4-9 土師仁太が望んだ結末
「うわああ!?」
常識外れの強キャラと交戦した結果強力な武器を失った阿比留次郎は慌てて隠れ家から逃げ出してしまうが、部屋の入り口には侵入した尾張連合会の連中が勢ぞろいしていた。
「お疲れさん」
「ぐぇあ!?」
美馬坂は笑いながら阿比留次郎の顔面をゴルフクラブで殴り床に歯が数本散乱してしまう。
そして彼はそのまま意識を失い、ヤクザに担がれてどこかへと連れ去られていった。
「美馬坂宣司ッ!」
「ああ、おみゃあさんだで、乾ラルーエットってのは。ん? 星場? まあどうでもいいだぎゃ」
抗争に巻き込まれ家族を殺された星場は最大の怨敵を強く睨みつける。
けれど根っからのヤクザである美馬坂にとってはちょっと悪い事をしたな、という程度の事だったらしく、苦笑いしながら眼を逸らす以上の反省の態度を示す事は無かった。
「おう堤ちゃん。もうわかっとるだでな? そいつらをこっちに渡してくれんかのう。そうしてくれんと俺はマブダチのおみゃあさんを殺さんといけんくなるからのう」
「ひっ!」
「ごめんなさいッ! 鈴だけは!」
全ての元凶であり、阿比留次郎とは比べ物にならない巨悪の一睨みにジャベリンは恐怖し、母親と抱き合ってどうにかして互いを護ろうとした
「むぐぐ、それは貴方の理屈デショウ! こっちのバックにはもっとヤベェ奴がついてるんデスよ! フシャー!」
「そこが俺も悩ましい所なんだぎゃ。だからその辺を調整したいんだみゃあ」
ただコレットの子猫の様な威嚇に怯んでいたので交渉の余地はある様だ。
彼も流石に国家や国際的な組織を敵に回すのは分が悪いと判断したのだろう。
「けどのう、ここで何のお咎めもなしってのは流石にないと思うがね。ヤクザの俺等が言えた口じゃにゃあがそいつらは犯罪者だで?」
けれど美馬坂の主張はもっともだ。
ここにいる人間は事情があったとはいえ全員何かしらの犯罪に関わっており、裁かれないというのは道義に反するだろう。
「僕は何をされても構わない……だけど皆は見逃してくれ……!」
「土師さん! 喋らないで!」
瀕死の土師は何とかしてジャベリン達を護ろうとしたが、懇願以外に出来る事は無かった。
今回の事件に関しては何もしていないし彼だけは助けてやりたいが、土師はきっとそうなる事は望まないだろう。
「さて、サンチョ君。どうする? 君に任せるよ」
「そうだな」
真矢はきっと最適解を導き出していたのだろうが、彼女は自由意志という建前で俺に丸投げした。
美馬坂に下手な小細工は通用しない。
だが合理的な考えを持つ美馬坂はメンツを護り利益を提示すれば交渉に応じるタイプのヤクザだ。
事実かつて血で血を洗う抗争をしていた尾張連合会と中国マフィアは今や蜜月関係だ。
交渉次第では望む結末も手に入るだろう。
「美馬坂。お前は闇バイトアプリの調査をしていたが、別の理由もあったんだよな」
「ほう?」
俺は冷や汗をかきながら推理とも呼べない推理をする。
それはただのハッタリだったが、とにかく虚勢を張り続けなければならない。
「阿比留次郎が起こした余計な事件も混ざったが、ジャン・バルジャン事件はただのヤクザの抗争だ。尾張連合会からすればジャン・バルジャンっていうたった一人の悪人の仕業になればこんなに嬉しい事は無かったはずだ」
この推理はただの憶測であり美馬坂がそう考えて行動したわけではないかもしれない。
だがもしそうだとしても耳を傾ける価値があると思わせればそれでいい。
「つまりジャン・バルジャンが全ての罪を背負って死んでくれればお前らは事件を完全に闇に葬り去る事が出来る。そう考えたんだろう?」
事件には中国マフィアの赤月会も関わっているので、ジャン・バルジャンはおそらく言葉を聞き間違えた結果生まれた架空の犯人のはずだ。
けれど元になったヒットマンは確実に存在する。
鉄砲玉として使い捨てられるはずだったそいつにとって警察の勘違いは棚ぼた以外の何物でもなかったはずだ。
「だから拷問ついでに阿比留次郎に罪を擦り付けようとしたんだろうが、それよりもっと適任がいる。そこにいる土師仁太だ」
「「ッ!?」」
「阿比留次郎は知名度もインパクトも無い。だが今や日本中が土師仁太こそがジャン・バルジャンだと考えている。こいつをジャン・バルジャンに仕立て上げて殺せばいい」
ヤクザを護る為に善良な人間に罪を擦り付け、そして葬り去る――それは人の道に外れた非道極まりない選択だった。
「お前何言ってるんだよッ!」
「そうよッ! ふざけないでッ! 何でこんな奴の為に土師さんがッ!」
当然ジャベリンと星場は猛抗議するが、土師は笑みを浮かべていいや、と制した。
「構わない。そうなってくれればこんなに嬉しい事は無いよ」
「土師さん!?」
生贄に捧げられた心優しい羊は、自らに愛を教えてくれた人間を護る為に狼の皮を被る決断をした。
ずっと罪を償いたかった彼にとって、この非情な選択は喜んで受け入れられるものだったらしい。
「僕は全ての罪を被りジャン・バルジャンになる。だから皆を許してほしい……ッ!」
土師は死に瀕していたというのになお強い信念を持って美馬坂に救いを求め、赦しを請い続けた。
「ハッハッハ、この俺相手におもろい奴だで、おみゃあさんらは! 堤ちゃんも外道は大概にしとけよ!」
彼の切なる想いが外道の美馬坂に伝わる事はなかったが、ご機嫌な様子で笑っていたのでどうにか説得には成功した様だ。
「何でだよ……何でだよぉ……!」
救いようがない結末にジャベリンは泣きじゃくり俺の胸を叩いた。
けれど俺も許されない事をしているという自覚はあるし、この誹りは甘んじて受けなければならない。
「いいんだな、土師」
「……ああ。君の好きな様にしてくれ」
ここから先は時間との勝負だ。
俺は土師の承諾を得て、彼の死体を作る作業から取り掛かる事にした。




