359.甘い誘惑と、危険な一皿
「な……なんなんすか……これ……っ!」
フレンチトーストをひと口食べたテリルさんが、目を見開いたまま皿を見つめる。
思わず声が漏れた――そんな様子だった。
そんな彼女を見て、ミランダお姉様はふふんと得意げに笑う。
「すごいでしょ? ブリオッシュはそのまま食べても美味しいけど、フレンチトーストにすると格別だと思わない?」
その言葉に同意するように、テリルさんは勢いよく首を縦に振る。
――が、すぐにもう一切れを口へ運ぶ。
……返事どころではないらしい。
外はこんがりと香ばしく焼かれているのに、中はしっとりとやわらかい。
そこに卵とミルクの優しい甘みがじんわりと染み込み――噛むたびに、じゅわりと旨味が広がっていく。
「本当に……すごいですわね」
代わりに答えたのは、シルヴィア様だった。
彼女はナイフで小さく切り分けた一切れを口に運び、ゆっくりと噛み締める。
その動作すら、どこか優雅で美しい。
「ブリオッシュをそのままいただいた時も……そのやわらかさに驚きましたが」
ふわり、と頬が緩む。
「フレンチトーストにすると、さらにやわらかく――まるで口の中でとろけるようですわ」
その言葉に、他の面々も次々と口に運び始める。
「……うわ、これ……っ!」
「外側の香ばしさが、いいアクセントになっていますね」
「このソースも……酸味があって、ちょうど良いですわ」
それぞれが思い思いに感想を口にしながら、フォークを進めていく。
気づけば――皿の上のフレンチトーストは、あっという間にその数を減らしていた。
……うん、いい食べっぷり。
私はその様子を見ながら、小さく息をつく。
どうやらこの一皿も、しっかり気に入ってもらえたみたいだ。
――でもね?
「お待たせいたしました」
オリバーが、新たな皿を差し出す。
表面はこんがりと焼かれ、香ばしい焼き色。
その隙間から、とろりと溶けたチーズが顔を覗かせている。
ベーコンの香りと、焼けたパンの香ばしさが重なり――食欲を容赦なく刺激してくる。
追加で用意した、ベーコンとチーズのフレンチトーストだ。
……テリルさんの喉が、ごくりと鳴った。
彼女の尻尾が、再びぶんぶんと勢いよく揺れ出す。
エステルさんが静かに、小さめにカットされたひと皿をシルヴィア様の前へと置いた。
「こちらも、とても美味しそう……! 香りがすごいですわね」
「……香りだけでも、もう反則っす……」
耐えきれないといった様子で、テリルさんが呟く。
「ふふ、では……いただきますわ」
シルヴィア様がナイフでひと口大に切り分け、ゆっくりとフォークで持ち上げる。
そのまま、静かに口へ運んだ。
「――っ」
ほんのわずかに、目が見開かれる。
次の瞬間――
「……これは……とても危険ですわね」
静かに、けれどはっきりとそう言った。
「危険、ですか?」
フレイヤ様が首を傾げる。
「ええ。気をつけなければ……いくらでも食べてしまいそうですもの」
くすり、と微笑む。
ヴィオレッタ様も、深く頷いた。
「ベーコンの塩気とチーズのコクが絶妙に重なって……甘くはないのに、なぜか止まらなくなりますわよね」
「それっす!!」
テリルさんが勢いよく声を上げた。
「さっきの甘いやつもめちゃくちゃ美味しかったっすけど、これは――」
もう一口、勢いよく頬張る。
「これは別の意味でヤバいっす!!」
外側はカリッと香ばしく、中はふんわりとやわらかい。
そこにベーコンの旨味がじゅわりと広がり、チーズの濃厚なコクが後を追いかける。
噛むたびに、塩気と旨味が重なり合って――次のひと口を求めずにはいられない。
「……本当に、まったく違う味わいですね」
エステルさんも、感心したように頷く。
「ええ、同じフレンチトーストとは思えないほどですわ」
シルヴィア様が華やかな笑顔を見せる。
その言葉に、皆が同意するように頷いた。
「甘いものと、こうした食事向けのもの……」
フォークを軽く持ち上げ、ミランダお姉様が微笑む。
「どちらも選べないのが、悩ましいところですわよね?」
「だから両方食べるんすよ!」
テリルさんが、即座に言い返した。




