十四話:東三条の報酬
「報酬として、お前に一つ地区を任せる」
「……地区を」
支部長の言葉を聞いたハリスが驚いている。
どうやら地区を任せるというのは、特別なことらしい。
「東三条だ。配給も上納もまだ荒れている。立て直せ。出来るな?」
「出来ます」
ハリスは即答した。
たぶん、少しでも迷えば話が消えると分かっているような返事だ。
支部長はそこで初めて口の端を上げた。
「なら持っていけ。手駒を使い、金を回せ。失敗したらお前の首で支払うことになるが……それが上を目指すということだと理解しているな?」
「無論――承知しております」
「では、やってみろ。期待しているぞ」
支部長との話は、こうして終わった。
当然だが、俺はおまけみたいなものだ。多少の値踏みはされたみたいだけど、主役はハリスってわけだ。
俺は出世のために使われた道具にすぎないが……換えの効かない道具になれば、より利益を得られると思えばいいさ。
支部長の部屋を出て、少し歩いたところで、ようやくハリスが息を吐く。
「お前の力で出世できた。感謝するぜ」
「感謝より重要なものがある。約束の報酬は?」
そう言ってやると、ハリスがこっちを見た。
呆れたような、けど少し機嫌のいい顔だった。
「こっちは出世に浸ってるってのに、いきなり報酬の話か? 情緒のない奴だ」
「あぶない橋を渡ったんだ。情緒より報酬だよ。それに餌をくれないと、次の魔法は鈍るかもね」
「だろうな。お前のことはこの一ヶ月でだいたい分かって来た。となると、そうだな――」
ハリスは少しだけ考える素振りをしたあとに言った。
「お前、金を使える立場になりたいって話だったな」
「そうだけど」
「いいだろう。俺が監理することになる東三条通りでなら自由に金を使っていい。荒れているとはいえ、だからこそスラムの中でも大きな市場だ」
「ふーん……で、その東三条で使うための金は?」
「これから地区を任されるからな。その手伝いをするなら、そこから金を回してやる。上納金を扱うことになるが、会計処理の仕事をするための経費は認められている」
「なるほどね。今回の報酬はその仕事への斡旋ってわけだ。金勘定という仕事をして給金を受け取る」
「お前ならできるだろう。それと、臨時報酬として小遣いをやる。まずはそれで市場を歩き回ってみろ」
小遣いを貰えるのはありがたい。
さすがに仕事をこなしてから金を貰うってんじゃ、時間が掛かり過ぎるからな。
「分かったよ。それなら納得だ。金勘定についてはそれなりの自信はある。任せておけ」
「おう。期待しているぞ」
マフィアの中で出世を目指す……思うことがないわけじゃないが、俺に残された道はこれしかない。
現代知識を生かす仕事を得られたんだ。それ以上は我儘ってもんだろうな。
◇
ハリスから金を貰った次の日、俺は朝から機嫌がよかった。
別に顔に出していたつもりはない。だが、シエラが妙にそわそわしているのは俺の感情を読んだからか? 心を感じ取れるってのは、便利な力だな。
「何かいいことでもあったの?」
と、アレンは気になりだしたのか訊いてきた。
サプライズにするために黙っていたわけだが、これじゃあ言うほどサプライズになってないな。
「金が手に入った。それに許可もな。今日は市場に行くぞ」
そう言うと、アレンは驚いたような顔をして、シエラは疑問を浮かべる。
「いちば?」
「ああ。大したものが売っているとは思わないけど、少しは楽しめるはずだ」
ここで二人に説明してやる。
報酬を得たことと、ハリスの口利きで、東三条の市場へ入れるようになったことだ。
スラムの市場とはいえ、あの天幕の回りをうろつくだけとは訳が違う。行ける場所が増えるってのは、自由が増えた気がして嬉しいもんだ。
まあ、その自由は組織からの束縛とトレードオフだろうがな。
「ハリスと話は付けてある。アレンも今日は休みなんだろう? 一緒に行くぞ」
ということで、三人で東三条通りへ向かう。
東三条は、泥と腐臭しかなかった路地裏とは雲泥の差だ。屋台が並び、布を張った露店が並び、怒鳴り声と値切り声と笑い声が重なっている。
ようやく人間に戻れた……とは思うんだけど、それで満足かと言われれば全然そんなことはない。
「……あの肉って、喰えるのか? そもそも何の肉だ?」
「串焼きもあるけど、なんか臭い……私は食べなくないよ」
「お酒もあるけど、凄く汚いよあの樽……僕も遠慮したいかな」
とある出店の鍋の中で煮えている肉は、真っ黒に染まり何の肉かすら分からない。
火に炙られる串焼き、なんとも言えない臭いを周囲に放っている。
それなら酒が一番マシかと思えば、樽がとんでもなく汚らしい。
そんな食い物は当然パスだ。配給される飯のほうがいい。
買い食いは止めて雑貨を見れば――割れた皿、片方しかない靴、歪んだ釘、穴の開いた帽子など。どう見てもゴミにしか見えないものを広げて売っている奴までいる。
「売れるのか、あれ……」
思わず呟くと、アレンが横で肩をすくめた。
「売れるから置いてあるんでしょ」
「そりゃそうかもだけど、でもなぁ……」
あまりに質が低すぎて、買い物をする気が起きない。
だけど、それなりの活気がある通りを歩くのはそこそこ楽しい。
シエラはきょろきょろと辺りを見回していた。
「欲しいものがあるなら買ってやるけど?」
「ううん。見てるだけで、楽しいからいらない」
「そりゃ結構」
アレンもシエラと同じで、欲しいものはなさそうだ。
せっかくもらった金を、こんなゴミに使うにはもったいない。今日は外れだったと諦めよう。
また別の機会もあると、目的を散策に切り替えて市場の中を進む。
――すると、通りの端に白と黒の布が見えた。
簡素な建物。正面の板には、何かの紋が掠れかけて残っている。小さな礼拝堂みたいでもあるし、施し所みたいでもある。
あれは炊き出しか? 修道士のような服を着た者が、粥のようなものを並んでいる者たちに渡しているように見える。
「セラフィナ教会だね。スラムにもあるとは聞いていたけど、炊き出しもやっているんだ」
「セラフィナ教会? そんなのあるのか?」
「フェルディア王国の国教だよ。よほど小さな村でもなければどこにでもあるさ」
宗教ってのは文明とセットみたいなものだからな。当然この世界にもあるか。
そして救済だの施しだの、そういうのは宗教の仕事ってわけだ。
「やっぱりあるんだな、そういうの」
興味深く思いながらも、今のところ教会に用はない。
そのまま通り過ぎようとしたところで、通りの向こうから見覚えのある顔が三つ出てきた。
「……あ?」
一人が、こっちを見て足を止めた。残り二人もすぐ気づく。
――こいつら、レッドブレードのガキ三人衆だ。前に襲われて、魔法を使って切り抜けたあの時の連中。
「なんだよ。生きてたのか、お前」
「てめえ、この前はよくもやってくれたな」
「よくも蹴り飛ばしてくれた。分かってるだろうな、おおん?」
露骨に品のない笑い方をしながら、三人が寄ってくる。
周りの連中はちらりと見るが、止めようとはしない。
まあそうだろうな。市場の喧嘩なんて、珍しくもなんともない。
シエラが怯え、盾になるようにしてアレンが前へ出る。
この二人がいる点が前とは違う、それにもう一つ――今の俺はあの時よりも魔法が使える。それだけで、見える景色は驚くほど変わっている。
人目のある場所で殺しまでやる気はない。だが、殺さない程度に『レイ』で目潰しすればそれで終わりだ。
少し面倒ではあるが……舐められないように、痛い目に合わせてやるか。




