四十四話:聖法術適性試験と精密射撃
アウレリオは列から進み出た。その歩みだけで、自然と皆の視線が集まる。
王族で、マテオ派の有力候補。午前の問答でも模範解答らしい答えを置いていった男だ。
では、聖法術はどうだ? 聖人が聖人たる所以の力――結局はそこに尽きるはず。
「始めたまえ」
試験官の声を合図に、アウレリオは目を閉じて祈る。
だが、それも一瞬だ。カシアンを除けば誰よりも早い。次の瞬間、手の前へ淡い金を帯びた白光が集まり、一段と強く輝いた。
アウレリオが大仰に手を振ると、光の塊が的に向かって放たれる。
――着弾。
的は音もなく光に飲み込まれる。が、それだけじゃない。
着弾の瞬間に光は瞬間的に何倍にも膨れ上がり、周囲に数メートル程度の間隔で置いてあった人型をまとめて飲み込んでいった。
後に残ったのは、十数メートルの真円のクレーターだ。
候補生たちからどよめきが漏れる。これを見せられたら当然の反応だろう。
「……言うべきことなし。発動時間、威力、攻撃範囲――すでに実戦レベルだ」
評価というより賞賛に近い言葉を受けて、アウレリオは涼しい顔で一礼し、下がっていく。
上から目線で鼻持ちならない奴だと思っていた。それは王族だから当然なんだろう、と考えていたが本質は違うようだ。
これだけのことができれば、そりゃあ自負もあるだろう。聖人候補なんかじゃなく、聖人に最も近い男ってわけだ。
「……さすがね」
「リネットもそれしか言えないか?」
「あれを見せられて、他に何を言えと?」
「……まあな」
文字通りの格の違いを見せつけられた。悔しさを覚えることすらおこがましい。
だが、そんな心情など関係なく次はラザル派――リネットの番だ。
「次、リネット」
呼ばれた瞬間、リネットが小さく息を吐いた。あんなのを見せられてからだと、自分の矮小さを感じてしまう――そう委縮させるのも作戦なのかもしれない。
問答では俺が目立ちすぎたし、呼ばれる順番に作為があると仮定するならマテオ派が何かを画策しても不思議じゃない。
でも、その作戦は俺たちに通用しないぜ。
「私の聖法術は治癒に偏っています。というより、治癒しかできません」
前に出て、リネットが開口一番に言った。
「攻撃はできないのか?」
「はい。ですが治癒の聖法術には自信があります。おそらくですが……この場にいる誰よりも」
ある意味で挑発するような口調に、候補生の何人かが反応を見せる。
アウレリオの表情に変化はないが、リネットを興味深そうに見ているようだった。
「それでは治癒の力をこの場で見せてもらう。これを使え」
試験官が懐から鞘に収まった短刀を取り出した。引き抜かれた刀身が太陽の光を反射し、刃の鋭さを想起させる。
「だが、自傷行為に抵抗があるなら無理に行う必要はない。治癒の力については後日測ってもよい」
「いいえ。問題ありません」
リネットは即答し、右手でナイフを受け取ると自分の手の平に刃を当てた。
そこに迷いは一切ない。流れるような動作でナイフを引き切る。
一瞬の間を置いて、手のひらから滴り落ちる鮮血が地面を汚す。しかし、あまりにも躊躇なくやるものだから、むしろ試験官の方が動揺している。
だが、リネットは気にしない。傷付いた手を試験官に向け、その手に光を灯した。
「む……これは……」
光っていた時間は一秒かそこら。しかしそれだけあれば十分すぎる。
血が滴る勢いは止まり、残った赤い雫だけが数滴落ちた。リネットが布で手の血をぬぐうと、そこにはもう傷がない。
――リネットの治癒は一級品。ベアトリスがリネットを教導院に送り込んだ理由がこれだ。俺の存在はワイルドカードに過ぎない。ラザル派にとっての本命は、あくまでもリネットだ。
分かっていたことだが、こうして見ると再確認する。やっぱ先輩は違うぜ! ベアトリスに見込まれているだけはあるな。
「発動が早いだけではない。傷痕すら消えるほどの精度と速度――確かに、この場に比類するものは誰もいないだろう」
評価を受けて、リネットが一礼して下がる。
アウレリオの高度な聖法術を見た後だというのに、空気の質が変わったのが分かる。
「ご苦労さん。明らかに雰囲気が変わったぜ」
「そう? ならいいけど。あいつの自慢げな時間が長続きしなくてよかったわ」
何があったかは知らんが、この嫌い方も筋金入りだな。まあ、それでラザル派の優位に働くならいい。
だとしても――俺がしくじったらぶち壊しってのも辛いところだ。
「次で最後だ。ルシア、前へ」
試験官に言われるまま足を踏み出す。最後に呼び出されるとなれば、皆の視線が一点に集中しているのが分かる。
これは期待か? ……いや違う。問答であそこまで大口を叩いた俺を確認する空気だ。
口は達者だが、聖法術がからきしなら警戒する必要はない。そういうことだろ?
「始めたまえ」
定位置につくと試験官から合図が出る。その瞬間、すぐに手を拳銃のように構えた。
最初から見ていて思っていたが、ほとんどの候補生が祈りを必要としていた。それって無駄じゃね? 何かしらの溜めがいるのは分かるが、実戦を考えるなら溜めはなければないほどいい。
ポインタの光を的に合わせて、照準チェックをしてからすぐに光を撃ち込む。
聖光だなんだと威厳があって神聖ぶるような聖法術ばかりだったが、そんな綺麗な使い方は俺には似合わない。聖女みたいな役割はリネットだけで十分だ。
俺の聖法術は殺しの技――思う存分、それを見せつけてやる!
的は爆ぜない。吹き飛びもしない。ただ、中心に小さな穴が開く。そして一つの標的だけで済ますほど、俺の聖法術の燃費は悪くない。
――狙い、撃つ――狙い、撃つ――狙い、撃つ!
見える的の全てを的確に撃ち抜き、また次へ。
人を殺すのに派手な爆発なんていらない。少しばかりの穴をあけてやればいい。続けて何度もそうしていると、まだ余裕があるのに穴の開いていない的がなくなった。
もう一周してもいいけど……実戦を想定するなら無駄なオーバーキルだよな。
「まだ余裕はありますが、こんなものでいかがでしょうか?」
ガンマン気取りでそう言ってやる。
俺の姿形はただの少女だが、聖法術を使うなら関係ない。
――聖人を人間兵器とのたまったんだ。言い出しっぺがこれくらいやって見せないと、説得力がないよな!
みたいなノリでやっていたわけだが、訓練場の空気は凍っていた。
えっと、なにこれ?
「まさか、この聖法術は……」
何やら試験官が驚いている。俺の聖法術になんかあるのか? ベアトリスからは何も聞かされていないぞ。
「ルシア……まだ余裕はあると言ったな。あの石に当てられるか?」
試験官の指が差すのは、ここから百メートル以上離れた石だった。人の背丈くらいはあるが、結構距離がある。
「自信はあまりないですが、やってみます」
スラムだと遠距離射撃する機会はなかったんだよな。だからこの距離は初めてだ。
ポインタで光を通して……ここか? で、放つ! これでどうだ!?
「少しずれましたが当たっているみたいです。残念ながら貫通はしませんでした。それは修行不足です」
百メートルを超える距離でハンドガンのイメージでは駄目だ。実銃を使うとするなら、素直にライフルを使ったほうがいい。
レイガンの次を目指すならライフル。レイライフルってところだろう。
「……む、分かった。これにて終了する。評価は――」
結構頑張ったんだから、いい評価を頼むぜ。
「近距離での速射と精度。十分以上なり。さらに中距離以遠での精密射撃……減衰はあるが殺傷能力は保持。派手な破壊には向いておらず、大軍を相手にすることは難しい。ルシア。この聖法術をどう使う?」
なぜか質問が飛んで来た。候補生の使った聖法術の中では、型がかなり違うからかな?
「側面や後方に回っての遊撃。それによる指揮官狙いでしょうか? 大将首を狙えるのならば、斬首戦術に組み込むのがいいかもしれません」
「ざ、斬首戦術? それはどういう意味だ?」
おっと。これは現代的な表現だったか。
「言ってしまえば要人暗殺です。戦場に限定しないという意味でも用途は同じですね」
「……そうか。下がって良し」
ということで俺の聖法術のお披露目は終わり!
なにやら候補生たちが物騒な視線で俺を見ている。あれだけ高度な聖法術を使ったアウレリオでさえ、驚きを隠せないようだ。
そうであるなら、このお披露目は最高の結果じゃないか? 俺はワイルドカードだ。それを自覚しているのなら、恐怖や嫌悪感を向けられるのは望むところだ!
……望むところ、のはずなんだが。
凍りついた訓練場を見渡して、遅れて背中に嫌な汗がにじんだ。
もしかして俺、ちょっとやりすぎたか?




