三十八話:問答の始まり
候補生は十五人。石台を正面にして、半円状に芝生へ座らされる。ここには椅子も机もない。
ただし、皆を均等に並べるわけではなく、自然と固まりができている。ラザル派なら俺とリネットが組になっているようなものだな。
最大派閥は、やはりアウレリオ――マテオ派だ。候補生は八人で、その中心にアウレリオがいる。あれがこの場での序列ということだろう。
他には四人でまとまるグループがある。おそらくステファノ派か? 一人で座る少年もいるが……三大派閥に属さない候補生なのだろうか。
そんな、まとまりがないようでいて、ある意味ではきっちりまとまっている候補生たちの眼前に、一人の老人が現れた。
混じりけのない白髪で、肌を見ればかなりの老齢であることが分かる。法衣は質素だが、背筋が妙にまっすぐ伸びていて、そこに立つだけで威厳のようなものを醸し出している。
その老人が石台に立つと、わずかに残っていたざわつきの余韻が、根元から断ち切られた。
「わしは教導院院長、バルタザール」
その第一声は、大きな声ではないのによく響いた。
「この場で話す限り、年齢も家も派閥も、一度は脇へ置く。問答の場においては、いらぬ飾りに過ぎない。そして、借り物の言葉は不要――自らの頭と心から引き出される言葉で語れ」
院長の目が、十五人を順に撫でた。
怒鳴られるより嫌だな、これは……音もなく首根っこを掴まれそうな、そんな威圧感がある。
「では始めるとしよう」
特に詳しい説明もなく、ただそれだけが開始の合図だった。
まず最初に呼ばれたのは、案の定とでもいうべきか、アウレリオだ。
「アウレリオ、その方に問う。慈悲と規律がぶつかる時、教会は何を先に立てるべきだと思う」
院長から問いを向けられ、アウレリオはその場で立ち上がり、すぐに返答する。
「規律であります」
――淀みがない。いや、迷いがないのか?
「慈悲は尊いものです。ですが、規律を失った慈悲は、やがて組織そのものを腐らせます。教会が教会として立ち続けるには、まず骨格を保たねばなりません。そのうえで慈悲を施すべきであります」
面白みはないが、模範解答だ。俺もその意見には同意する。
この世界でも貧困ビジネスのようなものがあるのかもな。だからこその回答だろう。
「よい。骨がなくば、肉も腐ろう。信仰とはただ祈るものではない」
アウレリオは一礼して座った。
その仕草がまた絵になる。自分を演出することに慣れているな。流石は王族と言ったところか。
アウレリオに続くのは同じ派閥の候補生で、問いは違えど、どこかアウレリオと同じ匂いがする。
規律なき自由はなんたらとか、富の分配の偏りを許容してでも最低限必要な施しこそが重要だとか、信仰の始まりは礼節より始まるから強制に意味はないとか――言っていることはどれも間違っていない。
さらには皆――身なりが良く、背筋が伸び、答え方も整っている。空気感が同じだ。
マテオ派はアウレリオを筆頭に統制が取れている。多分、そういうところも評価項目に入るんじゃないだろうか?
候補生を個別に測りはするだろうが、派閥による均衡が今のセラフィナ教を形作っているらしいからな。
彼らはちゃんと優秀で、教養がある。ライバルとして見ると、こりゃやっかいだぞ……。
次に呼ばれたのは、おそらくステファノ派の候補生。
しかし、マテオ派とは空気感が違う。この問答が始まってから、目だけが妙に輝いていた黒髪の少年だった。
「カシアン。苦難は、信仰にとって避けるべきものか」
「避けるだけなら、信仰はいりません」
立ち上がってからの即答だ。
それはアウレリオと同じだが、こっちは空気感が違う。というか、待っていたとばかりに身を乗り出している。
「苦難は避けられるなら避けるべきです。けれど、避けられなかった苦難であればこそ、それに意味を与えるべきであり、それこそが信仰です。始祖の言葉を実践するなら、苦難においては正面から立ち向かう度量を持ち、行動として押し出す火を常に心の中に持つべきであります」
おおう……何を言っているかよく分からないが、何を言いたいかは分かるような、そんな言葉だ。
「よい。だが、心の火は、己が身を燃やし尽くすこともあるだろう。そこは忘れるな」
「はい、院長」
カシアンは素直に頭を下げた。
やたらと熱いが、聞く耳は持っているらしい。木陰に響き渡る声からして、それが分かる。
しかし、これがステファノ派か……。
「ステファノ派ってのは皆あんな感じなのか?」
「そんなことないわ。あいつが特別なだけよ。他のステファノ派の問答を聞けば分かるわ」
リネットが言うには、カシアンが特別に変な奴らしいが、実際にそうだった。
悪は弱さから生まれる。人は祈りと学びによって矯正される。善性は教えによって磨かれる――という風に、普通の回答が続く。
ステファノ派が終わり、俺たちの番になる前に三大派閥ではない少年が喋るが、それも割と普通の教義を話すだけ。少し身構えていたけど、突飛な回答をしなくてもいいなら楽でいいな。
そして最後がラザル派で、まずはリネットの名が呼ばれた。
「救いの手は、誰へ最初に伸ばすべきだと思う」
「手の届く者から、です」
リネットは立ち上がり、背筋を伸ばして答えた。
「全てを一度に救う力がないのなら、まずは手の届く場で取りこぼさないことを優先すべきです。一人を確実に拾い上げることは、次の一人を救う足場になります。理想を掲げるだけで目の前の人を見捨てるのは、救済ではありません」
青いと思っていたリネットだけど、しっかりした考えを持っているじゃないか。
何が正しいかをいったん脇に置けば、目の前の人を助けるってのは理にかなっている。
頭でっかちになって全てを救おうとしないってのは、現実感覚のある証拠だな。
「よい。現場を見た者の答えだな」
リネットが座る。
隣にいるから分かるが、肩の力が抜けるのが見えた。どうやら少し緊張していたようだな。
そして、最後に俺の名が呼ばれた。
「ルシア。いかに幼いとはいえ、教導院の門をくぐったからには、自らの言葉で立たねばならぬ。年齢を理由に甘い裁定は下さぬぞ」
「承知しております」
俺の出番ということで立ち上がる。
すると、あちこちから視線が飛んでくるのが分かった。やはり俺は注目の的らしい。
となれば、付け焼き刃の知識だとしても下手はこけない。ラザル派の顔に泥を塗るわけにはいかないからな。
バルタザールが俺を見据えて口を開く。
「人は何故、善人と悪人とに分かれるのか。人は本来善なるものか、あるいは悪なるものか。答えてみよ」
知らん。何それ?
……いや、マジで分からん。そんなの習った中になかったぞ。
頭の中で聖句をひっくり返してみるが、どれも座りが悪い。どうする? どうしたらいい?
ベアトリスは、こういう時なんて言っていたか? たしか――自分の思うままを言え、だった。
……俺は息を吸った。こうなれば、俺の言葉で話すしかない。出たとこ勝負だ!




