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どん底TS転生した俺は聖女の称号を望まない~龍殺しのルシアと呼ばれて出世する?そんな面倒は勘弁してくれ~  作者: RCAS
スラム編

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二十九話:余計な孤児

 翌朝。

 与えられた部屋の中で、俺はアレンとシエラを前に最後の確認をしていた。


「昨日話した通り、交渉してくる。いいんだな?」


 そう言うと、アレンは迷わず頷いた。


「ここを抜け出せるなら、教会でも何でもいい。それに、僕たちだってルシアと離れたくない」

「俺のこと、少しビビってなかったか? それでも?」


 からかうつもりで言ってやれば、アレンはやけに真面目な顔になった。


「僕たちにとってルシアは姉さんだから……そうだよな、シエラ」

「うん。ルシアと一緒にいたいよ」


 胸の奥に、何とも言えないものが灯る。

 かなり久々に感じる、これはなんだ? 熱いような、むず痒いような……でも、嫌じゃない。

 この想いが、俺に勇気をくれる。


 俺は二人のところまで歩いて、そのまま抱きしめた。

 俺はだいぶ擦れちまった。殺しだって平然とやれるような、クズになっちまった。

 それでも、人としていられるのはこいつらのおかげだ。


「俺もだ。二人と離れたくない」


 抱きしめたまま、絞り出すような声で言う。


「だから、本気でやってくるよ。ここで待っててくれ」


 名残惜しかったが、そこで手を離す。

 気持ちを改めて部屋を出ると、ハリスが壁にもたれて待っていた。


「さて。悲しいお別れになるか、感動のスラム脱出になるか。せいぜい気張っていこうか」

「あんたの元修道士って知見を頼りにするぜ。ベアトリス聖導師と同門だって事実もな」

「ふん……会いたくはないがな」


 ぶっきら棒にハリスは言った。

 本当に会いたくはなさそうだが、いつかは会うことになるだろうとは、昨夜の話し合いでも聞いている。

 言うなれば作戦会議だ。

 教会相手に何を言うか。どこで食い下がるか。どこからハリスが金の話に変えるか。

 その中で、ハリスはこう言った。


 ――ベアトリスはできる女だ。だが、身内と判断した相手には脇が甘いところがある。そこを突け、と。


「お前はまず、自分の口で言え。あいつらと離れたくないってな。それはお前の本音だろ」

「そうだけど、大丈夫かな? 俺の内面はベアトリスには知られているけど?」


 何せ前世のことまで話しているんだ。

 こういう事態になるんだったら、話はしなかった。どう考えても後の祭り。今更少女を演じたところで見透かされる。

 だが、ハリスはそんなことは杞憂だと言う。


「お前の気持ち悪さは承知の上さ。だからこそ赤心を露わにして訴える。それが効くかもしれんってことだ」

「……俺の精神性は別に不利にはならないってことか。で、そこから先は?」

「俺が値段の話に変える」


 単純な役割分担だ。

 俺が感情で火をつける。ハリスがそれを実務と金の話へ持っていく。

 教会相手にどこまで通るかは分からない。けど、黙って差し出されるよりはずっといい。


「了解。それで吹っ掛けるわけだな」

「そうだが、あまり調子に乗りすぎるなよ。相手は教会。油断はできん」

「なんか実感こもってんね?」

「元修道士だからな。当然だ」


 そんな話をしながら、俺たちは教会へ向かった。


   ◇


 教会の空気は、学びに来ていた時とはまるで違った。

 白い外套。磨かれた甲冑。出入りする騎士たち。

 これじゃあ祈りの場というより、仮の前線拠点だ。


 ハリスが俺を引き渡しに来たということで通された部屋には、ベアトリス聖導師と、教会騎士団の隊長格らしい男、それに書記官が一人いた。

 隊長格の男は、甲冑こそ脱いでいたが、剣だけは手の届くところへ置いている。


 ベアトリスはいつも通り穏やかな顔をしていた。

 ただ、ハリスを見た瞬間、その瞳に驚愕の色が宿ったのを俺は見逃さなかった。

 それも一瞬だけで、すぐに表情はもとに戻る。


 ハリスもハリスで、特別なことは何も言わない。

 椅子にも座らず、ただ話し始めた。


「単刀直入にいきましょう。ルシアの扱いは?」

「教会保護下へ置く。ルシア嬢の送り届けご苦労だった」


 答えたのは隊長格の男だった。

 声に余分な感情がなく、もう全てが終わったかのような口調だ。


「一応お聞きします。拒否権は?」

「ない」


 だろうな。そこは最初から分かっている。

 ハリスは肩をすくめ、話を切り出した。


「結構。なら、その前提で話しましょう。こっちは使える手駒を一つ失う。引き渡すにしても、相応の埋め合わせは必要というのが我らの意見です」

「なぜ我々が、スラムの破落戸と取引せねばならん」


 隊長格の男は、こちらを見ることすら惜しいという顔で言った。


「教会は保護を告げに来た。値をつけに来たわけではない」


 部屋の空気が、ぴんと張る。

 あまりに強圧的だが、力関係でいうならそれこそが相応しいと言わんばかりだ。

 そう言われては、スラムの組織たるグレイクロウの幹部でも普通は黙る。


 だが、相手はハリスだ。

 むしろ、うっすらと笑みを顔に貼り付けている。


「ありがたい話ですな。つまり、そちらは俺たちを交渉相手として見ていない」

「当然だ」

「結構。実に結構。だが、それでも何も言わず唯々諾々と従うわけには参りませんな」


 ハリスはそこで、俺を見る。


「ほら、ルシア。お前の存念を話してみろ。素晴らしき教会の皆さま方が救いの手を差し伸べてくれるかもしれんぞ?」


 実に嫌味ったらしく、ハリスが隊長格の男へ流し目を送る。

 明らかに喧嘩を売る発言で、ヘイトが一気にハリスへ集まるのを感じた。

 本当にこの対応でいいのか? と思わなくはない。が、ハリスを信じると決めたんだから、これでいい。

 そう思いながら、俺は一歩前に出た。


「俺には、離れたくない相手がいる。アレンとシエラだ」


 そう言ってやれば、隊長格の男はベアトリスへ視線を送る。

 ベアトリスが一つ頷き、静かに言葉を継いだ。


「ルシアが下層で家族のように寄り添ってきた兄妹です。アレンとは面識がありませんが、シエラは当教会にて教えを授ける機会が何度かありました。彼らは孤児であり、これまで苦楽を共にしてきたと伺っています」


 ベアトリスの説明で、隊長格の男は現状を把握したらしい。

 すぐに俺へ視線を向け、訊いてくる。


「……その兄妹と一緒にいたい、と?」

「そうだ。俺はあいつらと一緒がいい。これからも一緒にいたい」


 ここからが感情を使う場面だ。

 俺の気持ちが彼らに伝わるのか。

 伝わったとして、実際に身銭を切ってくれるのか。


「このスラムで……組織に拾われる前から一緒に頑張ってきたんだ。あんたらの都合で引き離されたくはない」


 いくら中身が知られているからって、今の俺は少女なんだ。少しは感情に訴えかけるものがあるはずだ。

 真剣な顔で隊長格の男に対して訴えてみたが――。


「言いたいことは分かる。だが、我々にその兄妹まで引き取る理由はない」


 隊長格の男は即座に返してきた。


「連れていくのは、聖法力の発現が認められたお前だけだ。我らに余計な孤児を抱える理由はない」


 なしのつぶてどころか、余計な孤児……と来たか。

 その言葉に、腹の底が沸々と煮えたぎるのを自覚する。

 だが、怒りに任せて叫ぶのは違う。考えろ――感情ではなく論理を引き出せ。


 分かったことは、この隊長さんは感情を排した実務家ってことだ。そんな奴にピーピー叫んでも仕方ない。

 ハリスの方を見れば、若干苦い顔をしながら首を横に振っている。こりゃ駄目だってサインだな。


 教会騎士団と聖導師では、聖導師のほうが地位は上。

 だから狙いはベアトリスで、彼女の甘いところを突くってのが作戦だった。

 しかし、ベアトリスは穏やかな顔を崩していない。というか、むしろ今はそれが、能面のように見えた。


 最初から交渉の主導権を教会騎士団に渡しているのかもしれない。

 俺と話せば、論理や屁理屈を捏ねて面倒になると理解しているからかもな。

 性格を知られているってのは、やはり面倒だ。


 ――いいさ。それならここからオリチャーだ!


 なんて、そんな軽口が浮かぶ程度には、俺にはまだ余裕がある。

 元から吹っ掛けるつもりなんだ。それなら、やれるだけやってやろうじゃないか!


「あんた。人を使うってことを知らないのか? それに価値に対して対価を支払うことの意味もな」

「……何を言っている?」


 いきなりの態度豹変に、隊長格の男が目を細める。

 それこそが、こっちが主導権を握れた証拠だ。

 ベアトリスを見れば、さっきまでの余裕が消えている。

 表情は変わらないが、目から笑みが消えた。


 ――俺は知っているぞ。それは俺が教会の教えの齟齬を突いて、困らせた時の目と同じだろ?


 なら、このまま一気に行く。


「あいつらがいるから、俺は本気でやれる。引き離されたまま、はいそうですかで教会に尽くせると思うか?」


 こちとらネットのレスバで鍛えられた現代人だ。

 その力を存分に見せてやるぜ!

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