四十話:問答後の危険視
候補生の問答は俺を最後にして終わった。
この場に流れるなんとも言えない空気の中で、バルタザール院長が口を開く。
「これにて終わりとする。しばしの自由時間とする故、お互いの主義主張や意見などをすり合わせる時間とするが良い」
そう言って院長はオークの木の下から去っていき、残されるのは候補生のみ。
言われた通りにするのなら、お互いの意見をぶつけ合い、すり合わせる議論の場となるはずだ。
しかし、どうにも俺が話したことが衝撃的すぎるのか、まだ誰も動けないでいるようだった。
「……あんた、本当にさあ」
隣から、押し殺した声が飛んできた。
眉間に皺を寄せたリネットである。
「分かってる。言い過ぎた」
「分かってるなら、なんであそこまで言うのよ……」
「正直に言えば、途中で気持ちよくなった」
「……最悪の自白ね」
リネットは額に手を当てた。
怒っているというより、頭痛を堪えている人間のそれで、少し申し訳なくなる。
「けれど、面白い見方ではあったね」
その声は、少し離れた場所から届いた。声の主はアウレリオだ。
何とも言えない空気の中で、真っ先に動く。
役者だなとは思っていたけど、無駄に空気を読まない姿勢を見せるあたり、流石は王族と言ったところか?
「聖人を危機における切り札として見る。国家の視点としては、たしかに否定できない部分もある」
さらに、現実的な視点も持っていると来ている。
俺が気持ちよく危険なことを話せたのも、反論できないだろ? と言える程度の理論武装があったからだ。
多分、そういうことに気づいているんだろう。
「だが、その力を扱う者に必要なのは、何よりも秩序ではないかな?」
アウレリオが諭すように言ってくるが、どんな話が出てくる?
「力があるからこそ、信仰と規律がいる。切り札であるからこそ、抜くべき時を知る必要がある。でなければ、聖人は民を守るものではなく、民を脅かすものになってしまうからね」
正論だな。特に否定はできない。
「アウレリオ様のおっしゃる通りです」
アウレリオの近くにいた丸眼鏡の少女が、すぐに声を重ねた。
「力を力として見ること自体は、現実を知る態度なのかもしれません。ですが、そこに信仰が伴わなければ、ただの暴力ではありませんか」
別の少年も口を開く。
「聖人もまた適応しているというのが君の発言であるなら、その適応こそが信仰であるべきだ。人は一人では生きられない。それ故に、規律の中には聖人ですら組み込まれる。決して善悪を超越するような存在ではない」
アウレリオが口火を切ったことで、マテオ派全体に勢いが戻って来たらしい。
個人的にはそういう議論をすることに躊躇いはない。俺のほうが極論を言っている自覚があるし、正論でもって否定されるなら、それを屁理屈で返すのは楽しそうだしな。
こりゃあ、なかなか面白くなりそうだと思っていると――明らかに場を壊すような発言が出てきた。
「――君の出自は噂になっている。王都の悪所の出という話だ。それが真実であるならば、置かれた環境を一般化し過ぎていると言わざるを得ない」
これもまた、マテオ派に属する少年の発言だ。
俺のことを知られている? どうやら、かなりの情報網を持っているらしい。俺がラザル派に拾われて、まだ一ヶ月も経っていないというのに。
しかしどうする? スラム出身ってのがバレているとしたらかなり痛い。ごみ溜めの人間が持つ価値観なんてのは、疑われて当然だからだ。
さらに口を開こうとするマテオ派の候補生――だが、それより早くリネットが動いた。
「環境によって人を語るのは結構ですわ。ですが、その環境に置かれた者そのものを危険物のように扱うのは、セラフィナ教の教えに背くのではなくて?」
リネットの厳しい指摘に少年がたじろぐ。
「い、いえ、私はそういうつもりでは」
「では、どういうつもりでしたの?」
上手いぞリネット! これは攻守逆転だ。
セラフィナ教では万人は平等であると謳っている。身分の差は社会を維持するために必要な要素であり、その魂に聖邪はないという理屈だ。
それを盾にされたら、流石に分が悪いだろう。
「リネット」
そこへ、アウレリオが柔らかく割って入った。
「彼は彼女を侮辱したわけではない。むしろ、候補生としての責任を真面目に考えているだけだ。力と出自、環境と教育。それらが人をどう形作るかは、教導院で学ぶべき大切な問いだろう」
アウレリオも混ぜっ返すのが上手い。
俺が下層出身であるからこそ、学びの足りなさという問題を追及しているんだ。
付け焼き刃の知識しかないことを看破されたか? だが――。
「それとも、ラザル派は出自や環境について問うこと自体を、許さない立場なのかな」
その発言で空気がさらに変わり、ひりつき始めた。
リネットの目が細くなる。こりゃあ、今の発言はリネットにとって聞き流せないものだったらしい。
決して俺のことを庇うだけではなく、多分信念に関わるなにかだろうが、この話題は分が悪い。
俺はリネットの袖を軽く引いた。
――やめとけ。今はたぶん、乗ったら負ける。
一瞬の目配せだが、確かに視線は交わった。
その顔には、どうしてあんたの方が止める側なのよ、と書いてあるような気がする。
リネットの真っ直ぐなところは長所でありながらも飛び切りの短所だ。こんなところでリネットの立場が不利になりかねない感情の発露をさせる意味なんてない。
「問いは結構です」
ここは逃げになるのかもしれないが、俺がこの議論を終わらせないといけないな。
「確かに私は下層の出身です。力に対する意識が皆さま方と相違あることを、決して否定はしません」
何人かが、意外そうな顔をした。
だが、俺はどちらかと言えば心情的にはそっち側だ。
環境が人を作るなら、環境が悪ければゴミが出来上がることを否定したりはしない。
「なので、この教導院での振る舞いによって、私という存在を判断されたらよろしいかと存じます。教会にとって有益か、有害か……そのような視点こそが、マテオ派の皆さまにとって一番の関心事なのでは?」
信仰がどうたらと言っても俺らしくはない。それならば、マテオ派らしい着地点を提示してやればいい。
為政者としての意識が強いなら、教会において俺が利益を生むかどうかが重要だ。ここを否定はできないだろう?
まあ、あまりに直接的に言い過ぎたから、マテオ派の候補生の眉をひそめさせる結果になってしまってはいるが……アウレリオはまた違う意見であるらしい。
俺を見る目に、警戒と興味の二つの感情が宿っているように思える。
とはいえ、強い感情というより、何か計算を頭の中で巡らせているようだが……。
アウレリオはしばらくそうした後、穏やかに微笑む。
「――あまりに直截な物言いは君の立場を悪くする。だが、本質をもって語ることも時には重要であると理解しているよ」
「そう言って頂ければ幸いです。そして粗忽者であることを自覚しております故……どうかご容赦されたい。相応しき振る舞いや言動は、これより学んでいく所存であります」
「いいだろう。学ぶ意思があるのなら、その先を見据えるべきだからね。ただし――求められる変化が見られないのであれば、その時の評価もまたこちらで決めさせてもらうが」
「承知しております。その時は如何様にも決めてくださりませ」
なるべく丁寧に頭を下げる。
身分やら地位やら立場やら……そういう面倒な力関係を無視することはできない。建前で平等と言っても、それは建前に過ぎないからな。
そんな態度で頭を下げたことで、アウレリオは満足したらしい。
「……期待している。色々な意味でな」
そう言って、アウレリオはマテオ派の面々を引き連れてこの場を去っていく。
ステファノ派と話さなくていいのか? と思わなくもないが、そこは何かがあるんだろう。
しかし、これが派閥間の戦いってやつだよな……たった二人しかいないラザル派に対しても手を抜かないってのは、油断ならぬ相手だよ。
とはいえひと段落してほっとした。――が、俺たちに近づいてくる人影が見える。
実に興味深そうな顔で俺に向かってくるのは――。
「……今の言い合いもそうだが、実に現実的で夢がないな」
ステファノ派の黒髪の少年――カシアンだ。
痩せた身体を少し前のめりにして、俺の前に立つ。
そして続いた言葉が、はっきりと耳に届いた。
「だからこそ、面白い」




