二十七話:元修道士
ハリスが露骨に顔をしかめている。
その視線の先にある教会騎士団と呼ばれた連中は、通路の両端を塞ぐように広がった。
先頭の男が剣を抜き、威嚇するように前へ出る。
「この場は我らが収める! 文句があるなら剣を抜け! 悉く切り捨ててやろうぞ!」
なんとも偉そうな言い回しだ。
だが、その言葉を笑う奴はいない。
むしろ、ナイトハウンドの連中は先ほどまでの威勢が鳴りを潜めている。
こっちの構成員も同じだ。さっきまで殺る気満々だった奴らが、目に見えて腰が引けている。
――当たり前か。裏組織の抗争と、教会騎士団じゃ話が違う。あの剣は、ただの脅しじゃない。本物の武力だ。
しかし、このままおめおめと引き下がるのか?
そう思っていると、本拠に残っていたハリスの部下が血相を変えて駆けてきた。
そいつに耳打ちされると、ハリスは眉をひそめる。
「……そういうことか」
チラリと俺を見た後に、面倒くさそうな顔のまま、吐き捨てるように言った。
「撤収だ。戻るぞ」
「は?」
「聞こえなかったか。引くぞ」
それだけ言って、ハリスはさっさとこの場から背を向ける。
他の構成員たちも、文句を言うより早く従っていく。俺とアレンも、その後を追うしかない。
ガスパールだけは自然体となり、ゆったりと歩いている。
「厄介事は増えたようだが、面倒が減っただけましか」
何とも他人事だけど、実際他人事なんだろう。
でも、なんだその視線? その顔は俺を見ながら、少しだけ面白がっているようにも見える。
俺に何か関係があるのか? ハリスも俺の顔を見たことだしな……。
歩きながらも振り返り、教会騎士団とやらを見る。
ただ抗争が教会の力で鎮圧されただけじゃない。もっと大きな何かが動いている。
しかも……俺が関係しているのか?
◇
東二条から引き上げたあと、俺とハリスはそのまま支部長の部屋へ呼ばれた。
俺は壁際に立たされ、ハリスだけが机の前へと進む。
「教会が出張ってくるとは、何かありましたか。まあ、おおよその察しは付いていますがね」
ハリスがそう言ってから、ちらりとこっちを見る。
やっぱり、俺か……それに、思い当たる節もある。
ベアトリスの言っていた聖人の力だ。俺の魔法は聖法術であり、魔力ではなく聖法力である――。
そこまで重大な話なのかは、教会の中でしか分からない。
でも、あのもったいぶった言い方は今でも思い出せる。
――だとしても、力というものは納まるべき所に納まる。それが強力であればあるほど、流れに逆らうことなどできない。私はそう思います。
これは、そういうことなのか?
そんな俺の考えを肯定するかのように、支部長は椅子に深く座ったまま、面倒そうに言った。
「お前の言う通り、本題はそのガキだ。教会として、そいつを保護したいという意向を示してきた」
はあ、と。支部長の息が漏れた。
「保護、ですか」
「騎士まで出してきてな。あそこまでやられりゃ、逆らえん」
それはそうだろう。
裏組織同士で刃物振り回してるところへ、教会騎士団だ。地方ヤクザが軍隊に睨まれるようなもんだ。勝負になるわけがない。
「教会で話をしたいと、聖導師ベアトリスから連絡も入っている。それゆえに、ハリス。お前が行け。古い馴染みだと聞いている」
「……まあ、それしかないでしょう」
ハリスの後ろ姿しか、ここからでは見ることができない。
しかし、そこには徒労感のような何かが全身に覆いかぶさっているように見えた。
「あまり顔を合わせたくはないですが、こうなれば仕方ありません。会って話をせざるを得んでしょうな」
「ああ。組織としては穏便に済ませる……ただそれだけだ。では行け」
そう言って、この場の話は終わった。
俺は出席を許されていた。許されていたが――それだけだ。
結局、俺の都合も意思も関係なく、物事だけが進んでいる。
支部長の部屋を出ると、ハリスはすぐに通路を歩き出した。
俺も黙って後を追う。
連れていかれたのは、いつものハリスの仕事部屋だった。
ハリスは机の前まで進み、そこでようやく振り返る。
座れとも言わない。俺も座る気にはなれなかった。
「……今の話、どこまで分かってる?」
「俺が教会に売られるってことくらいは」
口にした途端、妙な苦さが舌に残った。
売られる……か。自分で言っておいて嫌な言葉だ。まして、対象は俺自身だ。
「その言い方は間違っちゃいない」
「否定しないのかよ」
「嘘をついても仕方ねえだろ」
ハリスは面倒そうに言った。
その態度が腹立たしくもあり、逆にありがたくもあった。
綺麗事を言われるよりは、まだ分かりやすい。
「教会はお前を欲しがっている。騎士まで出して、こっちの抗争を止めた。力ずくで取りに来たと言っていい」
「抗争を止めたのはおまけってか? 必要なのは武力を背景にした脅しとしか思えないね」
「だろうな。連中もあんな目立つことをしたくはなかったはずだ。しかし、当事者がそこにいるなら話は別だ」
ハリスの鋭い視線が突き刺さる。
どうやら、俺の行動は教会勢力に把握されている。
だから本来は脅しに使うはずだった騎士団を、実働戦力として動かした。
裏を返せば――。
「俺は教会にとって、重要な『何か』ってわけだな? 最初から目を付けられていた」
そう言ってやれば、ハリスは憮然としながら言葉を返してくる。
「ただ利発で、少しばかり頭の回るだけのスラムのガキに学問を教えると思うか? いくら救済事業を行う教会とはいえ、そこまではしないさ」
「ベアトリス聖導師が言っていたよ。俺の力は聖人に至る力だってな。そして聖人についてはベアトリス本人から学ばせてもらった。そりゃあ、俺を確保する動機はあるだろう」
思えば……こうなる予感はあったのかもしれない。
いや、予感というより、こうなっても驚かないだけの心構えか。
実際、今の俺に動揺はない。まあ、そういうこともあるか――そう、自然と考えることが出来ている。
ただ、不思議なのはそれが俺だけじゃないことだ。ハリスも同じ顔をしている。つまり――。
「……知っていて、俺の教会通いを許可していたのか? 俺の力がただの魔法じゃないと知っていて」
「ああ」
即答だ。そこに一つの迷いもなかった。
「だが、最初から知っていたわけじゃない。ベアトリスがお前に食いついたと分かった瞬間だな。お前の力が聖法力であると理解したのは」
「それでも……何故、教会通いを止めなかった? その時からこうなる予感があった。あんたの顔にはそう書いてあるぜ」
一番の疑問はこれだ。
俺はハリスの手駒として、役に立っていた自負がある。奪われる未来が見えていて、何故放置した?
そんな俺の疑問に対する回答は、問いとして返って来る。
「教会について、お前は何を知り、何を学んだ? 綺麗事だけじゃないだろう? お前のようなひねたガキが、お利口さんとしてベアトリスの言い分を聞くとは思えんな」
「それは……そうだ。教会が善の組織であるだなんて、そんな考えは微塵も――」
そこで気づいた――そういうことか。
前にハリスが話していたことを思い出す。教会について議論する機会は結局なかったが、あのセリフだけははっきり残っている。
「前に俺が教会の話を聞きたいと言った時、あんたはずいぶん悪く言ってたよな。国教になるくらい権威の塊で、表向きは徳や祈りを説いているが、中身は人間の欲望の詰まった汚物貯めだって」
「……よく覚えているな」
「印象が悪すぎたからな」
あの時のハリスは、ただの皮肉屋じゃなかった。感情が乗っていた。
教会を便利な社会機能として見ているだけなら、あそこまで吐き捨てるような言い方にはならない。
「あんたは教会に詳しすぎる。外から見てるだけじゃない。中身を知ってる奴の言い方だった」
「……」
「ハリス。あんたはいったい何者なんだ?」
部屋が静まり返る。
外からは足音と怒鳴り声が聞こえるが、この部屋の中だけは妙に冷えている。
ハリスはしばらく黙っていたが――諦めたように息を吐く。
「それは、俺が元修道士だからだ」




