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どん底TS転生した俺は聖女の称号を望まない~龍殺しのルシアと呼ばれて出世する?そんな面倒は勘弁してくれ~  作者: RCAS
スラム編

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二十八話:俺を高く売れ

「……は?」


 間の抜けた声が出た。

 ハリスが元修道士? グレイクロウの幹部であるこのハリスが?


 どう考えても、祈りだの慈悲だのより、帳簿と脅しと刃物の方が似合う男だぞ。

 いや、似合わないというなら、俺だって聖人だの聖女だのとは死ぬほど似合わない。

 それでも、ハリスと修道士という組み合わせは、頭の中でうまく噛み合わなかった。


「冗談……じゃないよな」

「こんなことで冗談を言う男だと思うか?」


 ハリスは面倒そうに言った。

 だが、その声にはいつもの軽さがない。


「若いころはベアトリスと同門だった。教会の中で、同じものを学んだ時期がある」

「ベアトリス聖導師と? マジかよ……」

「まあな。これでも真面目な修道士だと評価されていたもんだぜ」


 真面目なハリスなんて、まるで想像できない。

 けれど、その一言で頭の中にあった引っかかりが繋がっていく。


 ハリスが教会をあそこまで悪く言った理由。

 教会の構造に詳しかった理由。

 聖人という言葉を途中で止めた理由。

 まずは教会の人間から話を聞けと言った時の、あの妙な顔。


 ――内部にいたからこそ出た発言なんだ。


 おそらく、綺麗事も、汚い部分も、どうにもならぬ現場も見た。

 その上で、こいつは教会を離れた。

 どんな想いが一介の修道士をスラムに落としたかは分からない。それはハリスという人間の、語られぬ歴史だ。


 問いただしたいことは山ほどある。

 だが、喉元まで上がってきた言葉は、そこで止まる。

 今は、そんなことを聞いている場合じゃない。


 ハリスの過去がどうであれ、俺を取り巻く状況は変わらない。

 教会は俺を欲しがっているし、グレイクロウはそれに逆らえない。

 そして俺は、ただ黙って差し出されるには抱えているものが多すぎる。


「……それで」


 俺は一度だけ息を吐き、意識を切り替えた。


「アンタが元修道士で、ベアトリス聖導師と知り合いだってのは分かった。だが、重要なのはそこじゃない」

「その通りだ。で、お前は何を考えている?」

「まず一言断っておく。俺が売られるのは別に構わない。飼い主が変わるだけだ」


 本音を言えば、良くはない。

 今の地位は自分で勝ち取ったものだ。たとえ非合法組織の中で得た地位だとしても、失えば痛い。

 だが、そんなものよりずっと大事なものがある。


「アレンとシエラはどうなる」


 ハリスの顔が、わずかに険しくなる。

 その反応だけで、答えはだいたい分かった。


「普通に考えりゃ、駄目か。教会が目を付けているのは俺だけだからな」

「そうだ。この話はお前一人を教会へ引き渡すことだけだ。あの二人と一緒にいたいってんなら、教会側の受け容れの話になる。それに、だ」


 ハリスが言葉を切り、鋭い視線で俺を刺す。


「アレンは使える。お前が抜けた後も鍛えてやれば、俺の強力な手駒になる。となれば、シエラは奴を縛る鎖になるだろう」


 ちっ……やっぱりな。

 アレンを将来性込みで囲っておきたいなら、シエラも手放せない。

 筋は通っている。通っているからこそ難しい。


「随分な言い草だな。情けも慈悲もない」

「当たり前だ。それに、お前相手に飾っても仕方ねえだろ」


 ハリスは吐き捨てるように言った。


「俺だって、使える札を好き好んで手放したくはない。お前を取られるだけでも痛いんだ。アレンまで持っていかれちゃ、これまでの投資がさらにパーになる」

「……だろうな」


 俺だけじゃなく、アレンに対しても訓練をさせているとなれば、それはかなりの出費だ。

 それを回収できずに手放すなんて、俺がハリスの立場でもしたくない。

 だとしても、俺の意思は変わらない。


「俺は二人と離れたくない」


 言葉は、思ったよりはっきりと出た。


「シエラだけでも光の当たる場所に、って考えてた。でも、今はそれだけじゃない。アレンもだ。俺にとっては大事な弟分なんだよ」

「言うのは勝手だ。好きに愚痴でも吐いとけ」

「けっ! ……気に食わない上司様だぜ。だが、アンタが首を縦に振らないのは承知しているさ」


 分かり切っていた。

 なら、攻め口は他にある。


「だったら、首を縦に振らせるのは教会の方だ」


 そう言ってやると、ハリスの眉がわずかに動いた。


「騎士まで出して俺を取りに来たんだ。欲しいのは俺自身じゃない。俺に乗せられる聖人だか聖女だかって看板だろ」

「……」

「教会がそれを欲しがるなら、安く渡す理由はない。違うか?」


 少しは自由を得られたと思えばこれだ。

 俺が大切に思っているものを、まるで無頓着に奪っていきやがる。

 けれど、この世界に来てからの俺の流儀は、すでに固まっている。


 ――抗える限り、抗うまでだ! それがルシアになってからの俺の生き方だ!


「俺を売るなら、高く売れよハリス。教会に吹っ掛けてやろうぜ」


 自信満々に、不敵な態度で言ってやる。

 ハリスは、呆れたのか感心したのか分からない顔で俺を見た。


「お前、売られる側の態度じゃねえな」

「違うな。売られる側だからこその態度ってやつさ」


 このままなら単なる収奪で終わるが、売られるってのはどういうことだ?

 それは買われるってことでもある。なら、俺を高く買わせる方法だってあるはずだ。


「教会と話しに行くんだろ? だったら、そこで押し込む。俺の価値を宣伝して、アレンとシエラの分まで条件に乗せてやる」

「できると思うのか?」

「さあな。簡単じゃないだろう。だが……やるだけならタダだ」


 ベアトリスの顔が頭に浮かぶ。

 彼女に習ったことは、やはり有益だった。

 教会の仕組み、聖人の話、制度と信仰の絡み。

 神聖さの欠片もない、俗な話も多分にある。


「教会が何を欲しがるかも、少しは分かっている。それにハリス。あんたもいる」

「俺か?」


 そう。重要なのはハリスだ。

 俺を見出し、ここまで引き上げた張本人。

 さらには教会の内情をある程度知る人間だ。


「元修道士なんだろ? ベアトリス聖導師とも知り合いで、教会の汚いところも知ってる。交渉するには、ぴったりの人材じゃないか」


 そう言ってやると、ハリスは鼻で笑った。


「俺はお前の部下か? どんな口の利き方をしていやがる」

「明日か明後日には無関係だろ? どんな口の利き方でもしてやるさ」


 そう返すと、ハリスは面白そうな笑みを浮かべた。

 使える駒を取り上げられる苛立ちより、今はいつもの悪党の顔が戻ってきている。


「……明日だな。明日になったら教会へ行き、そこで話をする」


 明日。

 随分と急だが、その言葉で現実の輪郭が戻ってくる。


「今夜のうちにアレンとシエラへ確認しておけ。お前と一緒に行きたいかどうかを。売り込むにしても、お前の意思こそが重要だ」

「あいつらが嫌だと言ったら……そもそも俺の気持ちが萎える……ってことか」

「俺としては高く売れるなら兄妹を手放すのは別にいい。しかし、お前の切っ先が鈍くなるようじゃ、交渉しても無駄ってもんだ」

「……だよな」


 二人の意思を尊重するためじゃない。

 少なくともハリスとしてはそうだ。

 だからこそ俺の意思が重要になる。

 己の利益をもぎ取るための、固い意思ってものが。


「ハリス」


 真っ直ぐハリスを見る。


「二人に確認して、断られたら諦める。だが、そうでないのなら俺は全力で抗ってやる。だから改めて言う。――俺を売るなら、高く売れ」

「……ふん」


 ハリスは少しだけ考えるように黙ってから、呟くように言った。


「その時は我を通して見せろ。そしてお前を手放すことを、俺に惜しませてみるんだな」

「――上等だ」


 売られるのが決まっているなら、せめて値段はこっちで決めてやる。

 そう腹を括った瞬間、妙に頭が冴えてきていた。

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