十九話:教会の言い分
いきなりの話題変更に驚いたのか、一瞬だけ渋面をしたあとに、すぐにもとの表情に戻るハリス。
「……いきなり教会とは。何かあったのか?」
反応からして話してくれないって感じじゃない。何かありそうだが、遠慮はしなくていいだろう。
「昨日、市場に行って見たんだよ。セラフィナ教会をな」
「スラムに唯一ある教会だな。まさか信心に目覚めたとは言うまいな?」
「まさか。ただ、教会を知ることは教養に繋がるだろ? スラムなんていう掃き溜めの住人とはいえ、教養があるにこしたことはない」
「……ほう?」
そう言ってやれば、ハリスは感心するような目で俺を見てくる。
「確かにお前の言う通りだ。セラフィナ教を知っておくことに価値はある。しかし、組織に囲われているお前がそれを知ってどうなる?」
「組織に囲われているならなおさらだろ? 東三条通りにある教会なんだ。グレイクロウとの繋がりが一切ないとは言わせないぞ」
「……いいだろう。揉め事を起こされたら事だしな」
少し考える素振りを見せたが、教えてくれるようだ。
さて、どんな話が出てくるかな?
「一つ言っておくが、繋がりと言っても話合いの窓口があるだけだ。基本的に相互不干渉と思ってくれて構わない」
「やっぱり宗教勢力が相手だと、スラムの組織と言えど慎重になるか」
「まあな。相手は教会騎士団なんていう武力だって持ち合わせている。そんな奴らと事を構える馬鹿はいない」
騎士団ときたか。宗教が武装するってのは歴史的事実だ。この世界でもそれは一緒なんだろう。
「そりゃあ、厄介だな。だから炊き出しみたいな救貧事業をしていても干渉しないってわけだ」
「信徒獲得が教会の本能となれば、邪魔はできないさ。それに、スラムの連中が頼るにしても世話をするのは飯と死体の引き取りくらい。組織の代わりにはならない」
「飯は分かるが、死体の引き取りってのはなんだ?」
「誰も片づけない死体を放っとけば、病気が回る。さらには有難い教えを授かった連中は葬式をしたがるからな。それがどれほど簡単なものだとしてもだ」
言いたいことは分かる。どんな教義なのかは知らないが、死んだ後のことを考えるのが人間だ。
となれば、確かに教会ってのはスラムの組織と役目が被ることなく共存できるだろう。
「他には何かあるか?」
「代表的なのは孤児の救済がある。だが、それは建前であり、使えるガキを選別している。スラムの組織はどこもガキを飼っているが、それは使い道があるからだ。教会もそれは変わらない」
「やっぱり競合する事業もあるか。窓口ってのはそういう時のために必要ってことか?」
「場合によってはガキを教会に譲ることもある。人身売買は俺たちの専売ってわけじゃない」
なんとも世知辛い……が、人材のマッチングをするって意味では必要なことだろう。
「それがガキの選別か……必要とされる所に流すにしても、最低限のしつけができるガキでないと意味がないってわけだ」
「……そうだ。教会と言えども、すべてを救うなどという、都合のいい現実は存在しない」
ハリスが吐き捨てるみたいに言い切った。
心なしかいつもより感情が乗っているような気もする。何か教会に対して良くない感情でも持っているのだろうか?
「そりゃそうだろ。教会ともなれば大きな集金装置を持ってるだろうが、全てを救済に使うなんてできるわけがない」
「お前の言う通りだ。奴らの言い様は偽善と欺瞞に満ちている。御大層な教えをしながらやっていることは俺たちの組織と大差ない」
「ずいぶん辛辣だな」
「汚い部分を見せつけられれば辛辣にもなる。奴らに良い感情など抱けるものか」
そこまで言われてしまえばなんとも言えない。
まあ……教会の教えとやらを俺は知らないわけだが、この口振りからして建前は綺麗事を言っているんだろうな。
「ハリスが教会にイラついているのは分かったけど、悪口を聞きたいわけじゃないんだ」
「……む、そうだな。俺も感情的になり過ぎた。で、お前は何が知りたいんだ?」
「教会そのものだよ。どういう連中がいて、何を考えて、どこまでやる気があるのか。小さい視点じゃない、もっと大きな視点を知りたい」
セラフィナ教会が善でも悪でもどちらでも構わない。
俺が知りたいのは、この国でどういう立ち位置にあるかってことだけだ。
「それは俺が教えるべきことじゃないな」
「なんだそりゃ」
「セラフィナ教会は国と繋がっている。無論歴史も深い。お前が知りたいのはそういう観点だろう?」
「まあ、そうだが……」
ハリスの目から先ほどの強い感情は消え失せ、今度は理知的なものが宿る。
それは何かを深く考えているときのような――そんな印象を受けた。
「まずは教会の人間から話を聞け。俺の教会に対する視点はあくまでも俺のものだからな」
最初からバイアスが掛かっている個人の意見を聞くなってことか。
教会の人間にも当然バイアスはあるだろうが、だとしても世間で言うところの一般的な話がされるはず。個人よりはよっぽどいい。でも――。
「言いたいことは理解できた。でも、ハリスの視点も気にはなる。少しで良いから話してくれ」
「……少しならいいか」
ハリスは少しだけ思案してから話し出した。
「国教になるくらい権威の塊で、表向きは徳やら祈りを説いているが中身は人間の欲望の詰まった汚物貯めって印象さ」
「……酷いな。そこまで言うか?」
「だから後にしろと言ったんだ。こんな考え方を最初に教えても偏見にまみれるだけだ」
確かにそうだ。いきなり罵詈雑言が出てきたら、まともな視点で見ることなんてできないだろう。
「だが、全てを悪し様に言う気は俺にだってないさ。善良で真面目な信徒や聖職者もいるし、汚物の中で藻掻き苦しみながら理想のために動き回る者もいる。それは否定しない」
「どんな組織もそれは同じだろ? それに、吐き気を催すような邪悪な人間だって、聖人ぶって人々に慈悲や施しを与えることもある。世界ってのはそういうもんだよ」
人権を守れと声高に叫んでいる奴ほど、人身売買や性加害をしていたって事件だってある。
世界ってのは言うほど簡単にできてはいないんだ。それは地球でも、この世界でも変わりはないはずだ。
「その考えは間違ってはいない。だが、聖人という言葉の意味をはき違えているな」
「どういうことだ?」
聖人と言えば宗派に殉じた正しき行いをする者――そういうイメージなんだが違ったか?
「聖人や聖女ってのは抽象的な概念じゃない。ちゃんとした定義がある」
「その定義とやらを教えてはくれないのか?」
「先に俺が形を教えるべきじゃないと言ったばかりだろうが。まずは教会で話を聞いてこい。俺と話すにも土台が必要だ」
そう言われては何も言えないな。基礎を知ってから議論しろと言われたらそれまでだ。
「分かったよ。時間があれば教会に行ってみる。それでいいんだろ?」
「そうしろ。まずは教会の言い分を聞いて、その後に俺の話だ。出てくる齟齬はお前が自分なりに考えろ。何が正しく、何が間違っているのか……そんなことは誰にも分からん。しかし、自分なりの答えを見つけることができるだろう。お前にはそれができるはずだ」
ハリスの言葉と表情――そこにあるのはまるで教え子を導くかのような意識があることが察せられた。
ただの粗野な男ではないということは知っているが、こんな顔をするなんて……まったくの予想外。でも、俺が自ら学ぼうとする姿勢を尊重してくれるのなら有難い。
それなら遠慮は要らない。セラフィナ教会――まずは、実際に行って話を聞いてみるとするか。




