4-8 三人目のジャン・バルジャン
土師は身を挺して何者かの凶弾から星場を庇い、胸部を撃たれた彼はそのままうつ伏せになって倒れてしまう。
「土師さんッ!」
「土師君ッ!」
「う、ぐぅ……」
ジャベリンと南戸は彼に駆け寄り無事を確認する。
しかし出血も多く、内臓や脈をやられていたら助からないかもしれない。
「海老名史郎ッ!」
俺は襲撃した男を睨みつけその名を呼ぶ。
彼はいつもの様にマグローマンの着ぐるみを着ていたが、小窓の様な覗き穴からは拳銃が飛び出していた。
「違う。俺は阿比留次郎だ」
男はそう名乗り、慣れた手つきで素早く着ぐるみを脱ぎ捨て素顔を露わにする。
「海老名!? どういうつもり!? 私はまだ何も……!」
「俺は一言もお前の仲間だと言った覚えはねぇよ! お前はクズを上手く利用したと思ってたんだろうがそうはいくかよ!」
闇バイトアプリを介して殺害の指示を出していた星場は仲間と思っていた人間の裏切りに驚愕する。
「安心しろ、お前もちゃんと殺してすぐ大好きな家族に会わせてやるからよぉ……!」
「くっ……!」
だが相手は殺人鬼、そんな相手が素直に命令に従うはずもない。
実行犯との信頼関係が存在しない闇バイトではよくある事だ。
「そうか。やっぱり君は阿比留次郎だったのか」
「阿比留次郎……つったらジャン・バルジャン事件で出頭した男の事か」
阿比留次郎――それは事件の推理をしていた際にほんの少しだけ名前が出た男だった。
目の前にいる男は顔写真とはかなり雰囲気が違っていたので一瞬わからなかったが、真矢はすぐに正体を見抜いた様だ。
普段の陽気なイメージとは裏腹に生気のない阿比留の素顔は骸骨の様で、目は落ち窪んでいたがその眼孔は飢えた獣の様に鋭かった。
「そうだ。社会の底辺にいた俺は本当なら歴史に名を残す犯罪者になるはずだった。俺は三人も殺したヒーローになるはずだった」
あの推理では乾アロンドラとヤクザの抗争の他に、それとは無関係に女性や子供を殺害した連続殺人犯がいる可能性が導かれた。
「だが阿部真樟と無能すぎる警察のせいで何もかもが滅茶苦茶になった。警察は出頭した俺をまるで相手にせず医療刑務所にブチ込んだ」
彼の言動から察するに動機は取るに足らないものであり、社会に不貞腐れたガキが起こしただけの事件だったのだろう。
中二病をこじらせた結果カリスマ的な犯罪者に幻想を抱き、自分も犯罪者になろうとする。今も昔もよくあるテンプレな少年犯罪だ。
「何がジャン・バルジャンだッ! 何が阿部真樟だッ! どうしてあいつばかり脚光を浴びているんだッ! どうして同じ犯罪者なのにどいつもこいつも俺よりいい暮らしをしているんだッ!」
だが彼は何も手にする事無く、名誉も誹りも得る事も出来ずただの精神異常者としてより惨めな暮らしをする事になってしまった。
阿部真樟は一流のヤクザになって金も地位も手に入れ、改心した土師は誰からも愛され幸せに暮らしていた。
それは一見理不尽な様だが特段おかしい事ではない。
自業自得と言えばそれまでだし、悪人の世界にもまた個人の能力や資質による格差は存在するのだから当然ではある。
「だからお前は阿部真樟を殺したのか」
「ああ、殺してやったよ! 作り物の動画であの場所に誘い込んで、呑気に調べている最中に殺して、全員に惨めな様が見える様にゾンビと一緒に晒してなァ!」
「そうか。お前は阿部真樟の死体をスリラーナイトメアのセットの中に隠したのか」
スリラーナイトメアのセットの中にはやけにリアルなゾンビの死体があったが、あれは阿部真樟の死体だったのか。
そして彼は阿部真樟の死体を回収して切断、ジェラルミンケースに入れて濡れ衣を着せる為に土師に運ばせたというわけなのだろう。
「後は土師、お前を殺せば終わる。お前を殺して俺はジャン・バルジャンになる! ヒャハハハッ!」
「ぐ、ぅう……!」
阿比留次郎は土師に銃口を向け彼の命を奪おうとする。
こいつは彼とは違う理由でジャン・バルジャンになりたかった様だが、それは全く共感も同情も出来ない馬鹿馬鹿しいものだった。
「もういいから……もういいからぁ!」
「大丈夫、僕はもう……!」
「お母さん……!」
「鈴ッ!」
星場は憎んでいたはずの土師が救済される事を望んでおり、ジャベリンと南戸も互いを護る為に抱き合っていた。
後はこのクズをシバけばハッピーエンドになるんだろうが……どうすればいい!
「時間を稼いで」
「「っ」」
けれど絶体絶命のピンチで真矢は聞こえるか聞こえないかの音量でそう呟いた。どうやら彼女には策があるらしい。
「わかりマシタ。なら気合と根性でいきマショウ」
「コレット!?」
「あ?」
そしてコレットは何かを思いつき俺達の前に仁王立ちになる。
それは自殺行為に他ならなかったが彼女にも妙案があった様だ。
「犯罪史に名を残す犯罪者になりたい。それがあなたの望みなのデスか」
「ああそうだ! 俺はデカい事を成し遂げたんだ!」
「設定が弱くないデスか?」
「は?」
阿比留次郎と対話をし始めたコレットはダメ出しをする。
数多の犯罪者と戦ってきた国際的なエージェントである彼女からすれば実際そうなのだろう。
「それをやってちやほやされるのは未成年だけデス。そういうのはいろんな人がやってマスし、二番煎じで一発屋にもなれないデス」
「っ」
「さっきのトリックも闇バイトアプリの犯行計画を実行しただけなんデスよね。丸パクなのにどうしてそこまで偉そうに出来るんデスか?」
彼女は見下した笑みで挑発を続けこれでもかと煽る。
親しい俺でもこいつのウザさは憎たらしいしある意味一番ダメージがあるはずだ。
「貴方は二十年、三十年、下手したら一年前、いや一か月前の殺人事件の犯人も覚えていないデショウ。捕まって死刑になったとしてその頃にはとっくに忘れられてマスよ。結局悪人になるのにも華が必要なんデス。貴方にそれがあるとは思えマセンね」
「……うるせえ」
阿比留次郎はプライドをズタズタに傷付けられコレットに銃口を向けたが、彼女は一切恐怖する事無く身じろぎ一つしなかった。
「おや、撃つんデスか? ではいかにもへなちょこそうな貴方の為になるべく動かないであげマスね。ちゃんと外さずに真ん中の心臓を撃つんデスよ~」
舐め腐った顔で笑うコレットはコアリクイが威嚇をする様に両手を広げこれでもかとおちょくった。
銃を持った相手にこんな事をするのは極めて危険な行為でまず殺されてしまう。
だけどコレットならば、あるいは……!
「上等だ、ぶっ殺してやるよッ!」
「きゃああ!?」
バァン――!
激高した阿比留次郎は躊躇わず引き金を引き、コレットの胸元に弾丸が突き刺さり、彼女の正体を知らず殺されたと思った南戸は思わず悲鳴を上げてしまう。
だがコレットは微動だにせず胸部をぺんぺんと払うだけだった。
「痛いデスねー。殺せてないじゃないデスか」
「は……?」
コレットはじりじりと阿比留次郎ににじり寄る。
彼もきっと何が起きているのか全く理解出来ていなかったはずだ。
「ワンモアァア! お前なら殺れるはずデス! 諦めるなァア!」
「うわああ!? 何なんだよお前!?」
阿比留次郎は理解不能な事態にパニックになり銃を乱射する。
けれどそれは鋼の肉体を持つコレットには何の意味もなさなかった。
「こういうの一度やってみたかったんデスよね~」
最後の一発はコレットの顔面に放たれたが、彼女は上下の歯で弾丸を挟みペッ、と吐き出した。
「あ、あああ……化け物……人間じゃねぇ……!」
「あなたが言いマスかね、それ。少なくとも人でなしのあなたよりはマシだと思いマス」
カチカチという音が鳴ったので阿比留次郎は銃弾を撃ち尽くしてしまったらしい。こうなってしまえば後はもうどうとでもなる。
「あ、すみません。勝手に終わらせてしまって」
「構わないよ。それにこれからだし」
「?」
コレットは真矢に謝罪するが、彼女はまだ作戦が続いている事を伝えた。
この状態なら策を練る必要もなさそうだが……?




