王道悪役令嬢は、過去にひたる
「あ、ここだったんだ」
森を抜けるとそこは見慣れた公園だった。城下町のメインストリートから少し離れたところに位置し、子どもたちやその親だろう、楽しそうに遊んだり、喋っている。
制服についた葉っぱや小枝を払い落とす。ここからなら自力で屋敷まで歩いて帰れる。思わずほっとした。富士の樹海のような所なら、どうしようかと思っていたわよ。
「しかし・・・・」
ひとりって久しぶりかもしんない。
公園内に備え付けられてあった石でできたベンチに腰掛けると、自然とほっと息が出てきた。冷たくて気持ち良い。
抜け出してきた学園が夏祭りまっただ中だった通り、今は夏。この世界には四季が存在するのだ。
風がそよりと吹く。目を閉じると、顔にあたって頬の熱を冷やしてくれるのが分かった。学園で王子に迫られ、スフレ君に助けてもらったあげく、彼にも迫られーーあのドタバタがどこか嘘のようだ。
うーん、のんびりだなぁ。
「マドレーヌ! マドレーヌ=ホップ=アッサム! 見つけたぞ!!」
「ひっ!?」
せっかくのんびり、まったりに浸っていたのに、そこには息をはずませ、鬼のような形相をしたガトー先生が立っていた。
「ど、ど、どうして先生がここに!?」
「どうしてではない!王子からお前が男に攫われたと連絡を受けたのだ!兵を使って町中を探し回らせていたのだが、ようやく見つけたぞ!」
「いや、あの、まぁ、色々とございまして」
「お前を攫った男はどうした!?どこへ行った!?」
「いや、その、どこかへ行ってしましました」
「本当なのか!?なぜお前を攫ったんだ!?」
「わ、分かりません」
「本当か?嘘は言っていないな?庇ってもいないな?」
「なんでそんなに疑うんですか?本当ですってば」
嘘は言ってない。私の願いを叶えるべく、出立しただけだ。
「・・・そうか。すまない。
お前が攫われたと聞いて、気が動転してな。とにかく無事で良かった」
「ありがとうございます」
先生、心なしか涙ぐんでない?あの怖い先生が、と、ちょっと感動する。
最も、ガトー先生ルートに入ると、その怖さが一転。所謂ツンデレキャラというやつだ。
「とにかく詳しい話は後日聞くとして、今は屋敷まで送っていこう。
ああ、そうだ、ちょっと待ってくれないか」
「はい?」
立ち上がろうとした私を制止、空に向けてピィっとひとつ、指笛を吹いた。
「さぁ、行こう。屋敷まで歩けるか?」
「はい」
前にもちらりと言ったけど、ガトー先生は、現国王の弟で、国に関する裏の仕事、諜報活動を一手に引き受けるという仕事を行っている。
潜入活動や、噂から証拠を集め、貴族の違法行為を取り締まることもある。今の指笛は配下の者への捜索終了の合図、と、これまたガトー先生ルートのエピソードでもあった。
ちなみに、スフレ君とは言わばライバル関係にあるのだが、お互いその存在には気がついていない。
ガトー先生は私の手を取ると、そのまま歩きだす。あまりに自然に手を握るので、拒絶するのも躊躇われ、そのままにした。
長身である先生は当然脚も長いのだが、歩くスピードは私のそれに合わせてくれているようだ。
「マドレーヌ」
「はい」
「“世界のケーキ作り”の件なのだが・・」
あああ!すっかり忘れてた!そんなイベント確かにあった!
「・・・すまない。言い訳になるが、ここのところ何かと忙しく、お前の力になってやれていない」
「そんなこと仰らないで下さい。
そもそもあの時、お忙しい先生を、パートナーに選んでしまった私が悪いんですわ」
「それは違う!」
「え?」
ぐいっと手を引かれ、真正面から見据えられる。私を見下ろす先生の瞳はやはり真剣だ。
「お前がとっさとはいえ、私をパートナーに選んでくれて、どれほど嬉しかったか。
学園をお前が休んだ時は、いてもたってもいられず屋敷にまで押しかけた。そこで私は・・・」
あー。あのことか。なんだかえらく遠い昔のような気がするが、実際2ヶ月ほどしか経っていない。
「本当にすまなかったと思っている。あの後私は深く反省した。そうして出来るだけお前に、学園に近づかないようにした。
お前を見たら、今度こそ自分でも何をするか分からない。それが恐ろしかった」
「・・・・・」
「それが結果的に“世界のケーキ作り”のパートナーとしての役目から遠のくことになり、お前に迷惑をかけてしまった。
一重に私の力不足のせいだ。申し訳なかった」
ガトー先生は真面目だ。いっそ被害者は先生の方なのに。
私はにっこりと微笑んだ。
「屋敷でのことは、もう気にしておりません。ウエハース殿下に事の詳細はお聞きしましたわ。先生は言わば被害者、気に病まれることもありません」
「・・・マドレーヌ、私を許してくれるのか」
「勿論ですわ。先生は何も悪いことをなさっておりませんもの」
「マドレーヌ」
何を思ったのか先生は私の手を取ったまま、石畳の道にそのまま跪いた。
恭しく私の手を握り直す。
思わぬ出来事に目を見張る私に、これまた思わぬ出来事が怒った。
そっと手の甲に口づけを落とし、
「私、ガトー=ダージリンは、そなた、マドレーヌ=ホップ=アッサムに生涯の忠誠と愛を誓おう」
・・・はい?
この場面、騎士とお姫様が出てくる物語ではよくある、臣従儀礼の一種なのでは?
しかもここ、街中なんですけど。
周りを見ると、何事かと街の人たちがぞろぞろと集まって来ている。
ぎゃー!注目の的だしっ!
「あ、あの先生、お言葉は大変有り難いのですが、ここは街中でして・・・」
「すまないが私は頑固でな。君が忠誠を受けてくれるまで、この手を離さない」
脅迫かよ!!
「ですから、先生は現在、正常な思考能力を失っておられるんですってば!」
「確かに君の言う通り、私は“執心者”だろう。
だが、それを私は幸運に思っている。君のような女性は他にはいない」
「み、皆さん同じようなことを仰っています」
「なに!?皆とは誰だ!?
そ、そうか、確かに現“女神”にも夫は4人、他にも私と同じような夫候補がいてもおかしくないということだな。
なら、尚更、この忠誠と愛を受け取ってくれるまで、私はここを動かない」
面倒くさっ!ああ、面倒くさいよ、この人。でもって、久々に「面倒くさい」が言えたよ!
一難去ってまた一難。もう、“一難”どころじゃないか。
私はげんなりして、
「ああ、もう分かりました。だから、それ辞めて下さい。恥ずかしいです」
「・・・・分かった」
先生は満足そうにうなずくと、すっくと立ち上がった。
「・・・・疲れた」
私は現世何度目かの自室のベッドに突っ伏すという儀式を行っていた。
確かに逆ハーは魅力的だ。だけれどそれは現実ではあり得ないと思っていたから。夢物語だからこそ無邪気に憧れられる。
それがいざ現実になると、こうも疲れるものなのか。ぶっちゃけ心労が酷すぎて、優越感すら湧かない。
加えて、気をぬいたら、無理矢理にでも、ごにょごにょされそうだし。
イケメンで、なんて贅沢は言わない。せめて転生前に唯一の人、ひとりと出会い、愛し愛されたかった。
ただ、それだけだった。それが素直な気持ちだった。
前世の私は幼い頃に両親を亡くしている。それは事故だったのか病気だったのかハッキリ覚えていない。物心ついた頃には祖父母に育てられていた。祖父母は愛情一杯に私を育ててくれた。だけれどやはり両親がいない寂しさが、心のどこかにあった。
中学生の時に祖父が亡くなり、後を追うようにして1年後、祖母も他界した。主立った親戚もいなかったため、児童養護施設に預けられ、18歳の時に施設を出た。
バイトを転々としながらも、時々、施設に戻っては園長先生や、子どもたちと楽しく過ごす。でも、家に帰れば当然ひとり。ひとりで生きていかなければならなかった。
生活費を稼ぐのに忙しくて、彼氏を作る暇などない。仲良くなった男性はいたけれど、あくまでも友達止まりだった。
25歳の時にやっと就職したけれど、ひとりでいることに慣れすぎて、人に、男性に頼る術が分からなかった。弱みを見せることなんてできない。そんな私を女として見て、愛してくれる人がどこにいるだろう。
手に入らないと分かると余計に欲しくなるのが人情で、あの頃は、私を女として愛してほしいと、もはや渇望していたといっても良い。
だから、30歳になった時、正直少し肩の力が抜けた気がしたのだ。何かが少し変わった気がした。その矢先、私は亡くなった。
ぼんやりと思い出す。なぜこんなにも転生前の記憶が残っているのか分からない。
もしや、愛されたいと望みすぎてしまったのだろうか。
寂しいと、私はいつまでひとりでいれば良いのだろうと、前世では夢の中でまで思っていた。
神様はとても優しい。これほど家族に愛される娘として今回は生まれてくることができたのだから。
だけれど、同時にとても残酷だ。唯一の人と愛し愛される。そこまで望むのは、贅沢なことなのだろうか。




