4-12 和歌山旅行を終え、帰ってきたいつも通りの賑やかな日々
――堤三千世の視点から――
ジャン・バルジャン事件が終結して愛しのナゴヤに帰り、ついでに地獄の換毛期も終わりを迎え、ニナはロッシーとともにタッタと街を駆け抜けた。
モン横には今日も相変わらず悪そうな少年少女がたむろしていたが、彼女はその中にいた一人の少女に躊躇わず話しかける。
「尾藤さーん!」
「オウフ!」
「ん? ってわあ!?」
ロッシーは尻尾を振りながら尾藤葉子に飛び掛かり、彼女はポート・ワカノーラで再会した時の様に弄ばれてしまった。
「オウフ! オウフ!」
「もう、ロッシーったら。っていうかなんで普通に話しかけてるの?」
ただ尾藤葉子はあまりにも自然に声をかけられ困惑してしまう。
「ロッシーの前の飼い主さんだからだよ!」
「いやそうだけど」
彼女が背負っている細長い楽器ケースには銃刀法に抵触する物騒な仕事道具が入っているのだろうが、ニナは全く気にしている様子はなかった。
「それよりもはいこれ! ロッシー二号だよ!」
「オウン!」
「おおー。よく出来てるね」
ニナは有無を言わさずロッシーの抜け毛で作ったぬいぐるみをプレゼントする。
細部にこだわった結果なかなか忠実に再現され、サイズ以外はまるで本物の様だった。
「でも……私が受け取っていいの?」
けれど彼女は二度もロッシーを悲しませてしまった。自分には受け取る資格がない――尾藤はそう思ったのかもしれない。
「もちろんだよ! またロッシーと一緒に遊んであげてね!」
「オウフ!」
「ふふ、そっか」
だがニナとロッシーに笑顔でそう告げられ、彼女は少し迷っていたがロッシーの分身を優しく抱きしめた。
そしてその時彼女が纏っていた陰の気配は一瞬だけ消失し、猟奇的な殺人事件の犯人から一人の少女に戻ったんだ。
「ニナさーん、ロッシーさーん、ついでに堤さーん!」
「ついでってなんだ、ついでって」
しばらくして待ち合わせ場所にコレットとジャベリンが現れる。
なおジャベリンのほうは尾藤を見るや否やうげっ、とかなり怯えコレットの後ろに隠れてしまった。
「そんなに怖がらなくていいよ、私はフリーランスだから。解体したいものがあったら何でも言ってね」
「べー、っだ!」
尾藤は余裕の笑みを浮かべるもジャベリンは完全に敵視していた。出会いを考えれば仲良くしろという方が無理ではあるが。
「ああそうだ、そういえばグレルオブザデッドの行方が分かったとか言ってたな。生きてたのか?」
俺は真っ先にずっと気になっていた事を尋ねた。
グレルオブザデッドは事件後行方不明になっていたが、ジャベリンいわく彼の情報が入ったらしい。
「え? ああ……うん。生きてはいたけどさ」
「……そうか。いや、無理に言わなくていいぞ」
ただ彼女は言いにくそうにしていたので俺は大体の事情を察してしまった。
おそらくグレルオブザデッドは尾張連合会によって生きているか死んでいるかわからない状態にされたか、危険な仕事をさせられているのだろう。
「ん」
だがジャベリンは目を逸らしながらDVDを渡す。
「『ひよこ鑑定士に寝取られた人妻~NTRオブザデッド~』……」
それはいわゆる成人向けの物で、まあそういう類のアレだった。
詳細な内容を知る気も失せるタイトルだが、主演を務める筋骨隆々なグレルオブザデッドは筋肉のテカリが増しており群がる人妻のゾンビ相手に無双していた。
多分昇天させて倒すとかそういうしょうもない設定なのだろう。
「何か一皮剥けて男として自信がついたらしいよ」
「そうか」
まあ本人が幸せならそれでいい。何はともあれ元気でやっている様で何よりだ。
「それじゃあ堤さん! 新体制になった所でお仕事を始めマショウか!」
「うっす! お手本見せて下さいよ、パイセン!」
共に窮地を乗り越えた事で二人の間には絆が芽生えたらしく、互いによくわからないヘンテコなポーズをとってキメ顔をする。まるでこれからクソどうでもいい動画でも撮影する様なノリだ。
「いや待て。コレットはともかくジャベリンまで何を言っているんだ。俺は何の許可も出した覚えはないぞ」
「ああ、僕が許可を出したんだ」
俺は何も知らなかったので混乱してしまうが、どうやらこれは真矢の差し金だったらしく、組木細工の髪留めを触って人格チェンジをした彼女は俺に笑ってそう告げた。
「勘弁してくれよ、ったく」
「オウフ!」
「おっとっと! 相変わらずもふもふしてんなコノヤロー!」
ロッシーは新たな仲間の加入に歓喜し、ジャベリンは乱暴にわしゃわしゃともみくちゃにする。
どうやら外堀は早速埋められてしまったらしい。
俺はこれからも続くドタバタ劇の様な日々を想像して眩暈がしてしまった。
そうだ、今度は滋賀に行こう。
ここじゃない場所ならどこだっていいはずだ。
現実逃避をした俺はそんな常人なら決して思いつかない発想をしてしまった。




