二十六話:炎と教会騎士団
敵への照準は終わっている。あとは放つだけ。
しかし、その数が多い。こいつらを俺一人で対処するなんて不可能だ。
まだ距離はあるが、一人ずつ撃っている間に別の奴が詰めてくるだろう。
いくら俺のレイガンが強くても、数をまとめて捌くには向いていない!
「っ、ハリス! 俺だけじゃ無理だ!」
レイガンを放ったことで、先頭を駆けてきた敵一人のどてっぱらに穴が開く。
でも、それだけだ。敵はそれでも戦意を失わず、俺たちへ接近し続けている。
「分かってる! ガスパール! 雑魚散らしは任せたぞ!」
ハリスの目が、俺ではなくガスパールへ向いた。
「やれと言うならやるがな。ひどいことになるぞ」
ガスパールは面倒そうに杖を持ち上げた。
その動作だけ見れば、寝起きの男が肩でも回しているみたいだ。だが、杖の先に集まり始めた熱は、そんな気だるさとはまるで釣り合っていなかった。
空気が、じり、と鳴る。
火種が見えたわけじゃない。なのに、肌の表面が先に熱を拾った。息を吸うと、喉の奥が乾く。
杖の先に赤い光が宿り、それが細く揺れ、次の瞬間には膨れ上がった。
「そらよ!」
ガスパールは赤い光の灯った杖を真っ直ぐに宙に突き出し――炎が舞う。
それはただの火じゃない。赤く、黄色く、白く、色が何層にも重なった炎だった。
通りを舐めるように走り、敵を覆うみたいに広がっていく。
こちらへ突っ込んできた連中を全てのみ込み、悲鳴が上がった。が――それは一瞬だ。
――ひどいことになる。そうガスパールは言ったけど、これがそうか……。
炎に包まれた男たちの声は、途中でぷつりと切れる。
さっきまで剣を振り上げていた腕が黒く縮み、走っていた足がもつれ、体が前のめりに崩れていく。
焦げた肉の匂いが、一気に鼻へ刺さったと思ったら、すぐに炭の臭いへ置き換わる。
人が……完全に炭化していた。
「……これは」
俺たちに突っ込んできたのは、十人以上いたはずだ。それがまとめて黒い塊になって転がっている。
だってのに通りの板や布は、まるで何事もなかったみたいに影響がない。
恐るべき威力と緻密な制御。これが、本気の魔法使いの力なのか? 強すぎないか?
俺のレイガンだって自画自賛ではなく、確かに凄い。でも、これはまるで別物だ……光と炎という属性の話じゃない。練度という意味で天と地の差だ。
「ほら、これでいいだろう。後片付けは任せたぞ」
ガスパールは何でもないことみたいに杖を下ろした。
こんな魔法を使っておいて、何の気負いもないようだ。
「ああ! 流石ガスパールの旦那だぜ! スラム最強の魔術師様だ!」
ハリスが叫ぶみたいに言った。
それはただ褒めるだけの言葉ではなく、明らかに敵に対する意思表示だ。
ガスパールの名を聞いたことで、ナイトハウンドの生き残りたちは顔色を変えて逃げ出し始めている。
「追うぞ! ここで終わらせるな! 俺たちに喧嘩売ったことを後悔させてやるぜ! 奴らの本拠点にカチコミだ! 邪魔する奴はぶっ殺せ!」
周囲の構成員が気勢を上げる。攻撃されていた拠点からもだ。
追撃するなら、最後の最後までやれってか? 確かに半端で済ませたら禍根を残すだけ。
だからハリスの判断は正しいと思う。けど――。
ハリスの後を追って走る中で、思わず俺は足を止める。
この男……ガスパールの炎ではなく、俺によって撃ち抜かれた男がそこには転がっていた。背中に開いた穴から血が広がり、地面を赤黒く濡らしている。
これをやったのは……俺だ。
「……っ」
吐き気がこみ上げる。
撃った瞬間は標的でしかなかった。脅威で、射線の先にいる邪魔者で、それだけだ。
けど、止まって見れば違う。死体は死体だと簡単に割り切ることはできない。少し前まで生きていた人なんだぜ?
――気持ち悪い……喉の奥に酸っぱいものが上がりかけるのを自覚する。
だが、こいつらだって覚悟の上だろ。こっちだって覚悟の上だ。
そう思い込むように、一度だけ深く息を吸った。
血の臭いだけでなく、焦げた匂いまで肺に入ってくる。この場で一番目立っているのは、ガスパールが作った人型の消し炭だった。それを意識すると余計に気分が悪くなる。
……それでも、頭だけは切り替わった。
「……ルシア」
心配そうに声をかけてきたのはアレンだった。
「なんだ」
「平気?」
どうやら情けない姿を見せてしまったようだな……アレンのほうが動じていないってのは、肝の座り方が違うってか?
まだ俺は良い人でいたいっていう、甘い考えを捨てきれないってことかもな。
だが――そんな自己分析を出来る程度には復活してきた。
「平気じゃない。やっぱり、俺に殺しは向いてないな。でも……動けるよ」
それだけ答えると、アレンはそれ以上聞いてこない。
今はそれがありがたく、足を動かすには十分だった。
ハリスを先頭に、構成員たちが通りを進む。
それに俺とアレンが追いつくと、ハリスはチラリと俺を見て、それからまた無言で前を歩く。
何かを言われると思ったが、大目に見てくれたようだ。まあ、ガスパールこそが本命だからってのもあるとは思う。
横を見ればガスパールは杖を肩に担いだまま、だるそうに歩いていた。
人の消し炭をあれだけ作っておいて、まるで意識していない。殺しに慣れるってのは、こういうことを言うんだろうな。
……まるで憧れることはないな。強くなるのはいいけど、こんな風になるのは俺は御免だ。
奴らが逃げた先は東三条を越えた先にある東二条のボロ宿だ。
そこがナイトハウンドの溜まり場で、本拠地らしい。
新興組織に押された古株の末路がこれか。スラムの中でも、悪党の新陳代謝はあるってことだろう。
そこにはすでにナイトハウンドの残党が集まっていた。
武装は棍棒と短剣、そして錆びた剣などだ。
しかし、数だけなら思ったより多い。逃げてきた奴らも合流して、三十人以上――いや、四十人はいるだろうか?
そいつらと、通路を挟んで睨み合いになる。
こちらは十人を少し上回る程度だ。戦力比としては一対三くらい。
「さて、どうするか。思ったよりも集まってやがる」
ハリスがうなるように言った。そして目線がガスパールへ。
「またガスパールの旦那の出番か?」
「おいおい、日に二回も俺を使う気か? さっきのは拠点防衛だ。ここから先はさらに追加料金だぞ」
ガスパールは文句を言いながらも、杖を持ち直した。
となれば、俺も指先へ意識を向ける。
こうなってしまっては俺のレイガンは使い辛い。何発も撃てるわけじゃないし、すぐ詰められてしまう。
でも、ガスパールの魔法だって討ち漏らしは出るだろう。それを仕留めればいい――。
そう考えていた、その時だった。
急に周囲が騒がしくなる。通りの向こうだけじゃない。横の路地、後ろの広場、上の渡り板のあたりまで、ざわつきが広がっていく。
なんだこれは? 抗争の規模が大きくなった――という感じじゃない。もっと別のものが来る気配だ。
「あいつらは……?」
人垣が裂けると、そこには白と銀が見えた。
外套。甲冑。長剣。教会の紋章……しかし、どう見ても施しや祈りをするようには見えない。奴らは騎士か兵士の類だ。
「おいおい! 教会騎士団じゃねえか! 何しにスラムなんかに!」
ハリスの驚愕と苛立ち。
それすらも、武装した騎士と兵たちが打ち鳴らす金属音によって掻き消されていった。




