四十二話:候補生の値打ち
大オークの木陰から離れ、午後の試験まで一時休憩となった。
問答で思想を見られたあとは、今度は力を見られるわけだ。初日からなかなか容赦がない。とはいえ、その前に食事を取る時間があるという。
教導院には大きな食堂のようなものはなく、候補生は割り当てられた部屋で食事を取るらしい。派閥も身分も違う連中を一か所に集めれば、昼食どころか小さな政治会議になる。たぶん、そういう面倒を避けるためなのだろう。
「アルヴィンがラザル派に割り当てられた部屋の準備をしているはずよ。アレンとシエラもその手伝いね」
「部屋割りはどうなっている? それに食事の手配は?」
「私とあんたで一部屋よ。その部屋の前に応接室があると聞いているわ。そこを基点にして生活に必要な設備があるみたいね。自分たちの厨房で食事は用意しろってわけ」
「連れて来た召使いに準備させろってことか」
「そうなるわ。応接室に隣り合う形で護衛や召使いが詰める部屋がある。来客があったら、そこで対応するためね」
やはり候補生はVIP扱いというわけだ。会うためには護衛を通し、応接室で取り次ぐ。まるで外交官か何かみたいだが、そういう作法にも慣れろということなのだろう。
中庭から建物の中へ入ると、空気が少し冷えた。磨かれた石床に窓の光が細く落ち、壁際には祈りの文句らしい装飾が刻まれている。それに気づけるくらいには、少し余裕が戻ってきたのかもしれない。
……まあ、あれだけのことを言えたんだ。緊張なんて段階は、とっくに突破しているな。
そんなことを考えていると、リネットが職員に声を掛けた。
「部屋へ案内してちょうだい」
「畏まりました。こちらです」
職員の案内で回廊を進む。似たような扉がいくつも並んでいるが、それぞれに小さな札や紋が掛けられていた。部屋一つにも派閥の境界線があるらしい。
ラザル派の印が掛かった扉の前で職員が足を止める。中に入ると、話にあった通り小さな応接室があった。机と椅子、壁際の棚、湯を用意する台。窓から差した光が布張りの椅子の端を照らしている。広くはないが、来客を迎えるには十分な部屋だ。
そこに、アレンとシエラがいた。
「あっ! ルシア! リネットお姉ちゃん!」
「もう部屋の準備は終わったよ。アルヴィンさんは武具の手入れをしているから、呼んでくる」
アレンはそう言って、すぐ奥へ向かった。
さっきまで派閥だ聖人だと面倒な言葉に囲まれていたせいか、二人の顔を見るだけで少し息がしやすくなる。
アレンがアルヴィンを連れて戻り、各自が席につくと、当然のように話題は俺がやらかした問答へ向かった。
「……本当に、そんなことを言ったのか?」
アルヴィンの視線が痛い。やはりやり過ぎたか? いやでも、ベアトリスが許可しているぞ。
「確かに言い過ぎかもしれませんが、ベアトリス聖導師から、迷ったら思うままに言いなさいと事前に言い含められています。本当ですよ?」
「だとしても、限度があるだろうに……。ベアトリス聖導師もずいぶんな劇物を用意したものだ……」
低くこぼれた声には、俺への非難は薄い。というより、ベアトリスに対する困惑のほうが強そうだった。
「ベアトリス聖導師はそんなルシアに希望を見出しているようだけど、どうなのかしらね?」
リネットがジト目で俺を見る。気持ちは分からんでもないが、その視線はやめてほしい。
「やっぱりやらかしたね、ルシア。初日からとは予想できなかったけどさ」
「おいおいアレン! 俺をそんな目で見ていたのかよ!」
「そりゃ見るでしょ? 最初に会った時からそうだったけど、ルシアはかなり自我が強いじゃないか」
「自我がないと生き残れないだろうが……。シエラはどうだ? 俺ってそんな感じ?」
「うん、そんな感じ。誰かの言いなりになるとかじゃなくて、ルシアはずっとルシアのままだよ」
おいおい、アレンとシエラからもそんな評価か。
特にシエラからの批評が重い。俺ってそこまでエゴイストだったのかよ……。
「ふむ……考えようによっては、飲み込むべき毒ではあるな」
若干へこんでいるところで、アルヴィンがそんなことを言い出した。
「それはどういうことアルヴィン? こんなのが良いってわけ?」
リネットのあんまりな評価はさておき、アルヴィンが何を考えているのかは気になる。
「ラザル派は現在、苦境に陥っている。聖人を輩出すれば逆転できるという発想だけでは、それが潰えた場合にさらなる凋落を招きかねない」
「確かにね……。停滞を破るための札が聖人の輩出だけなら、失敗した時のための保険も必要になる。となれば、劇薬だとしても飲み込む価値がある」
「劇薬扱いされるのは構わないけど、そこまでのものか?」
やらかしたのは事実だ。しかし、別にそこまでのものかとも思ってしまう。
けれど、リネットの考えは違った。
「とんでも発言だったけど、アウレリオ殿下やカシアンを思い出しなさいな。言っていること自体は、それほど間違っていないのよ。私も心情と切り分ければ、論理だけなら理解できなくもないしね」
「シスター・リネットの言う通りだな。騎士として発言するが、信仰とは別に、聖人には武力をどうしても期待せざるを得ない。元より持ち得ているが表面化させていなかった聖人の意味を、強く言語化しただけとも言える」
アルヴィンもリネットを肯定するように補足する。
なるほど。俺の考えは人々が目を背けてきた事実に、強制的に目を向けさせたわけか。
「さらに追加するならば、国際情勢も関係しているかもしれない」
アルヴィンの声が少し低くなった。その表情には強い懸念が見て取れる。
「フェンリスカ王国の動きが、ここしばらく不穏だ。国境沿いの商人たちの噂では、兵糧の買い上げが増えているという」
「隣国が軍事行動をするとでも?」
「さてな。しかし、何かに備える前触れだろう。そして隣国だけではなく、大陸西方の諸王国全体が落ち着かない。セラフィナ教圏に属する国家の動きに、不穏な影がある」
そんなことは初めて聞いた。リネットを見れば、彼女も俺と同じように初耳であるらしかった。
「アルヴィンの言うことが正しいとするわ。その場合、ベアトリス聖導師は国際情勢も踏まえた上で判断したことになる……。劇薬と表現する以上に、ルシアを評価していることになるけど……」
「さて、な。聖導師の考えることは一介の騎士である私には分からないさ。だが……君なら理解できるのではないか、ルシア?」
アルヴィンとリネットの視線が、強く俺を突き刺してくる。
この問いに対して、一応の答えはある。やはり、ベアトリスへの独白がここで意味を持ってきたと考えるのが妥当だ。
「リネットは俺が懺悔室でベアトリス聖導師と話しているのは知っているな?」
「ええ。何回か使っていたわよね」
「おそらくそれだ。俺の持つ知識や考え方が、今後の役に立つと踏んでいるんだろうさ」
俺の半生について語るだけじゃない。時にはベアトリスと議論のようなこともしていた。
国家の持つ本能。地政学という概念。歴史の循環。知識が秘匿されがちなこの世界において、それらは扱い方次第で計り知れない価値を持つ。セラフィナ教会の勢力争いにどこまで使えるかは自信がないが、少なくともベアトリスは、俺がそういう観点を持つことを評価しているのだろう。
「色々と、話し過ぎたな……」
ベアトリスは俺を信頼はできないが、信用はできると言った。頼られる段階にはないが、用いられる程度の価値がある。そういうことなのだろう。
「ふむ……スラム出身の少女に、そこまでベアトリス聖導師が入れ込む理由は気になるが、軽々しく話すことでもあるまい。その知識はラザル派のために使うつもりなのだろう?」
「それは勿論。食わせてもらっている身であれば、当然でしょう」
「ならば問題ないさ。そして午後には聖法術の試験がある。食事の支度をしよう。君にはラザル派のために存分に働いてもらわないといけないからね」
そう言って、アルヴィンはアレンたちを連れて厨房がある部屋へ向かった。
どうやら騎士であるのに食事はアルヴィンが作るらしい。アレンとシエラはその手伝いというわけだ。貧乏所帯だと専属のコックもいないから大変なもんだ、と思っていると、リネットがこちらに視線を向けていることに気づいた。
「なんだよ」
「……あんたの正体。いつか私に教えてほしいものね」
日々を一緒に過ごしていれば、俺がただの少女でないことはすでにばれている。短い付き合いの中にも、お互いに感じ入るものはある。
……だけど、簡単には話せないよな。




