十三話:最初の狙撃
翌日、ハリスの前で魔法を披露したその日の夜――すぐに初仕事となる。
潜り込んだのは、古びた建物の二階だ。
床板は軋むし、窓枠は片側が外れているし、壁もところどころ剥げ落ちている。誰がどう見ても、人が住む場所じゃない。
そんな廃墟ではあるが、狙いを定めるには十分だ。
ターゲットは通りを挟んだ建物の二階の窓――その前で酒を飲む男の頭が、ちょうどいい高さで抜けて見える。
その男を、ハリスはこの一ヶ月ずっと狙っていたらしい。
敵対組織レッドブレードの中堅幹部――ゾルグ。
用心深くて、刺客は寄せつけず、飲み食いにも気を使い、寝床も毎晩変えるという、真正面からやるには面倒すぎる相手だ。
だから、情報を集め、分析し、長距離から狙撃する作戦を立てていた。その中で最後のピースがハマったことで決行されることになる。
――その最後のピースが俺なんだから、どれだけ期待されているんだ? って話だ。こりゃあ、ミスれないぞ……。
「……そろそろだ」
窓の脇で身を沈めていたハリスが囁くように言った。
向こうの部屋に、ゾルグが現れる。
太い首。無駄にでかい肩。……いかにもって感じの男だな。
部屋の内部には護衛が数人いるけど、狙撃をする俺にとっては関係ない。刺客を警戒して寝床を変えるくせに、撃ち抜ける場所へ自分からノコノコと顔を出すなんてな。
「……本当に警戒心が強いのか? 窓から狙い放題だけど」
「馬鹿言え。高価なガラス窓だぞ。それを貫いて人を殺すのは簡単じゃない。お前の魔法だからそう思えるだけだ」
言われてみればその通り。俺の『レイガン』だからこそガラス窓を無視して攻撃できる。
昼間にやった試験でそれは実証済みだからこそ、俺をここまで連れてきているわけだしな。
「……今だ。やれるな?」
「練習どおりにするだけさ」
俺は右手を持ち上げた。そして指鉄砲の先から光を走らせる。
純白の光の線――それが奴の側頭部へ、レーザーポインターを置くみたいに。
それにゾルグは気づかない。こちらを見ているわけじゃないからな。
でも、相手から見れば光っているのは明白で、護衛が窓を見ればかなり目立っているだろう。
だから、すぐさまその頭に『レイガン』を撃ち込む。
白い線が一瞬だけ太くなり、ガラスを貫通させる熱量を持つ。
次の瞬間――ゾルグの頭に光が抜け、側頭部に穴が空き、大量の血を流しながら椅子ごとひっくり返った。
「……やったぞ」
前の殺しの時とは違い、イメージトレーニングをしていたからか、気分は悪いが幾分か冷静だ。
仕留めたゾルグを見れば、護衛が叫びながら肩を掴んで揺すっても、もう動かない。
――暗殺は成功した。
「……行くぞ。長居は無用だ」
ハリスの声に従い、窓から離れる。
そして階段を駆け下りて、夜の路地の中に消えていく。
怒鳴り声がスラムに響き渡るが、そんなのはどうでもいい。この場から去るだけだ。
◇
翌日。
仕事の報告ということでハリスに同行する。
そこで初めてグレイクロウの支部長と呼ばれる男と対面する。
通された部屋は地味で組織の幹部が使っていると言うには広くない。
さらには飾りは少なく、一見して質実剛健を思わせる。見えるのはいくつかの帳簿と、筆記のためのペンやインク壺。酒棚の中には高価そうな瓶とグラスがあるが、それは賓客の対応用と言ったところか。
その支部長の前で、ハリスから普段のラフさが抜けている。完全に目上の人と相対するときのそれだ。
礼など不要――そんなことを言っていたハリスだったが、流石に幹部の前でそれはできないということだろう。
俺もハリスを倣い直立不動の姿勢を取る。
やれやれ……緊張してきたぞ……。
「報告しろ」
「昨夜、レッドブレードの中堅幹部、ゾルグを暗殺しました」
ハリスの声は平坦だった。
成果を誇ることなく、ただ事実を言うだけ。そんな印象だ。
「ここ数週間ほど、ゾルグの出入りと寝床替えの癖を洗っていました。直接狙うには警戒が強く護衛も厚いですが、窓際に寄る癖がありました。油断――とは違うとは思います。窓ガラス越しに正確な攻撃をされるとは思っていなかったのでしょう」
「だろうな。私なら少しは気にするが、それでも窓ガラスを容易く抜ける攻撃などスラムでは考えられまい」
「はい。剛弓やクロスボウ、もしくは大威力の攻撃魔法でしょうか? そんなものを用意することはできません」
これは暗殺が成功した後に聞いた説明だ。
窓ガラスは技術的な制約からどうしても厚くなる。その厚みを抜くにはどうしたって大威力の遠距離武器が必要だ。
王都の中の北側。そこにスラムはあるが、そんなところで戦争のための武器の密輸や密造を許すことはない。国ってのはそんなに間抜けじゃないからな。当然スラムの監視はしているってわけだ。
だから用意できる武器としては短槍が精々であり、だからこそゾルグの油断を突けるという話だった。
「その通りだ。それで……その娘が報告にあがっていた魔法を使う者だな? ゾルグを始末したという光魔法の使い手」
支部長の視線が、初めて俺に向かってきた。――まるで値踏みされているようだ。
「はい。ガスパールに指導をさせて発現した魔法による狙撃です。ルシア、説明しろ」
ハリスに背中を叩かれる。
緊張感は抜けないが、これも面接か何か、もしくは上司の上司に対する報告みたいなものか?
そう考えれば経験済みだ。なんとかこなすしかない。
「最初に収束させた光を対象に向けて照射します。それは照準用であり、そこから魔力を強めて攻撃のための魔法を使います。威力を強めた光魔法はたとえガラス窓があろうともそれを溶解させ貫通させることで、その威力を対象に直接浴びせる……という説明になりますが、いかがでしょうか?」
かなり丁寧に説明したけど、どうかな? 実際にやって見せるほうが早いけど……。
支部長は俺の説明を聞いてもまだ黙ったままだ。机の上で指を組み、そのまましばらく動かない。
部屋が静かになり、ハリスも何も言わない。ただ沈黙が続く。
「……殺せたなら、それでいい」
ようやく支部長が口を開けば、どこか絞り出すような声だった。
まさか警戒されたとかないよな? ……粛清対象にされるとか、そういうのは嫌なんだが!
内心でびびりながらも、続きを聞く。
「実は、ゾルグを狙っていたのは我々だけじゃない。数週間ほど前から、レッドブレード側の窓口を通して、妙な空気が流れてきていた」
「レッドブレードがですか?」
今度はハリスが尋ね、支部長がそれに頷く。
「この前の抗争もゾルグの独断らしい。命令に背くことも増え、好き勝手しているとな。決して詫びをするつもりなどないが、配慮はしてほしい……そのような言い分だった」
「向こうも持て余していた、と」
「そうだ。だが、内輪で粛清をするにはゾルグの地位が高すぎる。任命した者たちの責任問題に発展する恐れもあり、手出しをするにも調整が必要。しかし、こちらとの抗争の流れで死ねば、帳面は合わせやすい」
厄介な味方がいるなら、敵に始末させたほうが後々に尾を引かないってことだな。
マフィアにも政治があるのだと、こういう話を聞くと分からせられるってもんだぜ。
「始末は済んだ。レッドブレードの窓口より、内々で始末料を受け取る。抗争についても、ここで手打ちにする」
支部長はそこで視線をハリスへ固定した。
「ハリス。お前の申請は正しかった。長距離から抜ける手駒を使う、と言った時は半信半疑だったが、それを見事に形にした」
「そのお言葉。有難く」
「では報酬についてだ。グレイクロウへの貢献――決して軽いものではない」
横目でハリスの顔を見ても、大して変わりはない。
でも、肩の力が一瞬だけ抜けたのは分かった。張り詰めていたものが、そこで少し緩んだのだ。
それは俺も同じだ。まだ話は続くが、一番の緊張どころは通過できた。よかったぜ。
さて、ここからは金と立場の話だろう。
ハリスから報酬の約束はあるが、それもこいつがどれだけ取れるか次第ってところか。俺にも少しくらい旨味がほしいところだな。




