王道悪役令嬢は、真実を知る
思いもかけない質問だった。
『“豊穣の女神”についてどこまで知っている?』
「この国、世界に平和や安寧が訪れるよう、日々祈っておられる、繁栄の象徴だ、と」
「うん、その通り」
現“豊穣の女神”は、王城とは別の専用の宮殿に住んでいる。姿は滅多に見ることができず、国の重要な祭典時のみ、国民の前に姿を現すのだ。実際、私が見たことがあるのも、片手で足りるほど。それも遠くから。
「“豊穣の女神”は、確かにその特別な魔力によって世界の平和、繁栄などを司っている。
例えばその力は、穀物に実りをもたらす。豊作は飢えを防ぐからだ。飢えを防ぐ、余計な争いを防ぐ。その権力は計り知れず、国とは全く別の、言わば独立機関と言って良い」
それは知っている。後継者候補に選ばれてからというもの、家庭教師に家で嫌というほど教え込まれた。
「だが、繁栄、平和、安寧、どれでもいい。そこに必ず関わっているもの、関わざるを得ないものは何だと思う?」
「・・・・・」
なんだこの質問は。まるで問答じゃないか。 黙り込む私に、ウエハースは言った。
「人、だよ」
ヒト。
確かに人がいるからそこに平和や争いが生まれるのだし、繁栄だって人のそれを願うものだ。
王子は自分の分のティーカップを持つと、長い脚を組んで、デスクへと腰を下ろす。
一口飲んで、
「つまり・・・・分かるかい?」
いや、全然分からないんですけど。
「“豊穣の女神”は、『ヒト』を繁栄させてこそ、なんだ。実際それが何よりの第一責務とされている」
「ヒトの繁栄・・・・」
つまり、それは・・・・そういうことなのか。そういうことなのだろうか。
「子孫繁栄・・・・子どもを・・・・産む?」
だから“女神”なのか。女性限定職ということなのか。
くらり、と目眩がしそうになった。
「だからなのだろうな。
“女神”の後継者候補は、ある一定の年齢に達した時ーー10代後半が多いそうなんだが、条件にあった男を虜にする魔力を、無意識に持ち、放出することが多い。
その魔力にかかった男は、抗うことができず、ただただ“女神”を求め、“女神”に愛と慈悲を乞う。彼らを“執心者”と呼んでいるよ」
「んな!?ちょ、ちょっと待って下さい!」
話に頭がついていかない。
「現“女神”の時、後継者候補は彼女一人だった。4人の男性が条件に合い、彼女の夫となった」
「は?」
それって文字通りの、逆ハーではないか!!
「いやいや。
というか、現“女神”って結婚してたんですか!?」
知らない。そんな話は、全く聞いたことがない。
私はごくりと生唾を飲み込む。
そうか、これも国家機密か。タブーというヤツか。
世界に平和やら繁栄をもたらす象徴が、実は結婚してました、子どももいました、ではイメージに関わるということなのだろう。
ましてや多数の夫がいるなんて知られた日には、とんでもないことになる。
この国では、一夫一婦制が基本だ。王族や貴族の一部などは正妃・正妻の他に側室を持つことはある。だがそれは正妃・正妻との間に子どもができないなど、特別な時に限る。
歴代の中には、周りから側室を持つよう勧められた王もいたようだがそれらを断り、弟の息子を養子にとったという例もある。それだけこの国の夫婦の結びつきは強い。
「人の繁栄を指名に負う“女神”だが、皮肉なことに、歴代を見ても産む子は多くてせいぜい2、3人といったところだ。
子は幼少時にそれ相応の家へと養子に出されるが、女子を産んだ場合、その子が“女神”の後を継ぐことになる」
「え・・・・」
今、さらりととんでもないことを言わなかったか?
「つまりマドレーヌ=ホップ=アッサム。君の本当の母は、現“豊穣の女神”アラザン=ハニー=シュガーだ」
女神の本名もやっぱり甘かった。
って、そんなことを言っている場合じゃない。本当の両親なんていう、そんな重い話は、なんというか、もっと厳粛に、緊張感を持って、育ての両親から聞かされるものではないだろうか。
それがよりにもよって、なぜに全く関係のないキャラから告白されなければいけないのだろう。
「“女神”アラザンは、3人の子を産んだ。ひとりは君、マドレーヌ。ひとりはシフォン=キャンディーヌ、もうひとりは男子だ」
「つ、つまりキャンディーヌさんと私は姉妹・・・・」
「そういうことになる」
似ても似つかん姉妹だが。共通点なんてどこにもない。あ、まぁ、異父姉妹ということなら納得がいくか。
「で、でもそれが本当なら、キャンディーヌさんは、どうして平民のご両親のもとへ養子にされたんですの?彼女は実家が雑貨屋だと仰っていましたわ」
「事故が起きたんだよ」
「事故? も、もしや、さる良家へ養子が決まっていたけれど、その屋敷へ行く途中、馬車が事故にあって、彼女は行方不明になり、死んだと思われていたけれど、実は生きていて、彼女の両親が見つけて保護し、育てて、それが後になって分かったとかいう、王道パターンですか!?」
「・・・王道、というのはよく分からないが、よく分かったね」
半ば感心した風にウエハースは頷いた。
やはり、か。これぞ鉄板。ある種の安心感さえ覚える。
「でも、それでしたら、なぜなのでしょう?私がお見受けしたところ、シフォンさんは、その男性を引き付けるという魔力をお持ちではないようですが」
それなのだ。疑問はそこにつきる。私と彼女が姉妹ならば、当然彼女も逆ハー状態となっているはず。学園では、女子生徒といるところは見ても、男子生徒と一緒にいるところは見たことがない。
もしくは、私が知らないだけだろうか。
「そこのところは、正直、僕にも分からない。今話したことも、国の最高機密だからね」
うーむ、そうか・・・。
くしくも1周しかプレイしなかった、一番いけ好かないキャラにこんな有益情報をいただけるとは、少し、反省。なかなか王子は、良いヤツなのかもしれない。
「でも・・・正直、こんなに、だとは思わなかった」
「おぅわ!!」
気がつけばいつの間にやら、ウエハースが真横にいた。
瞬間移動かよ。こちらに身を乗り出すようにして、私を上から見つめている。
こ、これは・・・えっと、もしやまた、でしょうか。
嫌な予感がひしひしとする。
「・・・あの、殿下、どうなされたんですの?」
「さっき言っただろう?“女神”は条件にあった特定の男を虜にするって。つまり、僕もだってことさ」
いや、まぁ、そうだろうとは思ってはいたけどさ。
前言撤回。こいつはやっぱりいけ好かないキャラで決定。
じりじりとにじる寄るように距離を縮めてくるウエハースに反し、何とか逃れようとするが、いかんせんソファの上だ。逃げ切れるものでもない。
「何が条件に当てはまるのかは、今でも分かっていないし、その時の“女神”によって、夫の人数も違う。だが・・・」
キャラクターとして好みではないが、造形美はすさまじい。そんな男性に迫られているのだ。
この場合、私は一体どうすれば良いのだろう。
ここだけの話、前世においての恋愛との縁なんて、出がらしのお茶のごとく、薄かった。即ち、免疫がないのだ。
ただ、20歳の時、バイトをしてためたお金でパソコンを買ったのだけれど、好奇心にかられて、後で乙女ゲームも買ってみた。その内容が・・・ごにょごにょ。
言わなくても察していただけるだろう。私が、この世界がPC移植版だと思った理由に通ずる。ゆえに、知識だけはやたらとある。
王子の真剣な眼差しが私を射る。手に手を重ねてきた。
「ウウウウ、ウエハース殿下!」
「・・・すまない。本当は君の嫌がるようなことはしたくないんだ。セイロンのような目に合いたくはないしね。
だが、僕は甘かったようだよ。これでも理性を保つ自信はあったんだ」
慌てて手をどけるが、王子は懲りることなくその手で、今度は私の頬を覆う。必死で体を押し、顔をそむけようとするが、思いの外、力強い。
「君と二人きりで、しかもこの部屋は滅多に人など来ない。そう思ったら・・・もうどうにかなりそうなぐらいだ」
「いやいやいやいや、気を確かに持ちましょう!仮にもって言うか、れっきとしたこの国の王子ですよ!?
王子だからこそ、秩序と法を守らないと、臣下に示しがつかないじゃありませんか!」
「ああ、もっともだ。マドレーヌ、君の言う通りだ」
うっとりと、まるで熱にうかされたような瞳。頬は上気し、こちらの言葉が通じている様子は全くない。お、恐るべし“女神”の魔力。
「だが、マドレーヌ、今の僕は、ただただ“女神”に慈悲と愛を乞う、ひとりの哀れな男にすぎない。そう、“執心者”なのだ。
己の欲さえ律することのできない、『人』と言うに値しないほどの、情欲にまみれた、獣なのだよ」
自分で言うなよぉおおお!!
「君が欲しいよ、マドレーヌ。これが魔力の効果で、本当の愛と呼ばれるものではないのかもしれない。
だが、僕はどうせ自分の意思で結婚相手など決められない。だから、せめて一度でも夢をみさせてくれたのなら、僕は生涯、生きていける」
いや、もう言ってることが支離滅裂なんですが。そもそも、あんたが良くても、私が嫌なんだってば!!
「ひっ!」
綺麗・・・と形容すると癪に触るが、実際綺麗な手が、私の膝を撫で、するりとスカートの下にもぐり、太腿を直接触ってきた。
「ぎっ」
王子の顔が私の耳の後ろにくる。
「・・・ああ、なんて良い匂いだろう」
恍惚とした言葉と共に、軽く耳たぶを食まれる。
瞬間、私は、
「ぎぃやぁああああああ!!」
つんざくような大声をあげていた。




