十六話:相容れない正義
修道服の少女は、真っ先に地面へ膝をつき、転がって呻いているガキ三人衆の様子を見始めた。
肩、腹、脚、顔。ひとつずつ見て、呼吸まで確かめているようだ。
随分と手慣れたものだな。教会関係者ともなれば、治療技術にも精通しているってことか。
さらに言えば、あの悪ガキ三人は薄汚れたスラムにいるゴミ共だ。そんな連中を躊躇なく介抱できるってのは、肝が据わっていないと無理だろう。
「……ひどい。ここまですることないでしょう!」
顔を俺に向けて、険しい表情で責める修道女。
それは俺をイラつかせるには――十分過ぎる。
「ひどい、ねえ」
自分でも驚くくらい、どすの利いた声が出た。
とはいえ、俺のような子供であり、さらに女が言っても威圧感はないのだろう。実際、修道女の視線に何ら変化は見られない。
だが、そんなことはどうでもいい。俺にだって言い分はある。
「俺はそいつらに殺されそうになったことがある。それにナイフを取り出したのを見ていないのか? だからそこまでした。殺さないだけ優しさに溢れていると思わないか?」
「思うわけないでしょう! それに、そんな余裕があるってことは、ここまでしなくても何とかできたはずよ!」
「かもな。だが、それはこの場だけの話だ。恐怖を植え付けないと、付け狙われるかもしれない」
俺は足元のガキどもを顎で示す。
「もう一度言おうか。俺にとっての安全を重視するのなら、殺してやるのが手っ取り早いんだよ。なのに生かしているんだ。そりゃあ、温情ってもんだろう?」
それは俺の理屈ではあるが、筋は通っているはずだ。
しかし、この修道女はそれでも気に入らないらしい。眉がさらにきつく寄っている。
「それにだ。あんたは教会の人間だろ? 博愛趣味は理解できなくはないが、こんな他者を害することを平然とするクソガキを生かしておくべきと思うのか? 俺も同類かもしれないが、少なくとも弱者をいたぶる趣味はもってないぜ」
人のことを言えたもんじゃないかもしれないが、俺はこのクソガキよりマシだという自覚がある。
殺しはするが、それは自衛であり仕事の一貫だ。弱者を付け狙うようなことはしない。こいつらとは違う。
――だからか……こんなにイラついているのは。
今回のケースだと、俺は正当な反撃をしただけだ。それなのに過剰防衛って責められたら、怒りもするさ。
と、そんな自己分析をしていると、修道女はそれでも自分を曲げる気はないようだった。
「それでも、放ってはおけないわ!」
「……そうかい」
「怪我をしているなら助けるだけ。その相手が誰でもね」
――青いな。綺麗ごとで世界が回るかよ。
「このスラムでそれは甘すぎる。そういうのは、殺されかけたことのない奴の理屈だ」
「理屈じゃないわ」
「じゃあ何だよ」
「私がそうすると決めているだけ」
まっすぐ言い切られて、少しだけ言葉に詰まる。
そして、ここからは平行線の水掛け論になるだけというのは理解できた。議論なんて無駄だ。
だが……それでも話を続ける価値がある。
俺はアレンとシエラを見る。二人は俺たちの口論を不安げに見つめているようだ。この二人に、俺のスタンスってのを表明するにはいい機会かもな。
「敵を人間扱いしてたら、こっちが死ぬんだよ。敵は敵だろ。人間扱いしてほしけりゃ、最初から刺しに来るなって話だ」
「あなたにとってはそうかもね。でも私は違う――セラフィナ教会の人間としての務めを果たすだけ」
「結構な勤労精神だが、下手にスラムの喧嘩に首を突っ込むのは命の危険があるぜ? 少しばかり考え方がお上品すぎやしないか?」
煽りながらも、正論をぶつけてやる。こんな少女が命のやり取りにいつ発展する喧嘩に関わるには危なすぎる。
「……」
修道女は答えなかった。それどころか悔しそうな顔をしている。
多分、上の人間に言い含められているんだろう。余り厄介なことに首を突っ込むなと。
でも、本人の使命感が強すぎて、それを無視しているのかもしれないな。
痛いところを突いた発言だったのか、修道女は答えない。
しかし、何を言っても彼女の信念を変えることはできなかったようだ。
俺に背を向けて、ボコしたガキ共の介抱を続けている。
「まあ、好きにしたら?」
そう言って、俺は踵を返した。
後ろでシエラが小走りに追ってきて、アレンも少し遅れて隣りに並ぶ。
「ルシア」
シエラが遠慮がちに袖を引いた。
「教会の人みたいだけど、いいの?」
「別にいいだろ。どう見ても下っ端だしな」
ハリスからは揉め事を起こすなとは言われているが、喧嘩を売られたら買ってもいいとは言われている。
教会についても何か特別な指示はなかったしな。もっと上の立場の者ならともかく、ああいう現場に回される若い奴と口論になったところで問題なんて起きないだろう。
そんなことより、今は別のことが気になっていた。
「それよりアレン。ここひと月で随分と強くなったもんだ。びっくりしたぜ」
そう言うと、アレンが少しだけ誇らしげな顔をする。
喧嘩が強いってのは男の自慢だ。そこを褒めればそうもなる。
ただし、アレンの口から出たのは自分のことではなかった。
「それはルシアの方だろ」
「俺?」
「ナイフを取り出したあいつらを一瞬で倒してしまうんだからさ。僕はナイフが怖くて動けなかったのに」
「俺だって怖いよ。だから一気に制圧したんだ。そのための魔法だろ?」
「そうかもしれないけど……でも、凄いよ」
そう言いつつ、アレンは俺に笑みを向ける。
俺のことを頼りにできる何かだと思ってくれているなら、嬉しいものだ。
シエラはそんな俺たちを見上げて、何となく安心したみたいに息をついている。
二人の保護者を自認する者としては、この笑顔を守るのも俺の仕事ってね。
とは言っても、騒ぎを起こしたんだ。ほとぼりが済むまで大人しくしておいたほうがいい。
そう思い市場の喧騒から少し離れたところで、何となく振り返った。
修道女は、まだそこにいた。汚れるのも構わず介抱を続けている。
しかも、その手からは何か光のようなものが出ていた。あれは俺の使う照明魔法と一緒のはずはないだろう。
おそらく――治癒魔法。もしくは、それに類似する何か。
魔法は希少技能のはずで、さらには治癒に関する魔法はガスパールからも聞いたことはない。
となれば、そうとうにレアのはず。その術者をスラムに派遣するには、さすがに場違いじゃないのか?
そう思ってから、教会の建物の方へ目をやる。
粥を配る列、白い布、祈りの印。
――セラフィナ教会と言ったな。少し興味が湧いてきた。




