四十一話:カシアンとの接触
面白い――そう言ったカシアンの目は、本当に面白いものを見つけた人間のそれだった。
敵意ではない。しかし好意とも少し違う。危ないものだと分かったうえで、そこへ顔を近づけたがっている目だ。
思わず一歩だけ身を引きそうになる。この空気の中で俺を面白いだって? どういう感性なんだよ……。
「やっぱりあなたは来るのね、カシアン。この子が色々な意味で危ない子だって分かりながら」
リネットが俺の肩に手を置いた。
その手から感じられるのは親しみじゃない。もうお前、変なことを話すな、と言わんばかりに力が込められている。
「確かに危険ではあるが、アウレリオ殿下が言うように事実でもある。それを真っ向からああも話すとはね。ある意味では、もっとも真摯に聖人という存在と向き合っていると言えよう」
「危険思想の急先鋒だったあなたを超える者が出てきて悔しいのかしら?」
リネットはカシアンをステファノ派でも特別と称していたし、俺もそれは感じる。だからなのか、カシアンは危険人物扱いされても怒らない。むしろ、少し楽しそうに目を細めていた。
「危険思想とは心外ではあるが、完全に否定できないのが困ったところだ」
「そこは否定しなさいよ……」
「嘘は信仰に反する。世俗化しつつあるセラフィナ教において、僕の信仰があまり歓迎されないとしてもだ」
「はぁ……そういうところよ」
リネットが額に手を当てた。
なるほど。これは確かに関わると疲れるタイプかもしれない。自覚を持つ原理主義者。周りと合わせることはできるが、性根の一本は絶対に曲げないタイプだ。
……んん? むしろそれって、リネットと似た者同士なんじゃ?
なんて考えていると、カシアンは俺の前で一礼した。
「改めて名乗ろう。僕はカシアン。ステファノ派の候補生だ」
となれば礼を返さなくてはならない。ただし、頭を下げる間もリネットの手は肩に置かれたままだ。
完全に信用を失ったな、こりゃ。もう猫を被って大人しくするしかない。
「ルシアです。私も自分の危うさに自覚があります」
「だろうね。あの物言いをした後から、君の顔色には特に変化がない。あれは分かっている者の顔だよ」
そんな自覚はないが、堂々とはしていた。だからこそ俺に目を付けたわけか。
「それで、私の何が面白いと? 現実的ともおっしゃっておりましたが、どういう意味でしょうか?」
これ以上ボロを出せない。というより、リネットが許してくれそうにない。
だからカシアンに喋らせる。俺のところに来たということは、話したいことがあるからだ。そう当たりを付けると、どうやら正解だったらしい。カシアンは目を輝かせ、口を開いた。
「君は聖人を、人間兵器と言った」
リネットの手がさらに強張る。一番聞いてほしくない話題がこれらしい。
しかし、当のカシアンの声は妙に落ち着いていた。目に熱は籠っているが、ただ騒ぎたいわけではないようだ。
「聖人を特別視する者が大半であるし、この場にいる者は皆がそうだ。君を除いてな」
「カシアン様もそうであると?」
「無論。だからこそ面白い。君は現実だけで聖人を語っていた。それが僕には聞き流せなかった」
怒るではなく、聞き流せなかった?
その疑問は俺ではなく、リネットの口から飛び出した。
「普通は怒るところではなくて? ステファノ派急先鋒のあなたの信じる教義とは相容れないはず」
「怒る者もいるだろうね。不敬だなんだと騒ぎ立てるだろう。だが、僕は違う」
カシアンは大オークの葉を見上げるように、ほんの少しだけ視線を上げた。
「ステファノ派は、始祖セラフィナの言葉を実践することを重んじる。祈りを飾りにせず、行いへ移せと教わる。ならば危険なものを、危険だからと遠ざけるだけでは実践にならない。信仰と盲信は違う。懐疑的な視点で教義を見つめ直し、その上で信じ続けることが、僕の考える実践だ」
カシアンがまっすぐ俺を見る。
「君の言葉は、聖人の綺麗な外皮を剥いだ。信仰の象徴である前に、世界を動かす力として見た。それもまた、無視してはならない現実だろう」
天を仰ぎ見ながらカシアンはそう言った。
求道者にして伝道者――という素振りだが、これはあれだな。変人だ。間違いなく変人だ。
自分に酔っているけど、酔っているのを自覚している人を初めて見たぜ。
「でも、勘違いするなよ」
カシアンは視線を俺へ戻した。その目に宿るのは酔いではなく、確かな理知の光だ。
「君の考え方を認めはする。だが、完全に同意するわけではない。綺麗な名前を付けられた力ほど、本人の意思より先に周囲が使い道を決める。それを厭うからこそだ」
「なるほど……その考え方は良く理解できます」
実践を重視するからこそ、他者の偽善に満ちた戯言には耳を貸したくない。おそらく、そういうことだ。
「しかし、それは教会という組織の中では茨の道を歩むが如きなのでは? 立場に責任が付いて来るのなら、結局のところ己が望みとかけ離れた力の使い道を辿ることになりましょう」
「……言うじゃないか。否定はできないな。だが、そこまで立派な話じゃない。ただ、勝手に札にされるのが嫌なだけだ」
「札になりたくないのは同意しますが、私の心情はむしろアウレリオ様の考えに近いですよ。聖人は規律の中にあるべきです」
「彼に反発していた君が、それを言うのか?」
カシアンの目に疑問が浮かぶ。
俺があっちこっち適当に考えをぶらしているように思えたのだろう。しかしなぁ――。
「人間兵器と言ったでしょう? 兵器は管理されなければなりません。自らの意思で動く兵器には重大な欠陥があります。ただそれだけです」
リネットの手の力が強くなるが、この話はこれが最後だから勘弁してほしい。
そして歴代の聖人の記録を勉強したけど、どう考えても野放しにできない存在なんだよな。もし自由に好き勝手する聖人が出てきてみろ。そりゃあ、聖人じゃなくて魔人だぜ。
俺としては筋の通った考え方をしているつもりだが、この発言はカシアンのお気に召さなかったようだ。
「……そうか。そこまではっきり言うか。やはり君には夢がない。いや……違うか? セラフィナ教への希望も熱狂も信心も、何もないのか?」
俺を面白いと評したカシアンの目に、強い疑念が生まれる。
完全な正解だから訂正する必要はない。とはいえ、さすがに誤魔化したほうがいいか。
だけどこれは――俺にとっての真実でもある。
「例えそうであるとしても、感謝があります。拾い上げてくれた恩に報いる義務を負う程度には……ですが」
正確にはセラフィナ教ではなくラザル派だが、それはいいだろう。
俺としての真実で真心があるなら、これくらいだ。逆に言えば、これだけは自信を持って言える。
視線を込めてカシアンの瞳を見返すと、しばしの沈黙のあと、カシアンが頷いた。
「……嘘ではないようだな。誰しも人には言えぬことがあり、僕もまた同じ。しかし、一つでも心に信じるものがあるとするのなら、それを実践していけばいい。それこそが聖人ステファノが示した道だ」
カシアンは納得したように笑った。
俺も微笑み返すが、だんだん訳が分からなくなっているのが本当のところだ。
いったい、俺は何を話していたんだろうか? カシアンは俺の何を気に入ったのだろうか? マジで分からん……。
「ずいぶんと話し込んでしまっているけど、午後になにがあるか理解しているわよね、カシアン?」
「聖法術の試験だ。それがどうした」
リネットが俺たちの会話に割って入るが、重要なことを話しだした。しかも、今初めて聞いたんだが?
「ルシアは力に目覚めて日が浅いから、少しは調整しておきたいの。だからそろそろ解放してくれるとありがたいわ」
「む……それは確かに。いいだろう。これからいくらでも話はできる。今日のところはこれで終わりとしよう」
そう言ってカシアンは去っていった。遠巻きに見ていたステファノ派の面々は呆れた顔をしているが、本人はまるで意に介さない。
なんとも自由な候補生のようで、仲間内からもそういう扱いらしい。
「ね? カシアンと話すのは大変でしょう?」
若干疲れた顔で、リネットが俺を見る。
カシアンが特別だってのは、今の話し合いでよーく分かったよ。
疲労感が凄いぜ、まったく……。聖法術の試験があるんだろ? 大丈夫かこれ?




