十七話:教会という場所
その日の夜。
あとはランプを消して寝るだけという時間――昼間に見た白と黒の修道服の少女のことが、くっきりと頭に残っていた。
目を閉じれば、俺が作り出したと言ってもいい、凄惨な現場が浮かんでくる。
人の汚臭と呻き声そして苦痛から漏れる吐息――クソガキ共の真ん中で、汚れるのも構わず膝をつく姿が瞼の裏に焼き付いている。
「なあ、アレン。シエラ。教会ってどんなもんなんだ?」
今にも寝る支度をしようとする二人へ尋ねれば、先に反応したのはシエラだった。
「神様のいる所?」
「……そういうのは教義によるだろうな。シエラには難しいだろうから、もっと分かりやすいことを教えてくれ。何をする場所なのかとか」
「お祈りするの。あと、綺麗な歌を歌ったりするよ」
いかにもそれっぽいが、まるで分からんな。シエラに訊くのが間違いだった。
「アレンは知ってるか?」
「僕も詳しくは知らないよ。何度か行ったことがあるだけ」
「それでもいいさ。何をしていたんだ?」
そう言ってやれば、アレンは少し考える顔になった。
「神への祈りを捧げる場所というのが第一。あとは聖人や聖女について学ぶこともあるね。それと信徒たちの交流かな? 結婚式や葬式をするにも教会を頼らないとならないから、信徒でなくても足を運ぶものなのさ」
「その言い方からして、アレンは信徒じゃないのか? たしか王国の国教と言っていたよな?」
「僕は商人の家の息子だよ。国教だから表向きは信徒だけど、内心で信仰するのは商売の神様に決まっているじゃないか」
当たり前のように言ってくるアレンだが、そんなこと言われても俺には分からん。
だが、そういうのは心当たりはある。多分多神教的な何かがあるんだ。
「何かの神話か? それとセラフィナ教会は別物ってことだよな?」
「そうだよ。だけどセラフィナ教は神話の続きでもあるらしい。預言者で聖女でもあるセラフィナは神々の末席に連なる者という扱いだね」
どこかで興った新興宗教が、現地の神話を取り込んで布教を広めていったというところだな。
「それなら、お前ん家では教会をどう扱ってたんだよ」
「表向きの付き合いがあればいい。便利な部分は使うし、だからといって心まで売る必要はない」
「……いかにも商人らしい思想だな」
「そりゃそうさ。商売をするのに過度な信仰心なんて邪魔なだけ。外国と取引をするならなおのことだよ」
ずいぶんとまあ、しっかりした考え方を持つもんだ。
そう感心するけど、だからこそスラムに落ちても生き残ることができていると言える。アレンの頼りになるところは思想面からも見えるといったところか。
「自分なりの考えを持っていて実に結構。しかし、宗教か……」
一つ分かったのは、セラフィナ教ってのは俺が勝手に身構えていたほど窮屈なものじゃないのかもしれないってことだ。
国教だの預言者だのと聞いたから、もっと一神教みたいにガチガチで、心の中まで縛ってくる類を想像していた。だが、アレンみたいに表向きだけ合わせて、内心では別の神を拝んでいても通るなら、思ったよりずっと緩い。
冠婚葬祭に関わるくらい生活には染み込んでいるが、何もかもを支配するほど息苦しいわけでもない。信仰というより、まず文化として根付いている感じか。実利で付き合う余地があるなら、案外やりようはあるのかもしれない。
……こんなスラムに落ちてこなければ、教養を学ぶためにも教会に通っていただろうな。
異世界に来ているのに自分の常識や考え方を押し通すなんてのはバカのすることだ。まずは馴染む努力をしないと生きることすら難しいのは骨身にしみている。
――いや、待て。今でも遅くはないか?
スラムのどん底からは這い上がれた。
組織を抜けることはできなくても、教養は役に立つ。文字、礼儀、文化、歴史。どれも知っていて損はない。
人生は思い立ったが吉日だし、学ぶのは何歳になってからでも遅くはない。
そこまで考えて、ふと隣のベッドに目をやる。
アレンの右手が見えた。
昼間、鉄棒を握っていた手だ。薄暗い中でも分かるくらい、指の付け根に豆ができている。皮も少し剥けていた。
「……それにしても、お前、随分やれるようになったな」
そう言うと、アレンが自分の手を見られていることに気が付いた。
「これが気になるの?」
「ああ。マメがあってタコもできてるだろ。そこまでなるくらいに武器を扱う訓練をしていたってことだよな?」
「まあ、多少はね」
「多少どころじゃねえだろ。びっくりしたわ」
正直、あそこまでやるとは思っていなかった。
三人相手に前へ出て、しかも最初の打ち込みをためらわない。あんなのは前のアレンではできなかったはずだ。
「僕は男だ。いつまでもルシアに……女の子に守ってもらうなんてカッコ悪いよ」
「へえ……」
アレンは真っ直ぐな瞳で俺を見つめて来た。
真剣な表情――男子三日会わざれば刮目して見よってやつだな。アレンの場合は一ヶ月だけど、それでも凄い変化だ。
そんな感心をしている俺を察したのか、シエラが話し出した。
「お兄ちゃん、前はあんなことは全然できなかったよ。でも、ルシアを守りたいから頑張るんだって」
「……言うなよ」
「なんで? カッコいいのに?」
「……」
アレンが照れてる。こういう所だけ見るなら、年頃の男の子って感じだな。
なんか、ほっこりしてきた。自然と笑みが浮かぶのを自覚する。
「何? 僕に守られるのは嫌?」
何を勘違いしたのか、それとも照れ隠しなのかアレンがそんなことを言ってくる。
それに対して言うべきことなんて、最初から決まっている。
「そんなことない。頼りにしているよ。か弱い女の子である、俺を守ってくれよな!」
「たくましいの間違いじゃないの?」
「それは否定しない。だけど、守ってくれるんだろ?」
「……うん。努力する」
弟がいたらこんな感じなのかな? それとも息子か?
子供の成長を感じるようで、おじさんは感動しちゃったよ。
しかし、話が脱線してしまったことを思い出す。今考えるべきは教会についてだ。
「そろそろ寝よう。ランプを消すぞ」
そう言って二人をベッドに入るように促し、自分もベッドに。
ランプを消して、真っ暗になった部屋の中で考えをまとめていく。
教会についてはもっと知るべきだ。
しかし、誰にも頼らずに一人でなんとかするってのも違う。となれば――ハリスだ。
教会がある地区の管理者に抜擢されるくらいなんだ。あいつなら、教会が何をしていて、スラムでどう見られているかも知っているだろう。
明日はハリスにくわしく聞いてみよう。
俺をこの世界に落としたのが神様であるのなら、神様について学ばねばならない。
まあ、そんなことができるのはこの世界の神様よりも、もっと上位の神様の仕業であるかもしれないけどな。




