360.フレンチトーストの違いとその原因
そんなテリルさんに対し、ヴェルドさんが呆れたようにため息をつく。
けれど――その手は、しっかりとフォークを伸ばしていた。
(……あ、食べるんだ)
思わず、小さく笑みがこぼれる。
誰もが口々に感想を言いながら、次々と手を伸ばしていく。
気づけば皿の上のフレンチトーストは、あっという間に姿を消していた。
甘い一皿と、塩気のある一皿。
同じ名前の料理でありながら、まったく異なる味わい。
それでも――どちらも、見事に食べ尽くされている。
その光景を眺めながら、ふと息をついたその時。
ベーコンとチーズのフレンチトーストをひと口食べたヴィオレッタ様が、明るい声を上げた。
「やはり……オリバーのフレンチトーストは絶品ですわね!」
満足そうに頬を緩める。
そして、そっと息を吐いた。
「わが家のフレンチトーストは……オリバーが作ったものとは、ずいぶん違いますわね」
「申し訳ございません。グレスフォード家の料理人たちも頑張ってくれているのですが……」
フレイヤ様が、どこか申し訳なさそうに視線を伏せる。
その空気を破るように、テリルさんがぱっと顔を上げた。
「グレスフォード家でもフレンチトーストを食べてるんすか!?」
思わぬ方向からの食いつきに、場の空気が少し和らぐ。
他の面々も、興味深そうにヴィオレッタ様へ視線を向けた。
「前回ヴィオレッタ様たちがいらした際に、ティアナがフレンチトーストのレシピをお渡ししたのです」
ミランダお姉様が、補足するように口を開く。
私は軽く頷き、それに同意した。
「よろしければ、シルヴィア様にもレシピをお渡しいたします」
その言葉に、シルヴィア様はもちろん、テリルさんやヴェルドさんもぱっと表情を明るくする。
「ただ……」
私はフレイヤ様へと視線を向けた。
「その後、グレスフォード家の厨房や料理人たちの様子はいかがですか?
先ほどのお話ですと、どうやら何か問題がありそうですが」
私の問いかけに、フレイヤ様は「はい」と深く頷く。
「いただいたレシピの内容を伝え、グレスフォード家の料理人にフレンチトーストを作ってもらったのですが――」
視線を落とし、気まずそうに言葉を続けた。
「焦げてしまったり……卵液に浸しても、うまく全体に染み込まなかったり、形が崩れてしまうことも多くて……」
私は小さく頷きながら、思考を巡らせる。
そして、いくつかの可能性を挙げた。
「お話を伺う限りですと――火加減が強すぎることと、卵液の混ぜ方が不十分なことが原因かもしれません」
「火加減と……卵液、ですか?」
フレイヤ様が不安げに問い返す。
「はい。外側だけ先に焼けてしまうと、中まで火が通る前に焦げてしまいますし――卵液も、しっかり混ざっていないと染み込みにムラが出てしまいます」
そこで、ひと呼吸置く。
「それともう一点、確認させてください。どのようなパンをお使いでしょうか?」
「パン、ですか?」
意外そうに目を瞬かせたあと、フレイヤ様はすぐに答えた。
「ウィルソールで手に入る中で、最も質の良いものを使用しております。
このブリオッシュには及びませんが……とてもふんわりとしたパンです」
「……なるほど」
私は思わず、苦笑を浮かべる。
「おそらくそれが、崩れてしまう原因ですね」
「えっ……?」
フレイヤ様が目を見開いた。
「申し訳ございません。レシピには“長めに浸す”と記載していたと思うのですが――」
視線をそっと落としながら、続ける。
「それは、一般的によく使われる――少し硬めのパンを想定したものだったのです」
「……!」
フレイヤ様の表情が、はっと変わる。
「では……パンが柔らかいほど、同じように浸してはいけない……?」
「はい。柔らかいパンほど卵液を吸いやすいので、長く浸しすぎると形が崩れやすくなります」
私は、先ほどのフレンチトーストへと視線を向けた。
「逆に、ある程度しっかりしたパンであれば、長めに浸すことで中までしっかり染み込み、より美味しく仕上がるのです」
そこまで言うと、察したオリバーがボウルに入った卵液を差し出してくれた。
私はそれを受け取り、再びブリオッシュを浸す。
「ふんわりしたパンなら、片面五分ほどでも十分に染み込みます」
フレイヤ様は目をぱちくりとさせたあと、「あっ!」と声を上げた。
「そう言われれば……先ほどいただいたフレンチトーストは、短時間しか浸していませんでしたね」
「ええ」
私は笑顔で頷く。
「ふんわりしたパンでも長時間浸すこと自体は可能ですが……崩れやすくなるため、扱いには注意が必要です」
「……なるほど……」
フレイヤ様は、ゆっくりと頷いた。
「良いパンを使えば、より美味しくなると思っておりましたが……そう単純な話ではないのですね」
「ええ」
私は静かに微笑む。
「素材の良し悪しだけではなく、その特性に合わせた調理が必要になるんです」




