十話:光を絞る
光明が見えたところで、ここで一つ現実の話をしておくべきだ。
「こうなったらシエラにも最低限は働いてもらわないとな」
「働く?」
きょとんとした顔で、シエラが首を傾げる。
「俺たちの身の回りの世話とか、そういうのでいい。水を汲むとか、布をまとめるとか、そのへんだ」
シエラは少し不安そうに目を瞬かせた。
無理もないか。ずっと守られて来たような子に、いきなり働けと言えばこうもなる。
だが、ここは曖昧にしない方がいい。
「ガキどもを詰め込んでた天幕は、クソはクソだが、あれでも一応はガキを保護してた。それは分かるな?」
「うん。苦しくて、悲しくて、みんな嫌になってた……でも、ごはんは出てた」
「そうだ。俺たちはその括りから外れた。組織の庇護下にはあるだろうが、保護はされないだろう」
マフィアが穀潰しなんて置いておくはずないからな。自らの価値を示し続ける必要がある。
そうなるとシエラが浮く。俺とアレンは必死扱いて働かないといけないが、シエラはここで一人待つだけの生活になってしまう。
だが、この部屋を使えるならどうだ? 少しはやるべきことも見えてくる。
「俺とアレンは組織の構成員になり、食い扶持を得なければならない。働きもしない者を喰わせてくれるわけないからな。そうなるとシエラはどうなる? 何もすることなくこの部屋で一人過ごすつもりか?」
そう言ってやれば、シエラの顔が曇る。
少し厳しいことを言っている自覚はあるが、ここをぼかしては駄目だ。
「シエラはまず、この部屋から始めるんだ。そして慣れたら雑用でもなんでもいいから、組織の仕事を手伝うと言って、仕事場に潜り込む。そうすれば、空気の変化や相手の感情くらいは拾えるだろ? 何を企んでるかまでは無理でも、先を知る手掛かりにはなる」
シエラという手札を使うには、それが一番のはずだ。
組織の空気感を察知して次の行動を決める。それなら、ただ守られるだけの存在ではなく、役目を与えることができる。
「……シエラの力を使うには、それが一番だね」
「ああ。この部屋を与えられたってだけで調子に乗っては駄目だ。何が起こるか分からないからな。でも、シエラの力を使えれば――」
アレンの言葉に同意して、そして二人でシエラを見る。
この空気を理解したのか、シエラは真剣な表情でこくりと頷いた。
「分かった。それなら頑張ってみる!」
「よし! それでいい。これで方針は決まったな」
これは保険でもある。俺とアレンが失敗して死んじまっても、価値を示せばシエラだけでも生きる目が生まれる。
……まあ、これは流石に言えないが。
「話はこれで終わりだ。今日のところはこれで休もう。明日は魔術師との顔合わせもあるらしいし、アレンも何か仕事が回されるだろう」
こうして衝撃的な出来事が起きた一日が終わった。
今日だけはお客さん扱いなのか、飯は部屋に運ばれ、飲料水が入った水桶もそのときに交換される。
日が暮れたらすぐにベッドイン。二つあるベッドは俺と兄妹という分け方をした。
久々のベッドでの就寝。それは睡魔を呼び寄せるのに十分すぎるものだった――。
◇
翌朝。呼び出しがかかった。
呼ばれたのは俺一人、魔術師を呼ぶという話についてだろう。
案内されたのは、比較的上等な個室だった。板で仕切っただけの粗末な部屋とは違うと一目で分かる。
そこにいたのは上役であるハリスと、初めて見る男だ。
男は古びた椅子に腰を掛け、脚をテーブルに投げ出していた。
くたびれた上着。指先には煤みたいな汚れ。寝不足みたいに赤い目。けど、こっちを見る視線だけはやけに鋭い。
「ハリスさん。この人は?」
「さん付けはいらねぇよ。そんな上等な関係じゃない。ハリスとそのまま呼べ。こっちはガスパール。お前の力を調べさせる。これでも組織が抱える凄腕の魔術師様だ」
「よせよハリス。魔術師崩れに向かって様付けをするもんじゃない。俺は単なるはぐれ魔法使いさ」
ガスパールと呼ばれた男は自嘲するようにそう言った。
そして、すぐに本題へと話は移る。
「まずは魔法を見ないと話にならん。光らせてみろ。それがお前の魔法と聞いている」
いきなりの実践か。話が早くて助かるね。
意識を集中――来た、これだな。手から伸びた白い閃きが、部屋の一点を明るく照らす。
昨日使った指向性を持たせた光だ。維持できる時間は……十秒もない。
「光魔法だな……もう一回やれ」
「すぐには無理」
「なら時間をやる。使えるようになったら、すぐにやれ」
どうやら持続させることがお望みらしい。
意識を内側へ向けると、不思議な感覚が戻って来た。
同じようにして、もう一度照射する。
「……何か変だな。そのまま光らせろ」
ガスパールがそう言って近づいてくる。
「身体を改めさせてもらう。そのまま魔法を続けろ」
そうして身体検査が始まった。
最初は首筋に指が当たり、次は滑るように左胸の上から掌が押し当てられた。
そこで一回持続が途切れて、しばしの休みを入れてまた照射。脈を取るように手首に触れてから脇まで、最後はこめかみから後頭部へ指が滑る。
「……」
「何か分かった?」
「喋るな」
命令口調は気に食わないが黙って従う。
その顔を見れば、困惑しているような顔だ。なんだこの表情は? 変なことでもあるのか?
しばらくして、ようやく手が離れる。
「魔力を感じない」
その言葉を受けて、ハリスが眉をしかめた。
「感じない? 魔法を使ってるのにか?」
「ああ、まるで感じない。だが、魔法が出てるのは確かだ」
ガスパールは自分の指先を見て、軽く舌打ちした。
「まるで分からん」
分からんの? 俺のチート能力って魔法じゃなかった?
複雑な気分になりながらも、黙って話を聞く。
「魔法が使えるならそれでいい。だが、それでお前が指導する意味はあるか?」
ハリスの懸念はもっともだ。
俺の魔法は魔法なのに魔力がない――となれば、ガスパールの指導に意味があるかどうかって話になってくる。
その問いに対して、ガスパールは肩をすくめる。
「現象は出てる。なら問題ないだろうさ」
「つまり指導はできるということだな?」
「そういうことだ。それに、コイツがモノにならん限り、大した報酬も得られんだろう? なら、やってみるさ」
そう言って、今度は俺へ向き直る。
「お前、自分で中を覗いた時、何か引っかかるものはあるか」
「中って言われてもね」
「胸でも頭でも腹でもいい。光らせる時にどこか感じるものがあるはずだ」
感じるものねぇ……まあ、やってみるか。
魔法を使う時の感覚が、これか……で、引っかかるものとなると……ん、確かに何かがあるな。
でも、中というよりは――。
「自分の中にあるってより、外? どっかに引っかけてるような、そんな感じ?」
「外だと? ……まあいい。感じるんだな?」
「うん。それは確か」
ガスパールは首をひねりはしたが、そこで止まる気はないらしい。
「ならそれでいい。何か感じるもんがあるなら、それを魔力ってことにして扱えばいい」
「そんなんでいいの? 魔力とか魔法って、そんな適当?」
「魔法なんて結果が出ればいいんだ。御大層な理論なんてどうでもいい」
どうやら魔法式とか、そういう理屈を積み上げるタイプではなく、感覚派でなりたつ世界のようである。
でも、実際に感覚で出せるからな。難しいお勉強をしなくていいのは、楽だから別にいいか。
「今できる中で、何か特別な使い方はあるか?」
「いや……特には……」
「なら考えろ。そして思い浮かぶならやってみろ。魔法ってのは、テキスト読んだり、誰かの言いなりになって覚えるもんじゃない。感じるものだからだ」
魔法はイメージが大切って世界なら、そうなるな。
なら、ここはシンプルに考える。光と聞いて思い浮かぶものをやればいい。
となれば、これはどうだ? 広げるんじゃなく、絞る。散らすんじゃなく、集める。
言ってみれば、収束させてのレーザーだ。
それをイメージしてみれば――なんか、出来そうな気がしてきたぞ。




