王道悪役令嬢は、王子についていく
私は無意識に一歩下がって距離を取る。
ウエハースはくすりと笑い、言った。
「そんなに警戒しなくても、何もしないよ。今は」
『今は』!? 『今は』って言いました、今?
ぐっと彼をにらみ付け、
「最初から、ずっとご覧になっておられたんですか?」
「違う、途中からだよ。セイロンが君を壁に追い詰め、せまるところから、かな」
それはほとんど、最初からって言うと思う。
とにかく、相手はラスボス。残念ながら、今の私の戦闘力では到底かなわない。ここはさっさと逃げるのみ。
くるりと踵を返そうとした私に、しかしウエハースが告げてくる。
「あのさ、知りたくないかい? 今の君のその状況」
「今の、状況・・・・?」
それってどういうことだ?
こちらの疑問を読み取ってか、彼が言葉を続ける。
「マドレーヌ、君、今、色々な男に言い寄られていないかい?」
「え・・・・」
「そうだな、例えば、スフレ=プディング。例えば、ガトー=ダージリン・・・・」
なんで、この男が知っている。
「ああ、フィナンシェも君に夢中だね。さすがに仮にも兄なんだから、忠告はしたんだよ?
そうして、今のセイロン=クラッカー」
カッと頭に血が昇る。
「なぜそのことをご存じなんですか!? 全部ご覧になっていたんですか!?」
「失礼だな、全部見ていたなんて。さすがに僕はそこまで暇じゃないよ」
くっそー、優雅に笑うその仕草が逆に腹立つ!こいつは何をどこまで知ってるんだ!?
まさか、この男も転生者!?
今にも噛みつかんばかりの私に、彼はどこまでも、上品に言い放った。
「詳しいことが知りたければ一緒においで。さすがにここでは話せないからね」
人の弱みにつけ込みやがって、本当腹立つ!
「こ、ここは・・・・」
案内されたのは校舎内、最上階の奥まった所に位置している一室だった。
部屋の壁紙は優しげなアイボリー色。大きな窓からは、日の光が存分に降り注いでいる。
隅に置かれた大きな赤いソファはベルベットの生地で覆われ、実に座り心地が良さそうだ。
その横には、美しい花の模様が施された茶器セット。しっかりとした大きなデスクに、控えめながら金で細工がなされたイス。カーテンに観葉植物、本棚にはぎっしりと本が並べられている。
「ここは学園内でも、王室関係者だけしか入れない特別な部屋だよ」
それって、完全なる職権乱用じゃね?
王室関係者だけしか入れないとのことだけど、私はここを知っていた。
王子攻略ルートで、ヒロインがここに案内されるシーンがあったのだ。ウエハースはここでシフォンに甘く語らう。
もう一度言おう。甘く語らう。
自分で言っておいてなんだけど、危険信号点滅中だ。やはり引き返そうか。迷う私に、
「さあ、あそこのソファに座って」
真後ろにいた王子がこれまたすべからく素敵な声でそう言った。
「・・・では、失礼致します」
「えらく僕を警戒しているみたいだけど、大丈夫だよ。さっきも言っただろう? 何もしないって。今は、だけど」
だから、その『今は』ってのが、すっごいひっかかるんですが。
私は勧められた通りに、隅にあった赤いソファに腰を下ろしす。
おお、やっぱり想像した通り、ふかふかだった。
自宅の屋敷にあるのも、大抵ふかふかだが何かが違う。さすがは王家の代物。
てっきりウエハースも、隣に座るのかと思いきや、金の細工の入った例のイスに腰掛けた。少し肩の力がぬける。
「それで、ウエハース様は何をどこまでご存じなんですか?」
「・・・君は、変わったね」
「は?」
話に脈略がない。
「覚えているだろう?僕と君の兄は友人だ。君の家にも何度かお忍びで遊びに行ったことがある」
「・・・ええ、はい。覚えております」
ここは話を合わせておこう。王子が知っている情報を聞き出すことが先決だ。
「あの時の君は・・・こう言っては失礼だが、実に傲慢で、高飛車で、鼻持ちならなかった。女神の後継者候補なのだから、それを笠に着ているのだろうと思ったよ」
だって悪役令嬢ですから。
とは言え、本人を前にして、とんだ言いぐさだ。
「僕を王子だと知ると、人目もはばからずすり寄ってきた。フィナンシェが止めるほどにね。
でも、1年前程から君は明らかに変わった。まるで別人が乗り移ったかのように」
「・・・」
別人。その言葉が大きく響く。
正確に言うなら別人、ではない。マドレーヌも間違いなく私、同一人物だ。ただ、前世の人格があまりに大きく出ているということだけ。
「後で聞いたんだが、突然現れたもうひとりの後継者候補、シフォン=キャンディーヌの存在に、君はこう言ったそうだね?『まぁ、人生なんてこんなモンですから』と。
たった1年で、何と成熟したのだろうと思ったよ。まさに幼虫から美しい蝶へ羽化を遂げたかのようだと思った」
「・・・」
私がこの王子を好きではない理由が理解していただけたであろうか。
基本的に思考がおめでたいのだ。そのくせ、腹黒い部分もある。さっきのように秘密をほそめかし、相手を良いように操る、とか。
個人的に腹黒いキャラは好きだよ?何考えてるか分からないってところが魅力的だし。
だが、このウエハースだけは、どうも癪に障るというか、何と言うか。
「それで、殿下、先程仰っていたことなのですが・・・。
私の身に何がおこっているのかご存じでしたら、ぜひお教えいただけないでしょうか?」
このまま流されてはいけない。相手は王子だ。失礼にならないよう、下手に出るしかない。若干イライラするけれど、ここは我慢。
我慢、嫌いなのに。
ウエハースは薄く笑う。
「なるほどね。こんな言葉じゃ全く君には響かないようだ。一筋縄ではいかない、といったところかな」
「お褒めのお言葉、と受け取っておきますわ。
失礼ながら殿下、先程のお話の続きを。お話いただけないようなら、これにして失礼させていただきたいと思いますが」
「待ってよ。そう焦らないで。今、話すからさ」
王子は立ち上がり、茶器セットへと近づく。ポットに手をかざし、小さく呪文を唱えると、とたんにお湯が湧いた。
すごい。瞬間湯沸かし器も真っ青だ。
「自分で言うのも何だけどさ、王子が淹れたお茶を飲めるなんて、そうそうないことだよ?」
「あ、ありがとうございます」
コポコポコポというお湯を注ぐ音と共に、茶葉の良い香りがふわりとこちらにまで漂ってくる。
どちらかと言えば私は紅茶派というより、コーヒー派だったのだが、この世界には残念ながらコーヒーは存在しない。
「はい、どうぞ」
目の前に紅茶の入ったカップが置かれる。私は再度礼を言い、素直にカップを手にとった。
まさか、一服もられてやしないだろうな。
王子はくすくすと笑い声をたて、
「大丈夫、何も入ってなんかいないよ」
こちらの懸念を読み取られたようだ。
そうして、大きくひとつ息を吸い、
「君は、“豊穣の女神”についてどこまで知っている?」




