十一話:レイガン
掌の上に光を集める。
といっても、光が本当に集まるわけじゃない。そういうイメージってだけだな。
だが、そのイメージが重要っていうんだろ? で、この集めた光をすぐに外へ出すことなく、さらに圧縮というか、収束させていく。
広がろうとするものを押さえ込み、散ろうとするものを寄せる。繊維を糸車で紡いで糸にするように――細く、細く。そういう方向へ無理やり寄せていく。
……ん、なんか来た。これか? これなのか?
手のひらじゃなくて、もっと集中するように、指先からその力のようなものを、解き放つように――。
「――ッ!」
次の瞬間、指先から白い線が走った。
それは閃光ではなく、部屋を白く塗り潰すような派手さもない。
ただ、針金みたいに細い白い光が一本だけ、真っ直ぐ壁へ伸びていた。
「おっ」
ハリスが短く声を漏らす。
ガスパールは何も言わない。ただ、赤い目を細めて、その線を見ている。
これだ! これなら広がらない。目潰しみたいに無駄に散らばらない。
そのぶん、維持するのはきつかった。こめかみの奥がずきずき脈打ち、手首の内側が焼けるみたいに熱を持つ。息を止めていたわけでもないのに、肺が勝手に苦しくなる。
それでも、もう少し……もう少しだけ持たせろ!
白い線がわずかに揺れる。
壁に当たっている一点だけが、じり、と熱を持ったように見えたところで、限界が来た。
「ぐっ……」
力が抜ける。
光はふっと消え、その場に残ったのは頭痛と、変に力んだせいで震える右手だけだった。
「何をした?」
間髪入れず、ガスパールが聞いてきた。
浅く息を吸い、吐く。
何度かそうしていると、落ち着いて来た。頭の痛みが、次第に引いていく。
しんどいが……何かを掴めた。
「――光を収束させてみた。光は集まれば熱になる。そんなイメージ」
ガスパールは俺の答えを聞いて、興味深そうに目を細めた。
「そりゃあ、光魔法の『レイ』に関連する発想だな」
――『レイ』ね。どうやら、特別な魔法ってわけでもないらしい。
まあ、魔法が存在する世界なら、当然こういう発想はあるよな。
現代知識を使ってイキれるような、そんな甘い世界じゃないってことか。
そんなことを考えている間に、ガスパールが壁の方へ歩いていく。
白線が当たっていた場所へ指を伸ばし、壁の板に触れた。
焦げ跡は浅く、穴が開くほどじゃない。
けど、爪の先で引っかくようにして確かめたガスパールが、考え込むような顔をする。
「殺しには使えんが、強い目潰しにはなる。さらには大して訓練せずにこれか……」
押し黙るガスパールに、ハリスがすぐ口を挟む。
「おい。それで使えるのか?」
「使える」
即答だ。迷いももったいぶりもない。
ガスパールは壁から手を離し、そのままハリスへ振り返る。
「この嬢ちゃん、俺に預けろ。なかなか見込みがある。魔力を感じないのは気になるが、それはどうでもいい」
どうでもいいのかよ。
いや、まあ、理屈より魔法が出るほうが大切って考え方っぽいし、それでいいんだろうけどな。
ガスパールは次に俺の方へ近づいてきた。
さっきまで壁を見ていた赤い目が、今度は値踏みするみたいにこっちを見る。
「照明魔法ってのは、魔法使いならほとんどが使える魔法でもある。こんな感じだ」
ガスパールが腕を挙げると、手が発光し始めた。
それは火を連想させるような、そんな温かい光を思わせる。俺の白い光とは別物のように見える。
「だが――嬢ちゃんのように収束して、一点に集めて焼くってのは難しい。というか、俺にはできん」
ガスパールは壁に手を向けて、照明の光を絞るように細めていくが――ただ細めただけだ。
懐中電灯で光を絞るモードを使っているだけ。そんな感じだな。壁を焼くことなんて、無理だろう。
「……魔力ではないのは気になるが、才能があるってことだ。実に教えがいがある。それに、俺は金が欲しいんでな。少々厳しくお前を鍛えることにするが、耐えられるか?」
最初に褒めて、その後に覚悟を求めるってか? 人をその気にさせるのが上手いじゃないか。
まっ、そんな乗せるようなことを言われなくても、最初から答えは決まっているけどな。
「やるしかないでしょ。俺も組織に価値を証明しないといけない。遊びでやってるわけじゃないんだよ」
そう言い切ってやると、ガスパールはふっと口の端を上げた。
「その意気込みならよし」
それから、ハリスへ向き直る。
「ハリス。お前の手駒を育ててやる。約束の金は、いつでも払えるようにしておけ」
「金ならある。もし俺の想像以上の出来になるようだったら、追加で払ってやってもいい」
そんなやり取りを聞きながら、俺は黙って自分の右手を見た。
ついさっきまで光を束ねていた手だ。
――やる気が出るのは結構なことだが、行く先は殺し屋か? ……笑えない話だ。
だが、それでいい……クソみたいな末路を辿ることになるかもしれないが、やってやる!
せめて金を自由に使えるような、そんな立場までなり上がる。人間と呼べるのは、それが最低限だ。
頭に浮かぶのはアレンとシエラだった。
アレンはもう、無理だろう……あいつも俺と同じで、後戻りができない所まで踏み込んじまってる。
けど、せめてシエラは別だ。役割は与えたが、まだ取り返しはつく場所にいるはず……たとえ親の咎の巻き添えを喰らって、スラムに落ちたのだとしてもだ。
――シエラを日の当たる場所に返してやる。それが、今の俺の目標だ。
そんなことを考えながら、もう一度、自分の手を見る。
この手は……綺麗に洗ったはずなのに、まだ殺しの時の血がこびりついているような気がした。




