四十三話:適性試験
食事の支度が終わり、今は全員で卓を囲んでいる。
昼食はシチューだ。ブラウンシチューと呼んでいい色ではあるが、現代のものほど濃くはない。材料も調味料も違うのだろう。それでも湯気の匂いだけで、朝から妙に張っていた肩の力が少し抜ける。
「美味しいですね。これをアルヴィンが?」
そう尋ねると、アルヴィンが少し笑った。
「意外か?」
「はい。ここまで美味しいものが出てくるとは思いませんでした」
「護衛騎士ともなれば、聖人や聖人候補に付き従って戦地へ赴くこともある。そうなれば剣だけ振れればいい、とは言っていられない」
アルヴィンは自分の器からシチューをすくって口に運び、味を確かめるように軽く頷いた。
アレンやシエラも満足そうにスプーンを動かしている。
「温かいものを食べられるかどうかは士気に関わる。士気は戦力に関わるだろう?」
「はい。美味しい物を食べられるかどうか、かなり重要です」
「その一助になれば幸いというものさ。アレンとシエラにも料理は仕込んでおこう。今は良いが、私も忙しくなったら手を掛けられないかもしれないからな」
「従士見習いと召使い見習いですからね。――二人とも頑張れよ」
激励というには軽いが、期待くらいは込めて言ってやる。
「雑務は僕たちの仕事だからね。任せてよ」
「うん。頑張る!」
二人の反応を見れば、心が少し温かくなる。
アルヴィンが見てくれるなら、この教導院でも健やかに育ってくれると期待できそうだ。
「雑談も良いけど、とっとと食べなさいな。早く聖法術の調整をしないとね」
「分かっているが、もう食ったのか」
会話に加わっていなかったリネットは、いつの間にか食事を終わらせていた。
「時間に余裕があるからこそ、無駄にできないでしょ。美味しかったわ、アルヴィン。私は自室で瞑想をするから、ルシアもすぐに来なさい」
そう言ってリネットは俺たちの部屋に向かって行った。
ストイックな奴だとは知っているが、ここまでとはな。というより、午後の聖法術試験がそれだけ大切ということなのだろう。
「ご馳走様です。私も調整に向かいます」
「ああ。雑務は任せて、君は君の務めを果たすことだけを考えればいい」
背中を押されるように、リネットのいる部屋へ向かう。
部屋では瞑想と、指先に光を集める練習をする。調整としては、これで十分だろう。
午後の試験――気張らないとな。
「これより聖法術の適性確認を行う。名を呼ばれた者から前に出ろ」
試験官が声を張り上げた。
候補生が集まったのは訓練場だ。砂地の上に、的となる人型がいくつも置いてある。ここで聖法術の威力や精度を測るという。
「エリアス。前へ」
最初に進み出たのは、背の高い赤髪の少年だった。候補生は派閥ごとにまとまっているが、派閥に属さない候補生が一人いたことを思い出す。
的までは十メートルほど。エリアスは短く祈るように目を閉じ、それから腕を振った。
光の帯が現れ、人型の的を袈裟懸けに両断する。
「発動まで時間を要するが、威力においては及第点を遥かに超える。実戦向きではないが、そこは訓練次第と言えよう」
評価としては無難なところで、エリアスは会釈すると元いた場所に戻った。
破損した的は試験の補助員が取り替えてから再開される。
「次はフランツ。前へ」
次に呼ばれたのはステファノ派の候補生だった。
フランツの放った光の弾はエリアスほど派手ではなかったが、それでも的を貫通した。
続くステファノ派の候補生も似たようなもので、あれを人間だと仮定したら、どれも一撃必殺だ。
――やっぱり聖法術ってのはやばいぜ、これは。
ガスパールに魔法について習っていたから知っているが、殺傷力のある魔法を取得するには長い訓練期間がいる。
だというのに、候補生の段階ですでにこれだ。俺もそうだが、情緒教育をミスったら聖人どころか犯罪者まっしぐらだろう。
「次、カシアン」
ステファノ派の候補生の中でとりを務めるのはカシアンだった。
変わり者と評されるが、聖法術の実力は如何に。カシアンは他の候補生と違い、祈らずに腰だめに拳を添えている。まるで正拳突きの構えだ。
そう思った直後、本当に正拳突きが放たれ――人型の的が木端微塵に砕け散る。
「威力、発動速度ともに申し分ない。聖光をそのまま放つのではなく、衝撃力として発現させる技術も見事なり」
その評価を受けて、カシアンは胸を張ってステファノ派の候補生が集まる場所へ戻っていく。
確かに凄い。つーか衝撃力として発現させるって何? そんなことできるわけ?
「あれも聖法術なのか? かなり異質だが」
「ステファノ派に伝わる秘伝や秘技みたいなものね。聖光は強いけど無駄も多いのよ」
「なるほどね。殺傷能力だけを無駄に鍛えることにあまり意味はないか。威圧感を与えるとかはともかくな」
「そういうこと。聖人ステファノの得意とした技法らしいけど……やるわね、カシアン」
リネットが素直に褒めるとなれば、相当凄いってことだよな。
教会にいたとき、俺の聖法術を何度かリネットに見せることはあったけど、カシアンほど賞賛されたことはない。ベアトリスからも、無駄が多いからもっと力を抜けと言われるくらいだった。威力はともかく持続力が足りないという評価だ。
その言葉に反発はなかったけど、少し調子に乗っていたかもしれない。カシアンの使う聖法術を見れば、俺の無駄の多さは丸わかりだ。
「次、エレナ」
ここからがマテオ派のようだ。候補生の雰囲気は見るからにステファノ派とは違う。服装からして質が良く、前へ出る足運び、試験官に対する礼、祈る姿の一つ一つに、見られることを前提にした訓練の跡があった。
そして、聖法術は今まで見た中で一番派手だった。
エレナは光弾を標的にぶつけて爆発させ、さらに十メートルより少し後方の的まで巻き込んだ。聖光は過剰威力になりがちだと言うが、それを逆手にとって周囲へ散らし、範囲攻撃にしているようだ。
「祈りの時間は長くとも、範囲と射程は申し分なし」
試験官の評価を受け、エレナは一礼すると済ました顔でマテオ派候補生の元へ戻っていく。
「マテオ派の聖法術は凄いな。一番戦争向きじゃないか?」
「持久戦には向かないけどね。ここぞという時に使えば、戦局を変えることすらあるわ」
「聖人マテオの逸話であったな。それを継承しているってことか」
「ええ……でも、やはりやるわね」
順番に名前が呼ばれるたび、放たれる聖法術はどれも迫撃砲で周囲を吹き飛ばすような威力を見せた。マテオ派の候補生は誰もが水準が高く、発動を失敗することもない。リネットがうなるというのも分かる。
派閥ごとに色が違うからこそ、続けて見ると比較しやすい。評価する側にとっても都合がいいのだろう。
「アウレリオ。前へ」
そして最後に、アウレリオの名が呼ばれた。
優雅に前へ進むその姿には、自信が満ちている。表情にも余裕があり、何か凄い景色を見せてくれそうな予感があった。
リネットはそれを苦々しい目で見ている。
さて、どうなる? 派閥の主を気取っているんだ。お手並み拝見といこうじゃないか。




