王道悪役令嬢は、兄と二人で夕食を食べる
「来たね、マドレーヌ。じゃあ、食事を始めようか」
「あら、お父様とお母様はいらっしゃらないのですか?」
いつの間にやら眠っていたのを、夕食だからと起こしてくれたのは侍女のカヌレだった。制服のまま眠っていたものだから、怒られ半分、飽きられ半分、簡易のコルセットとワンピースに着替えさせてくれた。
夕食はできるかぎり家族全員で摂ることになっている。食堂へ行くと、兄だけが席に座っており、両親の姿がない。
席につき、ナプキンを膝の上へと置くと、
「今日は夜会があるからって、昨日言っていたの、忘れていたかい?」
「ああ、そういえば」
そんなことを聞いたような、聞かなかったような。
前菜の皿が恭しく私の前に置かれる。お世辞抜きでご飯は美味しい。
「君は器用だね、マドレーヌ。それ、箸と言ったかな?」
「ああ、はい。そうですわ、お兄様」
前世の記憶が戻ってからというもの、どうもナイフにフォークというのはしっくりこず、出入りの細工職人にお願いして作ってもらったのがMY箸だ。
最初は庭に落ちていた小枝を2本拾い、煮沸消毒をして使っていたが、家族には不思議がられ、気味悪がられてしまった。
だが、私が一向に箸の使用を辞めず、本で読んだ東の国の道具だと説明すると、なぜか父が殊更に感心し、せっかくだからと出入りの職人に命じてそれ相応の物を家族分作らせたというわけだ。私が言うのも何だけど、娘には実にあまい。
しかし、いかせん今のところお箸を使いこなせるのは私のみである。
「マドレーヌ、少し・・・・いいかな?」
「はい?」
次はスープだ。少し甘みがあって、これまた美味しい。
さすがにこれは、スプーンですくって口へと運ぶ。
「今日、夏祭り終了後、ウエハースから全てを聞いた」
「ぶっ!?」
「お、お嬢様!?」
思わずはき出してしまった。侍従たちが慌てる。
ああ、勿体ない! じゃなかった、どこまで聞いたんだ、こやつ。
ナプキンで口元を拭き拭き、令嬢スマイルを浮かべる。
「君のその・・・力の話を聞いた。そして、ウエハースが“それ”なのだとも聞いた。また、僕もそうなのだと」
侍従たちの前である。言葉を濁してくれるのは有り難い。
「そうですか」
「ウエハースがひどく落ち込んでいたよ。あんな彼を見るのは初めてだ。一体何があったんだい?」
さすがにそこは誤魔化したか、王子よ。
「それは、いくらお兄様にでも、申し上げられませんわ」
「・・・・」
「殿下と私の名誉のためにも」
あなたの親友に襲われそうになりました、なんて言えるはずもない。しかも、興味津々、実は聞き耳をたてているであろう、皆の前で。
「・・・分かった。これ以上は聞かない。だが、マドレーヌ、もうひとつ聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「君は知っていたのではないか? 君自身の出生の秘密を」
「・・・」
だから、侍従たちが興味津々聞いてるんだってば。兄は根っからの貴族育ちだからその辺りが分からない。
娯楽が少ない貴族社会で、ゴシップなんて、彼らたちには格好のネタだろう。
私はコホンとひとつ咳払いをし、
「出生の秘密とは何のことでしょう?
私をお母様が産んで下さる時、えらく難産で、お母様が命を落とすところだった、ということは聞いておりますが」
「・・・そうか」
「それ以外に、私に秘密なんてありますの?」
「いや、すまない。何でもない。
・・・食事を続けようか」
王子が何と言ったかは知らないが、私は兄と私が実の兄妹ではないと知っている。
兄もそれに気付いているのだろう。だが、そのことを堂々と認めたならば、兄はどうするのか。
今でこそ、これ以上触れると寄宿所へ入ると脅しているから、スキンシップという名目のベタベタは少なくなっている。
だが、今度こそ堂々と迫ってくるのだろうか。いつだか馬車の中で「遠慮はもうしない」なんて言ってたし。
無論、ずっとこのままにするつもりはない。兄も“女神”の力の被害者のひとりなのだから。ただ、何とか良い解決策を見つけるまでは、現“豊穣の女神”に会うまでは、もう少し待っていてもらいたい。
「お嬢様」
そこへふと、侍従長がやって来る。彼は白髪交じりの上品なおじ様で、昔から家に仕えてくれている、信頼のおける人物だ。
「これを。今、使いの者が参りました。急ぎ、お嬢様にお渡し下さい、と」
「手紙?」
差し出されたそれを裏返すと、蜜蝋できっちりと封がされたその下に、差出人の名前があった。
「・・・セイロン=クラッカー・・・」
がしゃんっ!!
「フィナンシェさま!? どうかなさいましたか!?」
見れば、兄が食器を落としたらしい。心なしか蒼白になっている。
「いや、すまない。手が滑って」
「全て取り替えて参ります。少々お待ちください」
「いや、その必要はない。今日は気分が優れないから、僕はもう退散するとするよ」
「フィナンシェさま?」
心配する侍従たちを制し、兄は席を立つ。ちらりと私の方をどこか切なそうな瞳で見た。
「マドレーヌは、そのまま食事を続けてくれ」
どこからしら声が裏返っていたのは気のせいではあるまい。
動揺を隠しきれないといった風に、兄は部屋へと戻って行った。
おおよそラブレターだとでも思ったのかもしれない。
私は食事を終え、自室に戻ると、セイロンからの手紙を開けた。
内容を要約すると、こんな感じだ。
『昼間は本当に悪かった。だが、決して安易な気持ちであんなことをしたわけではない。俺はお前が好きだ。お前に嫌われたら生きてはいけない。頼むから嫌わないでくれ』うんぬん。
あら、いやだ。熱烈なラブレターじゃん。
嫌わないでくれって、無理矢理唇奪っといてそりゃないよなー。
でも、彼もまた被害者。
さて、返事を書こうか書くまいか。うーん。 しばし考え、
よし、保留!
生きていけないって、死なれてはさすがに困るが、許したら許したで、図に乗られても困る。なぜなら彼はワンコキャラ。
「っていうか、ここのところ、気の休まる時がないよなー。夏休みになったら、絶対別邸行こう」
そう固く心に決めた。
翌日、学園へ行こうか行くまいか迷ったが、両親に心配をかけるわけにもいかないので、登校した。
スフレ君は休みだったようだ。私のお願いのために、走り回っているのかもしれない。
教室内では、セイロンの心配そうな視線をずっと受け続け、廊下を歩けば歩いたで、今度はやたらと熱い視線を向けられる。ふり向けばガトー先生がこちらを見つめていた。
校庭で魔術実習の授業を受けていると、3年の教室からこちらを見ているウエハースと目が合い、帰ろうとすると颯爽と馬車が現れ、兄が変わらずにっこりと笑みながら、扉を開けてくれる。
私とは反し、シフォンは着々と“世界のケーキ作り”に向けて歩を進めているようだった。彼女はどこまで知っているのだろう。私と姉妹だと知っているのか。
もはや今の私にとっては、彼女こそ心の支えなのかもしれない。遠くから屈託なく笑う彼女の笑顔を見ていると心が癒やされた。
そうして3日、5日、1週間と日は過ぎていく。その間、スフレ君からは何の音沙汰もなく、また学園も休み続けているようだった。
やがて、待ちに待った夏休みがやってきた。
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