放つ。
拳銃をライフルに変えるにはどうすればいい? そんな問いとともに何度か狙い撃つが――。
「……エリアス候補生は戻らないのですか?」
「君に見られ続けたお返しさ。人の目があるってのは鍛錬の邪魔になるが、だからこそ鍛錬になるとも言えるからね」
見られている意識を持ったまま集中しろってか?
……確かに、師匠でもない人に見られながらってのは意識がぶれる。これはこれで練習にはいいのかもな。
それから何度か光を放つが、どれも的には当たる。
でも、しっくりこない……ライフルのイメージで光を放っているはずだけど、何が駄目なんだろうか?
「上手くいかないって顔をしているな」
「分かりますか?」
「分かるさ。その解決法もな。見ていてくれ」
エリアスは木剣を片手に近くの的に歩き出す。
ゆっくりと上段に構えてから、一気に振り下ろした。
一閃――的が綺麗に真っ二つになり、切り裂かれた破片が地面に落ちる。
でも、これは……聖法術?
「俺が試験で使った聖法術は覚えているか?」
「腕を振るうと同時に、聖光で的を切り裂いていましたね」
「あれは試験向けの見栄え重視の術でな。本来はこっちだ」
「剣に聖光をまとわせる?」
「そうだ。だが、重要なのはそこじゃない。そのまま見続けろ」
エリアスが木剣を振るうたびに的は切り裂かれ、ついには地面に短い棒が立っているだけとなる。
だが、それは連続攻撃ではなく、溜めの時間があった。構えてから、一気に切り裂く――その振り抜く瞬間にしか木剣は光っていない。
「見たか? 聖光を出すのは一瞬だけ。そのための祈りもほんの一瞬。これから斬るという意識と、予備動作の中だけに強く集中させるんだ」
「的に対して光を当て続けるだけでは、瞬間の威力は出ないということでしょうか?」
「確実に当てたいという想いが聖法術の精度を濁らせる。――いいじゃないか、外れても。距離が離れているってことはやり直せるチャンスがある。余裕を持て」
その助言は、俺の中にないものだった。
でも、確かにエリアスの言う通りだ。俺は俺の技能だけで光を当てようと思ってもいない。だからポインタを使っているんだ。
リソースを威力ではなく照準に割り振ったらそりゃ駄目だ。クラウディウスのヘブンズレイの記述はどうだった? 照準を使うなんて描写はないぞ!
「……やってみます。たぶん、それが正解です」
腕を宙に伸ばし、的まで一直線。
ポインタは使わない。ただ、発動の一瞬に力を込める。
そうだ。この感覚……これでどうだ――!




