三十四話:ラザル派の移送
さらに数日が過ぎ、ついに教導院へ向かう日の朝となった。
教会騎士アルヴィン・ヘイル。
それが、教会の門前で待っていた青年の名だった。
年の頃は二十を少し越えたあたりだろう。癖のない茶髪を短く刈り、背筋はまっすぐ。着ている鎧は磨かれているが、儀礼用みたいな飾り気は薄い。腰の剣も見せるための装飾品ではない。
要するに、仕事で武具を使う側の人間だ。佇まいからもそれが分かる。
そんな彼の背後に見えるのは一台の馬車だ。教会の門の正面に止まっている。
ただし、それは貴族が使っているような豪奢で見栄えのいいものではない。木枠は古く、金具の色も褪せている。何度か修理して使い回しているのだろう。車輪には泥が乾いてこびりつき、幌の端には小さな継ぎが当てられている。
ラザル派は貧乏所帯と聞いているが、こういうものを見てしまえば、実感というのがさらに湧いてくる。
「本日より、教導院までの護衛と移送を承ります。教導院到着後も、課外活動および院外実習の際は、ラザル派の騎士として随行いたします」
アルヴィンはそう言って、ベアトリスに一礼したあと、俺たちにも同じ角度で頭を下げた。
声質は硬く、真面目一辺倒。だが、偉ぶった感じではない。
実直な騎士という言葉で人型を作れば、まさにこうなるという典型だな。
「ルシアは下層出身で、教会としても扱いに慎重さが必要な候補生です。同行するアレンとシエラもまた、新しい役割に慣れるまでは支えが要ります。リネットだけでは及ばない部分を、あなたには見てもらうことになります」
「承知しております、ベアトリス聖導師。……不安がないと言えば嘘になりますが――」
そう言って俺を見るアルヴィンの目には、疑念や疑惑のような色がある。
しかし、同時に期待するような、そんな感情も見え隠れしているようだった。
「私は与えられた任務を遂行するつもりだ。君は聖人候補とはいえ、教会騎士はそれに従属する立場ではない。故に、君には契約に則った行動をするよう要請する」
「承知しております、アルヴィン様。私がこの場にいる意味は、誰よりも把握しているつもりです」
俺はそう答えて礼を返す。
こちらを値踏みする理由は分かる。逆の立場なら俺でもそうする。だから別に、品定めの視線が不快だとは思わない。
そして教会騎士の指揮系統も、一応は学んでいる。聖人候補だからといって、騎士を好き勝手に使える立場ではない。
「様付けは不要だ。従属はしないが、対等に近い立場だ。騎士アルヴィン、もしくはアルヴィンで構わない」
「では、そのように。騎士アルヴィン――今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む。君には期待している」
アルヴィンとの面通しは、まずまずといったところだ。
何が起こるか分からないが、だからこそ騎士に頼ることもあるだろう。友好関係を築いておくべき相手である。
だからこそ俺はそのような態度を取っていたが、横で見ていたリネットが感心するような視線を向けてくる。
「……分かってはいたけど、本当にそういうのはちゃんとしてるわよね」
「当然だ。せっかく仕込まれたのに、それを使わないでどうする?」
「そうね。不安はなかったけど、それでも一安心といったところか……礼儀作法を指導した甲斐があったわ」
「シスター・リネットには感謝しております。この言葉遣いも、ひとえにあなたの指導の賜物でございますれば」
「まあね。……でも気持ち悪いから、私相手にはやめなさい」
そんな軽口をリネットとしていると、アルヴィンは興味深そうにこちらを見ていた。
ベアトリスが苦笑しながら、俺たちのやり取りを説明する。
「この二人は、このような軽口を言い合う関係なのです。聖職者としては褒められた物言いではありませんが、外向きで礼を失する発言をすることはないはずなので、大目に見てください」
「ベアトリス聖導師が許可を出しているというのなら、構いません。ルシア――私への言葉遣いも、ある程度は砕けてもかまわない。仲間内で気を張るのも疲れるだろうからね」
アルヴィンがそのように提案してきた。
別にどんな口調でも疲れるとかないのだが……ここは乗っておいたほうがいいだろう。
「ならそうします。改めてよろしくお願いしますね。アルヴィン」
「ああ。よろしく頼む」
というような感じで、騎士アルヴィンとはまずまずの顔合わせとなった。
その後には、後ろに控えていたアレンとシエラも挨拶をする。
二人には若干の緊張があるようだったが、アルヴィンはにこやかに対応していた。同じ子供とはいえ、俺とは大違いだ。
まあ、俺は特別な立場だから仕方ないが。
そして出発のため、俺たちは馬車へと乗り込む。御者はそのままアルヴィンが務めるらしい。
しかし、まあこれはこれは……。
「……荷物はこれだけか? 生活基盤を移すには少なすぎるな」
座席の背後には荷台があるが、そこには小さな行李が一つ置いてあるだけだった。
自分たちの着替えなども含めてラザル派が手配してくれることになっていたから、乗車する俺たちの荷物は最低限でいいという話だった。最初は荷物整理をしなくて楽でいいと思っていたんだけど、これで本当に足りるのか?
「必要なものがあれば教導院で申請すればいいのよ。だから荷物は少ないの」
「ふーん……で、その申請費用はどうなんだ?」
「教導院持ちね。派閥を越えて運営されているから当然よ」
「それって……出費をセラフィナ教会にできるだけ押し付けるってことか? ラザル派としての出費を嫌って?」
「……節約は大切よね」
リネットが何とも言えない表情で、俺から顔をそらした。
なんともまあ、分かりやすい……貧乏って嫌だね、まったく。
「いいじゃないか、ルシア。タダで物が買えるみたいなものだろ?」
「お金を払わなくてもいいんでしょ? それはいいことだよね」
一緒に乗り込んだアレンとシエラが、そんな感想を漏らす。
商人の子供らしい反応と言えばそうだが、しかしだなぁ……。
「タダより高い物はないって言葉もあるんだぜ? 人の世界は貸し借りの世界だから、そこに問題も出てくる」
「言いたいことは分かるけど、タダじゃないよ。申請という手間と、さらには待つという期間がある。その面倒を支払って購入すると考えればいいさ」
「そういう考え方もあるか……」
「そうさ。それに教導院の運営をセラフィナ教会が行うにしたって、その金銭の出所を考えたら自派閥に有利なように持ってくる。そんな思惑もあるんじゃないの?」
そこまで考えが至っていなかったが、確かにそうだな。
リネットを見れば、嫌そうな顔をしながらもアレンの言葉を肯定する。
「アレンの言うことは正しいわね。マテオ派なんて、金を出しているからって大きな顔をして私たちにあれこれ注文をつけてくるのよ。ラザル派の貧乏所帯を上から見下しているの」
「マテオ派ってのは、確か金満派閥だったよな?」
派閥については、まだ詳しくは知らない。
でも、リネットが忌々しげに話すことは、これまでに何度かあった。
「……教導院に着けば嫌でも分かるわよ。馬車は綺麗で着る物も綺麗、ついでに教会やそれに付随する建物、部屋も綺麗ね。何なら取り巻きまで綺麗に並べてくるわ」
「そりゃまた随分と儲けてるな。で、ラザル派は?」
「継ぎ当ての馬車で、荷物少なめ。護衛は教会騎士一人。聖人候補は二人だけ。というか、ルシアがいなかったら私一人だけの予定だった。従士見習いと行儀見習いをねじ込んだ無理やり編成で、人数だけの割り増しはできているかもね」
本来は俺だけじゃなく、アレンとシエラもいないからな……人の数が力になるってんなら、元の予定ではリネットとアルヴィンだけか?
「……俺たちが入ってきたことで格好がついた、という面もありそうだな」
「言わないでよ。むなしくなるから……」
リネットはそう言って、ぷいと前を向いた。
それがラザル派の現実か。人々のための施しに力を入れていて、そこで信徒を増やしていると言えばご立派だが、そのぶんリソースを取られすぎている。
それが派閥間闘争に勝てない理由になっているってんなら、むなしくもなるか。
どうやら想像以上に、ラザル派は弱っているらしい。行く末に暗雲が立ち込めている気がしてくるが、それでも逃げられないってのが契約者としてのつらいところだな。




