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王道悪役令嬢は、さらわれる

 おおよそ侯爵令嬢とは思えないぐらいの叫び声をあげたと同時に扉が開き、入ってきたのは顔の下半分を黒い布で覆った、逞しい、長身の男だった。

 今度は何なのよ!?


 「な、何者ーーうっ!」


 みなまで言わさず王子の首の後ろに手套を打ち込む。いくら不意打ちとはいえ、ウエハースは剣も魔術も一流だ。その彼をあっさり一撃で気絶させてしまう。


 「あ、あの」

 「早く!!」


 腕を引かれたと思いきや、そのまま膝の下にぐいんと腕が入り込む。所謂お姫様抱っこというヤツだ。


 彼は私を抱えると、何がどうなっているのか、部屋から出るのと同時に廊下の窓がさっと開く。素早く呪文を唱えたらしい。

 そのまま、身軽に窓を乗り越えーー


 「えええええ!?」


 こ、ここって学園の最上階なんですけどっ!

 落ちたのも一瞬、何を足場にしたのか分からない。ぐんっとひとつ大きく跳躍をする。


 「ひえぇええええ!!」


 半分目を回すこちらをよそに、彼は何度か跳躍を繰り返し、学園からの脱出に成功を果たした。




 「はぁ、はぁ、はぁ」


 私は全くもって動いてはいないのだが、息がきれる。精神的に疲労困憊なのだから仕方ない。いや、もう、心臓ドキドキものですわよ。

 彼が見事に着地したのは、森の中だった。ここは一体どこなのだろう。学園の敷地からは出ているだろうから、城下町のどこかだろうが、覚えがない。


 侯爵令嬢の何が不便ってこういうところだと思う。たまーにお忍びでカヌレや他の侍従たちと見聞と称して、町に遊びに行くことはあるが、足を運ぶのは専ら市場や商店が軒を連ねるところばかり。こういった自然あふれる場所には来ない。

 私はしゃがみ込み、男を見上げる。彼もこちらのペースに合わせてくれたようだ。息が整うのを見計らい、問うてきた。


 「無事ですか?」

 「は、はい。何とかギリギリ」


 その“無事”というのは、どこまでを指すのかは分からないが、少なくとも純血のままでいられた。有り難や、有り難や。


 「申し訳ありません。王子の行動には気をつけていたつもりなんですが・・・・」

 「いえ、うすうす感じながら、二人きりになった私にも責任があるんです。スフレさんのおかげで助かりました」

 「ーーー!?」


 緊張が走る。

 え? あああああ!


 「どうして? どうして僕だと知っているんですか」


 しまった。なんというミス。

 彼の今の姿は、普段のあのスフレ=プディング君とは明らかに違う。小柄で大きな眼鏡をかけ、本を抱え、少しだぼっとした制服を着ている彼とは違い、長身の逞しい、眼鏡もしていない姿だ。どこからどう見ても別人なのに、彼だと分かった。それは一重に、


 『スイーツ・プリンセス』では、あなた推しだったからですっ!


 とも言えず。

 この変身?の秘密があるから、スフレ君好きになったと言っても過言ではない。


 実は彼は隣国フォークーン皇国のスパイという設定だ。現魔術師長も彼の実の父親ではない。

 彼はもともと孤児であったが、その抜群の運動神経と魔力を見込まれ、スパイの長に拾われ、徹底的に技と知識を教え込まれた。魔力の調節で、今のように体を大きくさせる、伸縮自在な能力も手にいれた。

 10歳の時に現魔術師長の息子と入れ替わり、目的ーーこの国の内情をさぐるという任務についた。


 お菓子だのスイーツだのと、一見平和と言うか、生ぬるい世界観であったのに、スフレ君ルートでは、こんな殺伐とした過去とエピソードをぶち込んでくるあたりが凄い。


 最も、制作者側の狙い通り、私は見事にそれにハマった口である。

 おかげでスフレ君ルートは全キャラの中では、一番回ったもんな。

 しかし、今となってはその知識が裏目に出た。信じられないものでも見るかのような、呆然とした彼の視線。


 私は何と言って良いか分からず、視線をそらす。まさか、ここで「知った者はこのまま帰さぬ!」なんてことは・・・・ない・・・・よね?


 嫌だ。のんべんだらりと生きる私の将来設計は未だ健在なのだ。

 だらだらと、嫌な汗が出てくる中、緊張の糸を切ったのはスフレ君の方だった。


 「・・・さすが、“豊穣の女神”の後継者候補、といったところですね。全てお見通しなんですね」


 なぜか一人で納得し、口元を覆っていた黒い布をとる。

 幼く、甘い顔立ちだったスフレ君が、精悍な大人の男性になった、そんな感じである。


 「えと、あの・・・はい。皆には黙っていましたが・・・。私には分かるんです。

 ある条件の男性が“女神”の虜になるように、こちらも虜になった男性が分かる、と言いますか。姿は変わってもその方の持つ、魔力の色、のようなものは変わりませんから」

 「魔力の色・・・」


 勿論、嘘である。だけど、とっさにしたら、恐ろしくよく出来た嘘じゃない?自分を褒めたいぐらい。


 「ですから、姿は変わっても、あなた様だと人目でーー」

 「マドレーヌさん!」


 言い終わらぬうちに、ぎゅっと強い腕に抱きしめられる。

 「まさに、僕の“女神”だ」


 ・・・えーっと、あの、何だか相手がウエハースからスフレ君に変わっただけで、状況自体はあまり好転していない気がするんですが。気のせいでしょうか。


 そりゃスフレ君は推しキャラだけど、とりあえずまだ誰かと、どうこうなる気はない。

 こちらの困惑をよそに、彼は腕の力を強めてくる。私の顔を見てうっとり。王子と同じような熱に浮かされた瞳だ。


 「こうして抱きしめているだけで、僕は幸せです。体に力が溢れるようです。

 今なら僕は、何でもできる。約束します。あなたが欲すれば、何だって捧げる。あなたが拒否をすれば、何だって排除する。勿論、それは僕自身さえ、です」


 いやいやいや、もっと自分を大事にしましょうよ。


 「お願いします、僕の“女神”。どうか僕にお慈悲を下さい。この気持ちを、少しでもいいから汲み取っていただけないでしょうか。僕がどれだけあなたに恋い焦がれているか、あなたは全くおわかりではない」

 「あの、スフレさん、よくご存じかと思いますが、これは一種の魔術にかかってらっしゃるだけで、私のことを好いて下さっている、というのは気の迷いかと」

 「いいえ、いいえ!違います!!

 こんな気持ちになったのは、あなたが初めてなのです!」


 だから、それを魔術にかかってるって言うんだってば。

 あー、でもそっか。王子が確か、“女神”の能力からは逃れられないたら何たら言ってたな。言わば、彼らこそが被害者なのだ。


 だってそうだろう。“女神”から見れば“執心者”ーー現女神は全てを夫としたらしいが、その“執心者”の数だけ夫を持つことができる。だが、彼らからしてみたら妻はただひとり。そうして、妄信的に妻である“女神”を死ぬまで愛し続けることになるのだ。


 ーー死ぬまで?


 一瞬、ぞわりとした。この能力、すなわち特定の男性を虜とするこの魔術はどこまで続くのだろう。

 王子が言っていた“条件にあった男性”とは、即ち攻略対象キャラのことだと推察できる。だからこの先、ほこほこ旦那候補が出てくることはないと思うのだけど・・・。


 「あ、あの、スフレさん!」


 私はぐっと顔をあげて彼を見る。こうなったら申し訳ないが、この状況を逆に利用させていただくしかない。


 「“豊穣の女神”に会わせていただくことは不可能でしょうか?」

 「・・・え・・・」


 全てを知る人物。それは母であり、先輩にもあたる、現“豊穣の女神”である、その人しかいない。


 「今、私が欲するものは何でも捧げる、そう仰って下さいましたよね?

 私、どうしても“豊穣の女神”にお会いしたいんです。会って、直接お聞きしたいことがあるんです」

 「いや、でも・・・」

 「それとも、嘘なんですか?たった今仰って下さった言葉は私の気を引くための嘘だったのですか?」

 「そ、そんなことは!!」


 ごめんよ、スフレ君。私ひとりでは、到底“女神”に会うことなど不可能だろう。ここは、スパイとしての能力を培った君に頼るしかないんだ。


 「スフレさん、あなたが何者かは詳しくは存じません」


 と、一応言っておく。


 「ですが、私を助けて下さった身のこなしを見ると、ただ者ではないとお見受けしました。あなたなら私の望みを叶えて下さると思ったんですが・・・無理なのでしょうか?」

 「・・・・・っ!!」


 ここは儚げに、庇護欲をそそるように、下からじっと見つめるのがポイントだ。


 「分かりました!何とかします!!近いうちに必ずご連絡しますので、お屋敷でお待ち下さい!」


 私の手をぐっと握ったかと思うと、忍者のようにさっと飛び去った。


 ・・・ふっ。これじゃあ悪役令嬢じゃなくて、ただの悪女だよ。

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