三十三話:二人の行方
「ここで二人とはお別れ……それもまた、覚悟していたことだ」
本心を言えば嫌だが、嫌だというだけで拒める話ではない。
横目で見ると、アレンとシエラの表情がわずかに歪んでいた。胸の奥が重くなるが、感情と切り離せば、考えるべきことははっきりしている。
しかし、そうであるならば――。
「もし切り離すのであれば、二人には最低限の教育を施して、社会に出られるようにしてほしい。もしくは、教会の庇護下で役割を与えるとかだな。二人が成人するまで面倒を見る。それが最低条件だ」
俺の主張は、まっとうなものであるはずだ。とはいえ、それがそのまま通るかどうかは別の話である。
少し身構えながらベアトリスを見つめると、細められていた目が緩み、小さな微笑みが返ってきた。
「心配しなくていいわ。アレンとシエラも同行できます」
その言葉に、胸の奥で詰まっていたものが少しだけ抜けた。アレンとシエラも、ほっと息をついたように見える。
だが……同行すると言っても、その教導院にか?
「アレンは従士見習いとして。シエラは行儀見習い、兼、召使見習いとして教導院へ入れます。二人とも、あなたの身の回りに近い位置へ置くことになるでしょう」
「シエラは分からんでもない。色々と仕込んでいるのは知っている。しかし、アレンの従士見習いってのはなんだ?」
教会に来てから色々と話してはいたが、それは初めて聞く言葉だった。
「アレンがスラムの組織から戦いの手ほどきを受けていたという件です。変な癖がついていないのならば、教会騎士団の元で再教育するという結論に至りました」
「なるほどな。アレンは教会騎士団の御眼鏡にかなったというわけか。しかし、いつの間に……」
俺はベアトリスからさらに厳しい教育を受けていたから、アレンとシエラを常に見ていることはできなかった。その間に、すでに話し合いは進んでいたというわけか。
アレンへ視線を向けると、こくりと頷いて話し出した。
「僕は教会の雑務の傍ら、時折、教会騎士と簡単な手合わせや鍛錬を積んでいたんだ。ルシアに余計な心配を掛けさせたくなかったから黙っていたけどね」
「……それなら仕方ないか」
相談されなかったのは癪と言えば癪だ。けれど、俺を想ってのことなら、腹を立てきれないところもある。
実際のところ、俺には言うほど余裕がなかった。受験勉強の時以上に必死になって、机に噛り付いていた自覚はある。
「そういうわけです、ルシア。あなたを孤独にするつもりはありません。そこは安心してください」
「それは有難い配慮を賜り、感謝の至りでございます、ベアトリス聖導師。――でも、ただの善意や誠意ってわけじゃないだろう?」
ベアトリスが俺をどう思っているかは知らない。だが、警戒を解いているはずがない。
そう言葉をぶつけてやると、ベアトリスは先ほどの微笑みから一転して、にやりとした、どこかいやらしさのある笑みを浮かべた。
「こちらが配慮すれば、あなたは私に配慮してくれるでしょう? お互い信頼はできない関係ですが、信用はできると思っています」
「違いない。それが一番だ」
俺もにやりと笑い返す。すると、部屋の中に何とも言えない空気が漂い始めた。
アレンやシエラだけではなく、リネットまで困惑したような視線を向けてくる。俺の正体を知っているのはベアトリスだけなのだから、仕方ない。
でも――そう考えると、やはり一番の俺の理解者はベアトリスなのかもしれない。
「それに、二人に教育を施すという意味では教導院は最適ですからね。それはルシアの要望に沿うと判断しています。未来がどうなろうとも、将来どこへ出しても困らない程度の基礎を得ることができるはずです」
「俺への人質だとしても、一緒にまとめて置いていたほうが管理もしやすいか」
三人一緒にするということは、教導院がそこまで酷い場所ではないと暗に言っているようなものだ。
あまりに不本意なら、俺は逃げ出す算段を考える人間である。これもまた、不安を和らげるための配慮なのだろう。
しかし、今の言い方は少々露悪的すぎたようだ。
「ちょっとあんた! まだそんなこと言っているの?」
今まで黙っていたリネットが、声を荒げて俺を睨んだ。
「アレンとシエラは人質なんかじゃないわ! もう教会の一員よ! それをあんたは!」
苛立ちながら叱りつけてくるリネットの気勢は、以前スラムで悪ガキ三人衆を叩きのめした時と同じだった。自分の意に沿わないことに対しては、黙ったままでいられないのだろう。
俺とベアトリスの間にある機微を知らずに何を言っているんだ、という話でもある。だが、それでも――。
「そっか、そうだな。警戒し過ぎだな。発言を撤回する。二人は人質なんかじゃないさ」
「そうよ! 分かればよろしい!」
腕を組んで居丈高に俺を見下ろすリネットが、俺には妙に眩しく見えた。
人の裏を読まずに真っ直ぐに生きることは、俺にはもう不可能だろう。だからこそ、それを自然な態度で見せることのできるリネットの存在が、アレンとシエラには必要なのかもしれない。
そんな俺の心の動きを感じたのかどうかは分からないが、ベアトリスは俺たちを見て穏やかな笑みを浮かべていた。
「これで不安は解消されましたか? そうであるなら、本題に移りたいと思います」
「ああ、教導院についてだったな」
「あなたなら上手くやれるとは思っていますが、それでも誹謗中傷の類は避けられないと見ています。あなたのような出自の候補生は珍しく、目立ちます」
「だろうな」
聖人候補の集まりともなれば、大方の想像はつく。
たとえ俺と同じ平民出身であろうと、特別な教育は施されているはずだ。となると、スラム出身というだけで目立つだろう。出身地ロンダリングみたいなことをせずに、産地直送で放り込まれる例は稀なはず。
「それでもルシアを送り込む意味があります。ラザル派の行く末だけではなく、あなたの力を、あなた自身が制御するためにもです」
「ラザル派を一番に考えなくていいのか?」
「聖人としての力を示せば、それが一番ラザル派の利益となります。聖人候補というだけで価値はありますが、やはり一番は力の有無ですから」
分かりやすくて大変結構。
聖人候補の学び舎と言うだけなら立派だが、そこにある力学は、結局のところ力の有無に依存するということなのだろう。
でも――。
「だが、それだけじゃないだろう? 己の力量に頼り切り、それで傍若無人に振舞えるような場所ではないはずだ」
「無論、その通り。しかしリネットがいます。あなたに足りない部分はリネットが補えばいい。逆もまたしかり。一人より二人がいい――それもまた教義の一つであり、真理でもあるわけです」
それはセラフィナ教の経典にある文句の一つ。宗教というものは、世界を跨いでも大きく変わることはないらしい。
だが、確かに真理ではある。
リネットに視線を向けると、彼女はこくりと頷いて見せた。それなりに話す仲になったとはいえ、まだ俺たちの関係性は希薄で、繋がりも乏しい。それでも、仲間という意識は今の時点で存在している。
少なくとも、教導院という場所で待ち受ける困難を乗り越えるには、協力が必要不可欠である。その意識だけは、どうにか揃いつつあるようだった。
「さて、では一次中断とします。アレンたちの雑務もまだ終わっていないですからね。全てを終わらせてから、また話の続きを行います。リネットとルシアは休憩の準備を」
ベアトリスの一声により、一時解散となった。たまたま話の流れでこうなっただけで、本来は休憩を挟むからな
俺とリネットは勉強用具を片付け、それからお茶の準備に取りかかる。
休憩が終わったら、またミーティングか。やっぱり教会の生活は、スラムよりも忙しいな、こりゃ。




