二十三話:聖法術
――またしても抗争になるかもしれない。
ハリスが言うには、組織の縄張りの問題が再燃し始めたという。
レッドブレードの件が一部の中堅幹部の独断専行だったのに対し、こちらはもっと構造的な話らしい。根はさらに深いってことだろう。
とはいえ、今の俺にできることはない。与えられた仕事をこなし、教会で学ぶ。それだけだ。
それに教会での勉強会には、最近シエラも同行している。
今が一番大事な年頃と言ってもいい。勉強に早いも遅いもないとはいえ、頭の柔らかいうちに触れておいた方がいいに決まってる。
教会の扉を開くと、中にはいつもの修道女――リネットがいた。
「リネットおねえちゃん!」
見つけるなり、シエラが駆けだした。
リネットは一瞬だけ面食らった顔をしたが、すぐに腰を落としてシエラを受け止めた。
「こら! 教会の中で走ってはいけないわ」
「ごめんなさい。でも、会えてうれしいから」
「……そう? 私も嬉しいわ」
一週間ほど前にシエラを連れてきたわけだが、俺に向ける視線は相変わらず厳しいくせに、シエラには甘い。
素直さが気に入ったんだろう。俺という対比もあるし、その差はなおさら強く出る。
「また今日も頼むぜ。リネットとのお勉強を楽しみにしてたんだ。だよな、シエラ?」
「うん! お勉強できて嬉しいよ!」
リネットは穏やかな顔つきでシエラを撫でながら、ちらりと俺を見る。
すると、俺に対する声色は見事なくらいに冷えていた。
「ベアトリス聖導師は奥にいるわ。シエラは任せて、とっととそっちに行きなさい」
「勿論そうするが、その態度どうにかならない? いい加減、友好的に接しても罰は当たらないと思うがな」
「最悪な印象ってのは簡単に拭えないわ。私は感情に従っているだけ」
「へいへい……仕事をしてくれるってんなら、文句は言いませんよ」
頑なではあるが、敵として切って捨てるタイプでないのはすでに分かっている。
初めてシエラを連れてきた時も、シエラを俺の仲間じゃなく、一人の人間として扱っていた。感情に従ってると言うわりに、その辺は俺よりずっと大人かもしれない。
「シエラ、頑張って勉強するんだぞ」
「うん。ルシアも頑張ってね」
「ああ。リネット。後は頼んだ」
「任せなさい」
二人に別れを告げて奥の扉を開くと、そこにはベアトリスがいた。
「来たぜ。この前は王国と教会の関係性だったよな。今日は何を教えてくれるんだい?」
「今日は聖人について掘り下げます。付いてきなさい」
通された小部屋は、まさに勉強部屋という感じだった。
向かい合う机と椅子、本棚、書き取り用の石板。古風だが、マンツーマンで教わるには十分すぎる。
まずは前回の復習から入るのも、ここ最近の流れだ。
「――王の権力だけでは足りない。というか、武威が権力を生んでいた。聖女セラフィナ登場以後は、人々を教化することで、暴力による秩序から信仰による秩序へと変わっていく。そんな話だったな」
「大筋は間違っていません。では、信仰によって変わった秩序を支えたものとは?」
「セラフィナ教が人々の生活に根付いていった。それにより道徳規範が洗練され、王権による統治もかつてより格段にしやすくなる」
「よろしい。よく覚えていますね」
戦国時代から江戸時代へ移るみたいな話だと思えばいい。
セラフィナ以前は、自力救済上等の修羅の国だった。そこへ国家をまたいで信仰される宗教が根を張ったことで、人も国も少しは丸くなった。そんな理解だ。
ベアトリスが次の本を開けば、フェルディア王国の成り立ち、教会の役割、人々との関わりが順に並んでいる。世界の仕組みを知るのは純粋に楽しい。娯楽が乏しい世界なら、なおさらだ。
そうやって復習をしていると、ベアトリスが俺の顔を覗き込んでくる。
「……以前から思っていましたが、あなたは随分と覚えが早いですね」
伊達に現代日本を生きちゃいない。
文字を読み、情報を拾い、自分なりに整理するくらいは嫌でも身につく。
「それに……疑いながら自分の中で組み替えている。そう思えます」
「あんたの言ってることが真実とは限らないだろ? 自分で考えながら覚えてるだけさ」
教会の話は美麗字句が多い。そこをかみ砕いて、本質だけを拾うことを心掛けている。
教会が絶対正義みたいな話を丸呑みするほど俺は素直じゃない。
「教会の教えを学ばせる側としては難物です。ですが、学徒として見れば有用でもあります」
「だろうね。学問を追うなら、ソクラテスみたいな考え方は必要さ」
「……それは、どなたです?」
しまった。この世界にソクラテスがいるわけないか。
「分かっていると思い込むな、って話をした奴だよ。知らないことを知ってると自覚するのが、考える最初の一歩だってね」
「それは古代の哲人――サルケイオスの考え方ですね」
うーむ。異世界だからって舐めてはいけない。当然似たような偉人がいるってことなんだろう。
「前に哲学書を読みましたね。そこで記憶が混同していたのでしょう」
「そうかもね」
「ええ。では続きを。次は聖人についてです。教会による秩序と王国の権威を結びつけたのは、まさにその聖人によってです」
「俗な言い方をすれば、聖人ってのは滅茶苦茶強いんだろ? それこそ大軍と渡り合えるくらいには」
「ええ。龍殺しの聖人などもいますし、人を超えた武力を持つ者という扱いです。暴力で人々を従わせる面があるので、セラフィナ教会ではその点について深く教えることはないのですが……あなたには無駄でしょう」
これがハリスの言っていた、聖人へのはき違えってやつか。
殉教者というより、人間兵器だ。教会が聖人を欲しがる理由も、これなら分かる。
「では歴代の聖人から学んでいきます。まずは聖女セラフィナについて――」
そうして聖人や聖女と呼ばれた連中について学んでいく。
こいつらの何が凄いって、最低でも戦局をひっくり返すくらいの芸当は平然とやってのけることだ。
空から光が降って敵を全滅させたなんて話まで出てくる。……聖人というより魔王か何かじゃないか?
よくそんな連中を御し切ってきたものだと、むしろ感心する。
「――聖人の使う力は聖法術と呼ばれ、魔法とは区別されます。これはあなたの力にも関係するものです」
「俺の魔法が?」
「魔法ではありません。聖法術です。魔法とは根本的な理が違います。あなたは魔術師に言われたのでしょう? それは魔力ではない、と」
「そうだけど」
「私も同意します。それは魔力ではありません」
ベアトリスが真剣な眼差しで俺を見ている。
ここまで言い切るのは相当だ。聖人の奇跡じみた力を、俺みたいなスラムのガキが持っていると断言するんだからな。
「二人だけの空間とはいえ、そこまで言い切るのはどうなんだ? 根拠でもあるのか?」
「私が聖導師と呼ばれているのは知っていますね? 聖導師とは、聖人には届かずとも聖法術を操る者たちが就く役職です。当然、私にはその源である聖法力を感じ取ることができます」
なんとまあ……チート能力だと思っていたものが、本当にこの世界では特別な力だったってわけか。
だが、これで辻褄は合う。ベアトリスが俺にここまで食いつく理由も、ようやく見えてきた。
――聖法術と聖法力。
俺の光は、どうやらただの魔法なんかじゃないらしい。




