十八話:金勘定の才能
翌日。俺は朝からハリスの部屋にいた。
教会のことを聞くつもりではいるが、どうやらそんなことを口に出せる雰囲気ではないようだ。目の前の机の上には汚れた数々の銅貨と銀貨、それから角の削れた石板が置いてある。
何をやらされるのか、これを見てしまえば分かってもんだ。
「前に言った通りだ。殺しではない金の稼ぎ方。会計処理についてだな」
ハリスは椅子にふんぞり返ったまま、石板を指先で叩いた。
「いきなり本番か? まだ何も教えてもらっていないんだが」
「本番なわけあるか。まずは軽いテストだ。それに合格すれば使ってやる」
ガスパールの訓練を受けていた一ヶ月、その合間にハリスから色々と確認されていることがあった。
俺が魔法以外に何ができるのか? そういうことを根掘り葉掘り聞いてきて、俺もそれには素直に答えた。だからこそこういう仕事が回って来るというわけだ。
「それなら気合を入れないとな。数えるだけでいいのか?」
「ああ。それができたら次は帳簿だ。こんなスラムにいて文字を読めるなんて気味の悪いガキだが、使えるなら使うだけだ」
酷い言い草だが、気持ちはわかる。
俺はこの世界の文字が読める。というか言葉が通じるから、その音に対応する文字さえ分かれば読み解くことができる。
光魔法が使えることがチートだと思っていたが、よく考えなくてもチートなのは言語能力だ。これがないと今俺は生きていないだろうな。
「あいよ。それじゃあ数えるぜ――」
ということで金勘定を開始する。
まあ、やることは簡単だ。石板に銅貨と銀貨の枚数を書き込んで、あとはそれを総計して金額を出すだけだ。
「銀貨が二十五枚で、銅貨が四千三百十一枚だな。銀貨換算だと二百四十枚と銅貨十一枚だ」
一円玉くらいの銀貨と五百円玉くらいの銅貨で、交換比率が一対二十で計算すればこうなる。
「交換手数料を取られた場合の目減りも考えるなら、銀貨二百十九枚前後ってところか? 確か一割だったよな?」
現代の金とは違い交換するにも金が掛かる。しかも下手こくと粗悪な改鋳銭を掴まされるというおまけ付き。面倒な世界だぜ。
「……そこまで数えろとは言っていないが、まあいい。次はこれだ」
明らかに胡散臭い者を見る目をしながら、こちらに帳面が投げ寄こされる。
潰れた数字と雑に走った線がやたらと見にくい。
「これは少し時間がかかりそうだ。字が汚いから読むのが大変だ」
「午前中には終わりそうか?」
「それなら余裕で終わる」
「終わるのかよ……」
ふふん! 有能さを見せつけるのは気持ちいいね!
……いや、やめておこう。こんな低レベルのことに喜んでいたらどんどん駄目人間になっちまう。
とにかく、気合いれてやるか。
意識を帳面と石板、そして筆代わりの白い石にだけ集中する。
なんだかんだ言っても、こういう作業は嫌いじゃない。人を撃つより、よほど気が楽だ。
そうして帳簿をめくる音と、石板に文字を書き込むだけの静かな時間が流れていく。それは長いようであっという間だった。
「――終わったぜ」
「早いな。もうか」
「それほど早くはないと思うけど、お気に召したのなら結構。検算も終わってる」
「……なんだこの文字は?」
ハリスは石板を引き寄せ、そこに書いた数字を見て眉をひそめた。
「俺の知ってる数字だ。こっちのほうが計算が早い」
「見たこともねえな」
そりゃそうだろ。アラビア数字なんだから。
ローマ数字みたいな表記法でちまちま計算してられっかよ。誰になんと言われようと俺はこれでやる。最終表記だけはこの世界に合わせるけどな。
「気になるだろうが、詮索はやめてくれ。説明するのがめんどくさい」
「ふん。そんなことはしない。ただでさえ気色の悪いガキだ。知らない方がいいだろうさ」
「ひどいな。こんなに可愛い女の子なのに。あと数年したら、道行く人の誰もが振り向く美少女になるぜ?」
「お前、そういう方向で売りたいのか? 殺し屋のほうが金はいいぞ?」
「……返答に困るようなこと言うなよ。男に股を開くなんてまっぴらだし、殺しだって本当は嫌だ。できるなら、こういう金勘定だけやっていたいね」
そう言って肩をすくめて見せると、ハリスはそこで少しだけ目を細めた。
笑ったのか、呆れたのかはよく分からない。だが、ただの上役とその子分って関係ってだけでなく、軽口を言い合える程度の仲にはなれた気もする。
「それができるなら苦労しねえよ。お前の力は金勘定よりも殺しの方が使えるからな」
「分かっちゃいるけど悲しいことだね」
「その代わりに裕福になれる機会だって訪れるだろう。裏の世界の金回りはお前が想像する以上のものがある」
「組織に飼われたまま裕福になっても自由はないけどな。あと、この帳簿を見れば想像もつくさ」
言い返しながら、計算の終わった机の上の帳面を指で弾く。
「で、どうなんだよ。テストの結果は」
「合格だ。予想以上だと言っておこう。俺の配下の中じゃあ、一番かもしれん」
「そっか。なら仕事のお駄賃は弾んでもらわないとな。仕事が早いってのは十分な付加価値だろ?」
「いいだろう。お前が価値を示すなら、こちらもその対価を支払う。その関係に変わりはない」
そう言われて、凝り固まった肩を回して身体を解して一息つく。
これで次回から会計も俺の仕事だ。さらに貰える金も増えるだろう。
――となれば、聞くなら今だ。昨夜から引っかかってるのは、会計の仕事なんかじゃない。
「ところでハリス。聞きたいことがある」
「何だ? 答えられる範囲でなら答えてやる」
「セラフィナ教会について教えてほしい」
そう言った時のハリスの表情は、一瞬だけ顔をしかめたような、そんな気がした。




