1-4 胡散臭い客引きの美馬坂宣司
ドタバタした朝を乗り越え、俺は探偵の仕事をこなすために繁華街エリアを散策していた。
愛すべきナゴヤには観光地はないがグルメスポットは多くある。
飲食物が持ち込み可能なカラオケぐらいしか遊ぶ場所がないのがネックではあるが、住む分にはさほど困らない。
ただ言うても日本三大都市のナゴヤには悪人も多くいる。
昔と比べると暴力団は鳴りを潜めたとはいえ、それはあくまでも見えなくなっただけだ。
浄化作戦は一見成功したかのように見えるが裏側の住民からすればあんなものは見せかけだ。
もちろん昔の様にヤクザが大手を振って歩ける時代は終わっただろう。けれど頭の回る経済ヤクザは変わらずに生き残っている。
繁華街が賑わうのは日が沈んでからなので人通りは少ないが、それでも昼間から遊んでいる人間はそれなりにいる。
周囲は全体的にアングラ感が漂い、路上では外国人がDVDを販売していた。
まだDVDになっていない映画もあるのでおそらく店頭に並んでいるものは全て海賊版なのだろう。
路上喫煙を取り締まる法律も何のその、未成年らしきヤンキーは店の前にたむろしてタバコを排水溝に捨てていた。
アニメやドラマならクレーマーが高確率で文句を言うが、直接注意出来る程度に度胸のある奴はいないはずだ。
「おっぱいいかがだぎゃあ~」
そしてこういう場所には欠かせない客引きもいて、下品な文言が書かれた看板を持った小汚い中年男性は俺に狙いを定めニコニコと笑いながら話しかけた。
「おう、堤ちゃん。一発どうだぎゃ?」
「迷惑防止条例違反でチクるぞ」
「ハッハッハ、冗談だぎゃ。お勤めご苦労様だみゃあ」
一見ホームレスにも見える品の無い男の名前は美馬坂宣司。どこにでもいる社会の底辺に住んでいそうな男だ。
だが座った目の奥底には言い様のない得体の知れなさを感じてしまう。
彼の正体が何者なのか俺も実のところよく知らない。
しかしハッキリと断言出来るのは愛知に拠点を置く指定暴力団尾張連合会の関係者だという事だ。
美馬坂は一見気さくな様に見えるが決して敵に回してはいけない人間だ。
もしも目的の為なら手段を選ばないこの男に狩るべき相手と認識された場合、ナゴヤで生きていく事は出来ないだろう。
「堤ちゃんもいつになったらうちの店で遊んでくれるんだぎゃ? 堤ちゃんなら裏オプしてあげても全然いいだみゃあ」
「あんたの店でんな事したらもれなくズルズル引き摺り込まれて骨の髄までしゃぶり尽くされるだろ」
「嫌だみゃあ、マブダチの堤ちゃんにそんな事するわけないだぎゃ」
美馬坂は陽気に否定するもその目は一切笑っていなかった。こんな目をした奴を信じろと言う方が無理である。
「後を付けられてるから気を付けな」
「わかってる」
彼は作り笑いをしながら静かに小声で警告する。だが連中の尾行の技術は素人のそれだったのでもちろん俺も気付いていた。
「なんならゴミ掃除を手伝ってもいいだぎゃ?」
「あんたに恩を売ったら面倒な事になるから遠慮しておくよ」
「ありゃそう」
美馬坂は手伝い、とぼかした言い方をしたがそれは暴力を用いた説得だろう。
常識が通用しないこの男は容易く一線を越えるので、追い込まれたとしても決して力を借りてはいけない。
最初は親しくしていても、一度でも関わってしまえば何もかもを奪い尽くしていく。それがヤクザという存在なのだから。
「つっても俺のほうは別件で連中に用事があるみゃあ。お互い一仕事終わったらソープでスッキリするのはどうだぎゃ?」
「行かない」
へらへらと笑ってそう告げた美馬坂は俺が去った後、急に真顔になりスマホを取り出した。
「(シノギの邪魔をしているネズミが現れた。準備をしろ)」
中国語で関係者に連絡を取る彼が何をするつもりなのか、それは平和に生きていきたいのならば知らないほうがいいのだろう。




