四十六話:龍殺しの名
駒として、微力を尽くしましょう……か。
自分で言った言葉だ。言わされたわけではない。けれど喉の奥には、飲み込み損ねた苦さが残っている。
シエラは俺を我が強いと評したが、これがそうか? 駒としては困った性分だ。
――割り切れているつもりで、割り切れていない。ムカついて会社を辞めると啖呵を切った時みたいだ。
割り当てられた部屋に戻ると、応接室には全員が集まっていた。
リネットの視線が俺を射抜く。ほとんど同時にアルヴィンはシエラへ声をかけ厨房へ向かった。
アレンはいつもと違い疲労が顔に出ていた。服の汚れを見るに、訓練でもしていたのかもしれない。
「遅かったわね」
「院長の話がな。思ったより長引いた」
俺の返答に、リネットはため息を一つ吐いた。
「はぁ……それで? 何があったの? ただ注意をされただけじゃなさそうね」
「ベアトリス聖導師から院長へ手紙が届いていた。その件で話が長くなったよ」
リネットの表情に驚きが宿る。どうやら知らされてはいないらしい。
「何が書いてあったの?」
「俺が面倒を起こすかもしれないから多少は大目に見てやってくれ、みたいな話だ。どうやらベアトリス聖導師に俺の行動はお見通しだったらしい」
バルタザール院長の目的のために、俺を駒として使ってもよい――という部分は飲み込んだ。
「さすがベアトリス聖導師ね。あんたのことお見通しじゃない」
「……そうだな」
リネットの声に疑いはない。ベアトリスが先に手を回してくれたと無邪気に喜んでいるだけだ。
ベアトリスの腹黒さを正直に話すこともない。純粋な尊敬に泥をかける意味はないだろう。
やれやれ……こういうことにも気を配れってんだろ?
「とにかく、まずは一服ね。あんたも疲れただろうし、休憩したら今後について話し合いましょう」
確かに疲れた。休憩を入れないと頭も回らない。
しばしの時間を置いてアルヴィンたちが戻って来た。シエラがお茶を俺の前に置くが、召使いとしてちゃんと仕込まれているようだ。
お茶――ハーブティー――を飲んで肩から力を抜く。
思った以上に凝りがあるな……。十代前半の身体でも、気苦労があればこうもなるか。
「……そろそろ始めましょうか。まずは今日起きたことのおさらいね」
リネットが音頭を取り、話し合いが始まる。
オークの木の下での問答、聖法術の試験。
アルヴィンは割り当てられた部屋の準備や滞在の手続き、アレンとシエラのことも補足する。
「アルヴィンとアレンはやはり稽古をしていたんですね。初日でそこまで頑張らなくてもいいと思うけど」
俺とリネットが試験をしていた時に木剣を振っていたらしい。シエラはその手伝いだ。
「ルシアとリネットさんが頑張っているんだ。暇があるなら時間は無駄にできないだろ?」
「……無理をしていないならいいけどな」
「そこは私を信頼してほしい。ラザル派の従士見習いを潰すような稽古などやらんさ」
アルヴィンが穏やかに微笑み、アレンも真剣な眼差しを俺に向ける。
「大丈夫だよルシア。お兄ちゃんもアルヴィンさんも楽しそうだったし」
シエラがそう感じたのなら間違いはない、か。
でもこの気持ちはあれだな……アルヴィンに二人の保護者役を取られて嫉妬しているのか?
「なんなのよその顔は?」
「俺にも色々あるんだよ。ほっとけ」
リネットに突っ込まれるような顔をしていたらしい。
これもまた未熟と言われる所以か。
「あっそ。ならほっとくわ。それでアルヴィン。今日の私達の動きについてあなたはどう評価する?」
リネットの問いに、アルヴィンは少し考えてから話し始める。
「ルシアが問答にて起こした問題についてはすでに解決したとしましょう。その上で、今日一日でラザル派が得たものは大きいという評価になります」
「やはり聖法術の試験が大きいかしら?」
「はい。シスター・リネットの治癒術とルシアの聖法術。アウレリオ殿下に引けを取らないものだと私は判断します」
実際に見ていないアルヴィンが断言した。
伝聞だけでそこまで言うなら、何か確信があるのだろう。
「アウレリオ殿下の聖法術は実戦級と評しても過言ではないでしょう。しかし、それを言うならシスター・リネットの治癒術もまた実戦級です」
「当然よ。そうでなければ意味はないわ」
「はい。だからこそ稀有な力です。ベアトリス聖導師だけでなく、ラザル派全体でシスター・リネットを教導院に送り出した意味はそこにあります」
俺も治癒術は使えるが、擦り傷や小さな切り傷を直すのが精々だ。リネットみたいな深い傷の即時回復は他の候補生にも無理なのだろう。
「治癒術だけでは聖人候補として力不足と言えますが……聖導師であるなら話は別です。セラフィナ教、ひいては国家の象徴である聖人は、言ってしまえば切り札にして重石。聖導師と違い何か起きたからと言って即時行動はできません。それはつまり――」
いったん言葉を切ってから、アルヴィンが続きを言った。
「民心を掴むという意味においては、独自判断で動ける聖導師の方が適している。さらに言えば、治癒術は民衆の心に響きます。聖導師でありながら聖女として信仰される者もいたという事実もある」
なるほど。教会に認められた者だけが聖人になれるが、民衆に実利をもたらす者の方が信仰の対象になることもあるわけだ。
「清貧と民衆救済をお題目に掲げるラザル派にとっては、むしろ聖人を輩出するよりも使いやすいかもしれないですね」
「その通りだルシア。当初からの計画として、聖人の輩出よりも聖導師の地位に重きが置かれている」
「聖女リネットか……良い響きじゃないか」
揶揄うようにリネットへ振ってやる。
「私は聖女なんて称号はいらないわ。ただ人々の役に立てればいいだけ。当然のことがそのままラザル派のためになると思っているのよ」
ぶっきら棒に返されるが、顔を見れば満更でもなさそうだ。
「だが、それだけでは終わらない。聖人候補としてルシアという新たな札をラザル派は手に入れた」
おっ! そこで俺が出てくるわけか。
「通常の聖法術は光弾を放ち、着弾地点を焼き払うものが多い。集団戦において最も威力を発揮し、聖人がいるだけで戦争すら回避すると言われる所以だが……逆に言えば戦列を布かなければいいだけだ」
「散兵なら被害を抑えられますからね。士気の観点から常備兵となり、下士官教育に多大な出費を強いられますが」
「支出については大きな欠点だが、最近は軍事改革として聖人による抑止に対抗しようという機運が高まりつつある。傭兵や徴募兵は利用され続けるだろうが、同時に独自判断で動ける常備兵団の整備が活発化している」
誰しもが工夫をするものだからな。対聖人戦術ってのも当然考えられる。
今は常備兵を整備できるだけの国力があるってことだろう。そうすると……俺の聖法術は常備兵への強烈なカウンターになる。
「そこで私の聖法術ってわけですか。遠くから狙い撃ちできれば、指揮官を狙うことで散兵対策になる」
「ああ……しかし、どこで兵学を学んだ? まさかこのような会話ができるとは思わなかったぞ」
アルヴィンだけでなく、リネットも心底驚いている。
アレンとシエラに動揺はない。俺が得体の知れない奴だって最初から分かっているからな。
「色々とあるんです。ベアトリス聖導師には全てを話していますから、何かあるならそちらにお願いします」
「……そうか。ならば割り切るとしよう」
明らかに変な奴に対して、割り切ると言えるのは大人だな。
「話の続きだが、軍事的な理由だけが目を引くものではないはずだ。ルシアの使った聖光で的を射抜くという聖法術――これは龍殺しの聖人の聖法術に酷似していると思われる。だからこそ試験官が驚いたのだろう」
「龍殺しの聖人とは?」
院長は図書館で調べろと言ったけど、アルヴィンが知っているなら楽でいい。
だが、話はそう簡単には進まなそうだ。
「いや、私も詳しくは知らない。名と聖法術について聞き及んでいるというだけだ。その詳細は秘匿されている」
史書には載るが、詳しい話は載せないってか? なんなんだ、その龍殺しの聖人ってのは?
「しかし、聖人候補を選別する教導院であるならば、知る者もいるだろう」
「それはつまり……龍殺しの聖人の技に酷似した聖法術を使える私の存在は……」
「次期聖人候補として選ばれる強い理由になるやもしれん。ただの推測だがな」
推測はただの推測だ。でも、俺はバルタザール院長から龍殺しの聖人を調べろと言われている。
こうなると、次に俺がやるべきことは決まっている。
「それで、その聖人の名は?」
「クラウディウス――それが龍殺しの聖人の名だ」




