第八話 章末、残照。
「死那。あのご褒美って記憶保持よね」
「そうね。それがどうかした?」
ケロッとした顔で優雅に紅茶をすする死那。
私は手をあげようとした。
でも、止めた。
第一、力で敵わない。
それに、こうなったのは私の責任。
わざと突き放したのが間違いだった。
初めて顔を合わせたとき、橘は死那の霊力を微力ながら纏っていた。
その時点で何かしらされたんだろうとは感じていた。
その影響かわからないけれど、だから死那の使いの死神や死那本人に惹かれていったのだと思う。
正直、列車に降りても引き戻されていくのは分かってた。
……橘が私を釣るための餌だってことも。
だから、せめて忘れたままでいさせたかった。
……関わらなければよかった。
生半可な正義感で首を突っ込むんじゃなかった。
助けようと思うんじゃなかった。
「見守って」いればよかった。
たとえ、見殺しになるとしても。
何も知らないまま繰り返せさせればよかった。
――いや、違うだろ。
列車との魂の繋がりを断ち切ればよかっただけの話。
それをしなかった。
失敗したら、橘が死ぬから、怖くてやらなかった。
私は、自分も死那も憎む。
助けられなかった私も私だけれど、無関係な人たちを使って私の精神を削りに来る死那。
木偶人形にしたい死那。
言霊を使うと抵抗されて、自分に返ってくる可能性があるから使わない。
それを考慮するせいで関係ない人たちが巻き込まれていく。
このループを何とかしたい。
「……如月駅。降りないともう通りすぎるぞ」
「降りるわよ」
カチャッ。
ゴゴゴ……。
ガチャン。
列車の窓を大きく開ける。
ビュォォォォォ……。
強風が車内に入ってくる。
カツン、とゆっくり飛び降りた死那。
タッ、と軽く、素早く飛び降りた私。
急停車した後、この列車はまたすぐに動き出した。
それは、橘が戻ってきた証拠でもあった。
無事に着地できた私達。
「帰らないの?栞音」
「帰るに決まってる。アンタみたいなヤツとはさっさとおさらばしたいんでね」
背中を向け、去ろうとした。
が、引き留められた。
「二つ程、言うことがあるわ」
いつになく真剣な顔。
「一つ、いくら私の空間とはいえ、栞音の雷は残香が強い。あの忌々しい雷家の人間に捕まらないように気を付けなさい」
結構まともなことを言う。
「一つ、キヲクノカケラが落ちていたわ。私には必要ないし、あげるわ」
右手を引っ張られ、手の上にそっと置かれた。
置かれた瞬間分かった。
これは、橘のだ。
……心が死んだんだろうな。
「それだけ?じゃ、帰るから」
私は何も感じていないフリをして去った。
しばらく歩いてからだった。
……。
脳内に直接声が響いた。
死那とは違う、無機質な声。
私と、同じ声。
――君は葬儀屋。
人の命がゴミのように捨てられる瞬間に立ち会うのが義務。
……。
巻き込まれた一般人が死のうと、囚われようと、関係ない。
……違う。
誰が死のうと、消えようと、ただ葬列の「観測者」として人の死を見ていくだけ。
違うッ!
私は確かに葬儀屋だ。
でも、私のせいで運命が歪んだ人達の命を軽視できない!
……ふーん、そっか。
でも、それ、いつまで続くかな?
フッと声が消えた。
バッと振り向く。
当然ながら、誰もいない。
「気のせいか」
そう呟き、今度こそ去った。
栞音が去る背中を見届けた私。
「次に会う時が楽しみだわ、私の栞音」
風がふわりと吹いた。
そして、視線の先に一人の人物が立っている。
「あら、灯じゃないの。迎えに来てくれたの?」
コクリ、と頷く。
「ありがとう。そういえば、あなたに頼みたいことがあるの」
不思議そうに首を傾げる。
「簡単な汚物掃除よ。あなたにしか任せられないの」
嬉しそうに目を輝かせる。
「じゃあ、行きましょうか」
風が強く吹いた。
先刻、如月駅前。
「スミマセン堤さん。こっちも情報なしです……」
しょげた顔をする部下の久遠。
「おい、この程度でしょげていたら行方不明者の家族に顔向けできない。切り替えていくぞ」
「は、はいっ」
最近、行方不明者が異様に多い。
しかも、この如月駅前が最後の目撃ばかり。
ただ、先ほど行方不明となった橘蒼さんの母親――橘麦さんの証言だけ違っていた。
「さっきまで確かに部屋にいたのに、最初からいなかったみたいに忽然と姿を消していた」というもの。
如月駅前で倒れた後、確かに目を覚ましたのに。
俺は必死に頭を回転させていた。
「おい、久遠。次は駅員に話を聞きに行く。ついてこい」
そういった瞬間、久遠が「わっ」と制帽を強く抑えた。
「今、列車が通りましたね。何だか物寂しい気がします」
呆れた。
「何を言っているんだ。今は列車の通る時間ではない。第一、ここは駅だ。通るハズがない」
ご丁寧に各駅停車だしな。
「あれ?」
久遠が振り返る。
しかし、そこにはただ静かで空虚な空間だけが或るだけだった。




